第25話 神和と異世界召喚と東京結界

 半円の天井の下は、広い空間で何もない。いわゆる体育館のような作りのここは、魔法の練習をするための特別な空間らしい。仮に魔法を暴走させても、ここなら障壁に遮断されて、外に被害が及ばないとか、そんな話だ。

 そのだだっ広い場所を借りて、今日はラムダリアがコリンに魔法の指導をしている。そんな二人の様子を、俺は建物の上方に設けられている観覧席から見下ろしていた。


「魔法障壁――今日は、空間隔離方式で」

 ラムダリアが右手を頭上で半円を描くように動かした。と、頭上に魔法陣が浮かんで、そこから垂直に光が下りて来た。光は透明な立方体を描き、ラムダリアとコリンがすっぽりとその中に入り込んだ。

「で、次は、物質転移――細かいのが面倒くさい時は、空間転移でおまとめ」

 今度は両手をバンザイの格好にしてから勢いよく振り下ろす。すると、何もなかった立方体の中で閃光が走り、そこにソファーセットが現れた。ご丁寧にその上にはティーセットと、中央にはドーンとアフタヌーンティスタンド――お皿が三段になってて、ケーキやらサンドイッチやらが乗っかってるやつ――が鎮座していた。

「発火」

 ラムダリアの声と同時に、テーブルの上でガラス製ケトルの下にセットされていた小さなランプが点火して、水が温められていく。

「急ぐときは、ここだけピンポイントで時間を早めたりも出来る。時間操作の魔法陣だ」

 ポットの表面に小さな魔法陣が浮き上がった、と思ったら、こぽこぽと水が沸騰を始めた。

「お湯沸いたら、ポットに注ぐ。ケトルの中のお湯、ポットの中の空気、これを単純にチェンジでもいいけど、紅茶のお湯は酸素を含ませた方が美味しいから、ここは上から直に注ぐをチョイスかしらね~」

 右手の人差し指を立ててくるりと回すと、ケトルが持ち上がって、同時に蓋が開いたポットの中の茶葉の上に注がれていく。ポットがお湯で満たされると、勝手に蓋が閉まり今度はポットが持ち上がって、ティーカップに紅茶が注がれた。

「あ、これは浮遊魔法に移動ベクトルの合わせ技ね~」

 そう言う間にも、スコーンが取り分けられ、傍らにジャムが添えられたり、ケーキナイフで等分にカットされたケーキが、きれいにお皿に移動していく。

「……七、八……十二……えぇ?っと……十五?……」

 コリンが必死な表情でテーブルの上を指さしながら、何かのカウントをしている。

「はい、完成」

「うっわ。マジ分かんねー」

「はい、いくつ?」

「に、にじゅう……さん……ぐらい?」

「ハイ残念。正解は三十八式でした~」

 どうやらコリンはここまでの工程で、先生が使った魔法式をカウントしていたらしい。個々の単純魔法を組み合わせたり重ね合わせたりして、同時に発動させる、というのが、コリンが最近取り組んでいる課題なのだ。ちなみに、組み合わせ方にもセンスがいるらしく、ムダなく効率よく式を描ける人が、腕のいい魔法使いということらしい。


「うぅ……途中で分かんなくなったし……」

「まぁ、こんなの単純に慣れの問題だからね。やってるうちに、何とかなるし、慣れればいちいち式を細かく設定しなくても、息をするみたいに出来るようになるから。ま、頑張りたまえ」

 そう言ってラムダリアが指をパチンと鳴らすと、四角い箱の中にあったものは一瞬で消え去った。


 見ていると今度は、攻撃系の魔法の練習を始めたようだ。コリンは炎系の魔法が得意だと言っていた。攻撃魔法にも勿論、魔法陣の多層展開があり、複雑に組み合わせれば、思いがけないオリジナルの必殺技が出来上がったりするらしい。ま、これも当然センスありきの話になるみたいだが。


「……ああ、随分熱心にやってるんだねぇ」

 不意に横で声がして、そちらを向くと八世さんがいた。

「あの、自分じゃ何にもしない我儘娘ラムダリアが、何で先生なんて呼ばれてるのかって腑に落ちなかったんだけど、意外とちゃんと先生してんだな。へぇ……面白い」

「……それって、単純に八世さんが下僕執事やって、彼女を甘やかしてただけなんじゃないですか?」

「まあ、そうかもね。何ていうかさ、僕が召喚された時、彼女はそれこそ身ひとつで何も持ってなくてさ。女の子なのに泥だらけで服だってボロボロで、寒そうだなって思ったの覚えてるよ……でさ、初めて会ったその瞬間にさぁ、大粒の涙こぼして号泣されたんだよね。もう目が合うか合わないかって、そんな初っ端にだよ?」

