第24話 自分では意外とちゃんと見えていないのが自分の顔

 フェリシュカのスープの効果――というか、ぶっちゃけ愛情効果なんだろうと思う訳だが、コリンはあれから数日で全快し、今は専ら先生に作ってもらったメニューを手掛かりにして魔法の自主練に励んでいる。


 一方のラムダリアも寝たり起きたりを繰り返しながら、十日ほど掛かったものの、ようやくベッドの上で起きていられるようになっていた。


 そんな頃合いを見計らったように、見覚えのある人物が部屋を訪ねて来た。前に、魔法使いギルドで名刺を貰った少年だった。


――神和万広かんなまひろ。肩書は確か戦術アドバイザー……だったっけ?


「ラムダリアちゃん、具合どうですか~?」

 万広にそう声を掛けられて、ラムダリアの眉がピクリと不機嫌な感じに動く。

「……ちゃん?」

 どう見ても自分より年下と思われる少年から、ちゃん付けをされたのがどうやら気に障ったようだ。

「あれっ?ラムダリア様……でしたっけ?」

「お前、それも地雷だから」

 確認するように聞かれて、こちらとしてはそこは苦笑しながら返すしかない。

「ほぉ……でも、さすがに呼び捨てっていうのも乱暴かなと思うし、ま、どう見ても、キミ、僕よか年下なんで、ちゃんか、くんの二択でお願いします」

「はっ?どう見てもって、どう見てもそっちの方が年下じゃないのよっ」

 ラムダリアの反論に、万広が含み笑いをする。

「どう見てもは、申し訳ない、言い方間違えましたわ~。僕はぁ、十七でこっちに召喚されて、賢者職で勇者の下僕を三年やって、魔王城攻略に失敗して勇者さんがお亡くなりになってしまったせいで帰り損ねて、同じ頃、八世さんが迎えに来てくれてこの商会に入って五年。という訳なんで、若く見えるけど、これでも二十五なんですよね」

「……それ、八世さんも言ってたけど、俺ら、召喚時から年取らないってことなの?」

「う~ん。その辺は人によるとしか言えないんだけど。僕や八世さんは、何故だか召喚された時のまんまなんですよねぇ」

「……にじゅうご」

「なので、ちゃん、くん、二択、どっちにする?」

「……」

 どちらにしろ、子ども扱いされてる感はある訳で、彼女的にはその二択にはかなり心の葛藤があるようだ。

「……ちゃんとか、くんとか、いらないし。別に呼び捨てで……」

「せんせーっ」

 ラムダリアがぼそぼそと歯切れ悪く言いかけた所に、ばんっと勢いよくドアが開かれてコリンの元気な声が割り込んだ。

「魔法陣の多層展開が上手く行かないんだけどさー……あ……」

 部屋の中に先生と俺以外の人間がいることに気付いて、コリンが気まずそうに頭を下げた。

「……おじゃましてスミマセン」

「先生!」

 万広がポンと手を打った。

「先生、お願いします……とか~、時代劇の用心棒っぽくてそそりませんっ?うん、イイ。いいよねっ?ラムダリア先生っ」

 何だか必要以上に喜々としてる訳だが。

「……どーでもいい」

 そのノリとテンションについていけなかったらしいラムダリアは、肩を落として白旗を上げた。


「で、先生。早速なんだけど、治癒担当の方からは、あとひと月ぐらいあれば、全快するんじゃないのって感じで報告来てるんだけど、どう?」

「まあ……そのぐらいあれば……たぶん」

「って、ちょい待ち。それは何?ひと月したら、魔王の本城攻略とかそういう話?」

 俺が横から口を挟むと、万広がにこやかに言う。

「それをこれから、戦術立案担当の僕が考える訳だけど」

「そりゃ、ひと月で体調は戻るのかも知れないけどさ、そのまま戦闘モードでまたあんな高出力の魔法使えって言うのは……」

「ああ、そこは心配しなくても、さすがに、あれをもう一度やれとか無茶は言わないんで、ご安心を。本城は無傷で攻略というのが、八世さんの方針なんで」

「無傷で?」

「だから、跡形もなく消されたりしたら困るんです」

「何で無傷?」

「さあ……物件が気に入ってるんじゃないですか~?」

「物件?」

「あの城、佇まいがイケてると思わない?って、冗談半分に言われたことがあるんで、あるいは?」

「……住みたいの?魔王城」

「どうでしょう?まあ、要塞としての設備はかなり充実しているみたいなんで、僕も何ていうか興味はありますよね。世界遺産的なノリで。無暗に壊しちゃいけない名所旧跡って感じなのかなぁ……」

 そう言われると、魔王城址とか観光地展開できそうだよな、と思う。そういう関係の仕事をしていたせいか、周辺整備して、テーマパーク的にショッピングモールとか作ったら面白そうだな、なーんて妄想が広がる。にしても……