「号泣……」

「目の前でさ、ガタガタ震えて心細そうにしてる小さな女の子がいたら、抱き寄せて、大丈夫だからって、ふつうに言うでしょ?」

「……まあ、そりゃ言いますね」

「そしたらさ、何となく、この泣いてる泥だらけの女の子を、お姫様みたいにかわいく着飾らせてみたいな、と思っちゃったんだよね~」

「はぁ」

「僕、魔法使いだからさ、そういうこと出来ちゃうわけじゃない?」

「成程……マイフェアレディというか……プリティウーマンのノリですかね」

 自分の好みに着飾らせて傍に置いておきたいというのは、男の支配欲というか征服欲の成せる技だ。ちょっと分かる気がする。

「で、やり始めたら、これが殊の外楽しくてさ。ついつい」

「……ハマってしまった、と」

「あの、喜怒哀楽、分かりやすいでしょ?こっちが思ってる以上に物凄く喜んてくれたりするから、やりがい?っていうのかなぁ。そんな変な充実感があって、止められなくなったっていうかさ。本音を言えば、あのまま二人で幸せに暮らしましたっていうのも、アリかなって、ちょっとは思ってたんだよ。恋人同士っていうより親子的な感じでね」

「ならどうして……」

「五年ぐらいした頃、姉さんの消息らしきものが分かって……」

十広とうこさんの?」


 そもそも、八世さんがこの世界に来たのは、行方不明の十広さんを探す為で、ラムダリアと暮らしながら、彼はずっと情報を集めてたのだという。魔力を上げる修行を続けていたのも、その手掛かりを探す能力を得たかったからだと。


「十広さん……もしかして、生きてるんですか?まだ、この世界にいるんですか?」

「姉さんだって、被召喚者だよ?チート能力持ってるのに、そう簡単に死んだりしないでしょ?それに、僕たちは、として選ばれた有能な人間なんだから、神様がそう簡単に手放したりしないよ」

「神和の人柱……って?」


 さらりと言われたセリフの中に、何だか不穏な単語が――人柱って、生贄とかそういう感じの言葉じゃなかったっけ?僕たちは……って……え?俺、も?


「召喚者との契約が終わったのに帰れないって時点で、九も僕たちと同じ、人柱にされたんだと思ってるけど?」

「……ちょ、え……人柱って生贄ってことですよね?何で、俺?ていうか、人柱ってどういう……」

「前に、神和の神職が使う神力の引き換えに、神様の使徒として、一族の誰かがこちらの世界で奉仕してるんだって話はしたよね?」

「え……はい」

「神様の使徒が叶える人々の願いは、即ち、神の奇跡になって、結果、人々が神様を崇める源資になる訳。分かりやすく言えば、神様に対する信仰心っていうのは、奇跡が起こることでより高まるんだ。つまり、信仰心こそが神様の神力の大小を決める。奇跡が沢山起こって、神様に対する信仰心が高まれば高まる程、神様の力が高まる。神様の力が高まれば、それだけ神和の神職がより強い神力を使うことが出来る、という、それがこの世界の仕組みなんだよ。ほら、使徒って言っても、誰もが奇跡を起こせるって訳じゃないから、これはって人には、なるべく長く働いてもらうってことになってるみたいだよ」

「つまり、神和の本家がより強い神力を使う為に、俺たちはここで奇跡を起こし続けなければならないってことですか?」

「まあ、そうだね。九は、東京結界って聞いたことある?」

「……?」

「東京を中心に神和が張ってる結界があるんだけど、三十年ぐらいまえからその脆弱化が始まっててさ、上の方ではそれがずっと懸案事項になっててね。あれが崩壊すると、東京が大地震とか大きな自然災害に晒されるから、気が気じゃない訳」

「ええと、その結界の保持のために、神力が必要ってことですか?」

「そういうこと」


 その為の異世界召喚。片道切符の帰れない人柱たち。俺たちは――

 だから、年を取らないのか。

――ずっと使徒としての使命を果たし続けなければならないから。


「で、話を戻すけど。僕が欲しい最後の切り札カードが、実は十広姉さんなんだよね」

「十広さんが?」

 例の、ハザマさんを倒すための?

「何しろ、姉さんは使だから」

「はい?」


――まさかのシスコンですか?


「……言っとくけど、崇拝してるとか、愛してるとか、そういうんじゃないからなっ」

 微妙な空気が伝わったのだろう。八世さんが赤面して慌てて釘を刺してくる。

「……下世話でスミマセン」

「あのな、十広姉さんは、天使職なんだっ」

 そう言われて、ハザマさんのタブレットの中に、背中に羽根を背負った衣装の職業があったかもと、おぼろげに思い出す。


――ああ、あれって天使だったのかぁ。


「天使のお仕事って、想像つかないですけど。ヒーラー系とか、ソッチ系?」

「召喚者の不幸を滅し幸いを与える力。かつ、魔のモノに対しては完全拒絶能力を持つ。まあ、ざっくり言えば、召喚者を必ず幸せにしてくれる存在ってとこか?即ち、絶対幸運アブソリュート・ラック


――絶対幸運アブソリュート・ラック。って、究極の神頼み的な感じだよなぁ。


 最後の切り札ってぐらいだから、裏技的に強いのだろうかと思う。それを八世さんは手に入れたいのか――ハザマさんに勝つために。

 

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