「建物無傷で、中身だけ排除って、攻略の難易度上がるよな?」

「……ん~まあ、どうですかね~ああ、あと、魔王も無傷で生け捕りとか条件ついてましたか……」

「ふぁっ?生け捕り?いやそれ、さすがに無茶だろっ。ていうか、生け捕りにして、何?まさか博物館で展示とか……する訳じゃねぇよな?」

「さーーー。その辺の使い道までは。八世さんには何か考えがあるのかも知れないけど、僕には分かんないですねーー」


――一体、何考えてるんだよ、八世さんは。訳が分からない。


「つか、そのこ難しい作戦、こいつにやらせる訳?」

「ああ、その辺はちゃんと危なくない作戦考えるんで、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ?」

「そうは言っても、魔王って、魔王だから、魔王なんだよな?」

「まあ、そうですね」

 万広がどこか楽しそうにふふっと笑う。 

「……何だよ?」

「いや、千広さんって、ラムダリア先生のこと、根っから心配してるんだなぁって思って。微笑ましいというか。ごちそうさまというか何というかで」

「はっ?馬鹿言え。護衛なんだから、そんなん心配して当然だろう。下手に怪我でもされた日には、無能呼ばわりされるの目に見えてるっていうプレッシャーをさ、理解してくんない?」

「はいはい。ではそういうことで」


――こっちは真剣に言ってるのに、軽く流されるって、これはっ? 


「あのな、何か誤解があるみたいだけど……」

「誤解?言っときますけど、賢者職、甘く見ないで下さいね」

「へ?」

 甘く見る?……ってどの辺が――?

「じゃ、先生、せいぜい養生して下さいね。お大事に」

 俺が軽く混乱している内に、万広は優雅な礼をして部屋を出て行ってしまったから、その疑問の答えは分からずじまいだった。



 万広との面談の後、どこかもやもやした気分を抱えたまま、俺は中庭でコリンに剣の稽古を付けていた。

 魔法陣の多層展開――つまり、いくつもの魔法陣を同時に展開するという高等魔術らしいのだが、それが上手くいかないのは、ぶっちゃけ集中力と体力の問題であるらしく、ラムダリアに言われて、俺がそのトレーニングの相手をすることになったのだ。要するに、魔法使いであっても、基礎体力は重要ということらしい。

「だぁーーーっ」

 日頃の恨み辛みも上乗せされてんじゃないのかっていう勢いで、コリンが剣を打ち込んで来る。まあ、こんなひょろっとしたお子様が、真っすぐに突っ込んでくるだけなんで、こちらは軽くいなすだけな訳だが、俺のそんな余裕の空気が奴には面白くないらしく、その剣が次第に熱を帯びていく。

「おら、もっと緩急つけろって言ってんだろ。そんなに闇雲に突っ込んでたら、すぐに消耗しちまうぞ」

「……るせ……」

 ああ、一生懸命だなぁ、と思う。

 八世さんの好意(だと単純には言えないかもだが)で、コリンは商会の魔法使いから、本格的な攻撃系の魔法を教えてもらっている。それは言わずもがな、自分の力で守りたいものを守れるようになりたいという、切実な願望の現れなのだろうと思う。


――守りたいもの……大切な人、か。


 コリンの剣をさばきながら、中庭に面した回廊を行く若者たちの会話がふと耳に付いた。

「……でさ、その厨房にいるちっちゃながさ、めちゃめちゃかわいくてさぁ……」

「あ、あのいいよな~癒し系で。料理もすっごく上手なんだって、料理長のお墨付きらしい……」


――もしかして、フェリのことか。


 最近、フェリは先生の世話がない時間、厨房の手伝いをしていると言っていた。手伝う代わりに、厨房の人から料理を色々教えてもらったりしてるらしい。

「く~、俺っ、嫁にすんなら、絶対ああいう

「あ、ずっりい……抜け駆けはなしだぞ……俺だって……」


――おいおい、大人気だな。


 そう思ってコリンの様子を伺うと、コリンにも若者たちの声は聞こえているらしく、その会話の中身に集中力が乱されて剣先がブレ始めていた。緩い突きをかわして手首を返し、剣を絡めて掬いあげるようにすると、コリンの剣はあっけなく宙を舞った。

「休憩」

 剣先を突き付けてそう言ってやると、やっぱりギリギリまで自分を追い込んでいたのだろう、コリンは剣を拾いにいく余力もなく、そのまま両手を地面に付いて座り込んだ。

「……ま、何だ。お前のことしか見えてないから。そんなに心配いらないと思うぞ」

「……何の話だよ」

「……はて。何だろうな」

 ここは、主語を略すべきじゃなかったかな、と思いつつも、はっきり言えば言ったで、意固地になるのは目に見えてるから、ま、いいかと思う。

 するとそこに、厨房の方から甘い香りが漂ってきた。

「今日のおやつは何だろう」

 俺のその言葉を合図に、コリンがエネルギー切れを起こしたように、その場に仰向けにゴロリと転がった。そのままぼんやり青い空を見ている奴の口から、まんま心の声みたいなセリフが零れ落ちた。

「ああ……野イチゴのパンケーキ食いてぇ……気分……」

 甘い香りに包まれながら、コリンは眠りに落ちて行った。


 目を覚ました時に、皿の上にパンケーキが乗っているのを見たコリンがどんな顔をしたかは、まあ予想通りだったってことで――

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