第22話 塩と砂糖の配合比率についての考察
一夜明けて、討伐戦前日――
「あんた馬鹿なの?」
俺に対しては、相変わらずの塩対応なラムダリアのセリフに、俺は苦笑するしかない。
「お前さんねぇ、目上をあんた呼ばわりすんじゃねぇわ。そんなんだから、
「血が怖いのに、剣士なんて職業選ぶとか、馬鹿以外に何て呼べばいいのよ」
「怖い訳じゃねぇ。気持ち悪いだけだから」
「違いが分かんないんだけど?で?何?血が出なきゃ何とかなる訳?フレイムソードとか使えば、切ったそばから傷口焼いてくから、血は出ないわよ?」
「そういう問題じゃないんだ」
「……?」
言いながら自分でも、そもそも敵を切る感触が嫌なのに、何で得物に剣を選んだりしたんだよと残念に思う。
「じゃぁ、触れた瞬間に相手が蒸発する剣とかは?」
「……いや、それも何て言うか……」
ラムダリアは八世さんに言われて、渋々ながら現在、俺が護衛として機能する方法に知恵を絞っている。
ぽんぽんぽんと、いわゆる魔剣と呼ばれる高機能な剣が次から次へと魔法で目の前に出現する。聞けばこの先生は、魔剣蒐集が趣味だったらしく、滅多にお目に掛かれない名剣の類を大量に異空間倉庫に保管しているのだとか。魔法使い同士の勝負なら無敵だが、相手が物凄く俊敏な剣士とかだと、呪文詠唱の関係でやはり不利であるらしく、そういう場合の対処法として、魔剣で直接攻撃を仕掛けるらしい。
「さわるの嫌なら、雷撃できる奴もあるわよ。イチコロとはいかないけど、足止めぐらいは出来るから、こ、れ、に、する?」
俺を倒す為に使った例の魔剣を目の前に差し出された。もういい加減面倒くさいのだろう。もう、これでいいでしょ?これにしなさいよ的な圧を込めて言われた。
「……別に、今もってる奴でいいよ。面倒くさい」
「はぁ?あたしが腰抜け剣士さまの為に、こんなに頭を悩ませてるっていうのに、何なの?そのやる気のない態度はっ」
「……お前さあ、それ俺の為じゃなくて、八世さんの為、なんだろ?殺すまで言ってた相手に、どうしてそこまで
「……べっ、別に媚びてなんかっ、ないもん。あたしの力が必要だって言ってくれたのよ?……そんな風に言ってくれる人の役には立ちたいって思うのは、当たり前でしょ」
――これも、八世さんの魔法の影響なんだろうか。俺だって、嫌々いいながらも、結局八世さんの言いなりな訳だし。
八世さんに言われたら、そうしなきゃいけないような気にさせられるのだ。だから、怖い。それにしたって、ラムダリアは魔法使いなんだから、もう少しそういう術系に耐性があるんじゃないかと思うんだが、やっぱ、好きっていう感情に付け込まれてるんだろうか。
「お前さぁ……弄ばれてるって自覚ないの?八世さんは、お前を手駒に使うって言ったんだぞ」
「弄ぶとか、イヤらしい言い方しないで。これだから、オジサンは嫌なのよ。八世さんはあんたと違って紳士だからっ」
世の中、紳士面した悪人がどれだけいると思ってるんだよ。世間知らずにも程があるぞ。
――てか、俺より八世さんのほうが、年齢的にはずっとオジサンなんだがっ?そこは何?外見ですか?若作り最強ですか?
「……見た目でしか相手を判断できないとか、そんな了見だから、都合よく使い捨てにされるんだよ、お前は。自分の力にもっとプライドを持て。自分の魅力で相手をひれ伏せさせるぐらいの根性を見せろ。お前にはそれが出来るだけの実力も、魅力も充分すぎるぐらいあるんだろうがっ」
「大きな声、出さないで!あたしはっ……」
反論しかけたラムダリアが、不意に言葉を切って、顔を赤くした。数テンポ遅れで、言われた内容を理解したって感じだ。同時に、俺も自分が何を言ったのか、正確に理解した。
『お前には……実力も……魅力もある』
途端、こちらも顔が赤くなる。面と向かって女性をほめるとか、全然慣れてない。照れくささで死ねるレベルだ。売り言葉に買い言葉というか、こいつと話していると、いつの間にか、言わなくていい、本音の部分までさらけだしてしまう。
――勢いって怖いわぁ……
「……あーっと、その。だからつまり……」
流石にまともに視線を合わせられずに、明後日の方を向いたまま、ポンと肩に手を置いて、
「もっと自分を大事にしろってことだから……」
と、付け加える。
――そう、深い意味はないからなっ。
心の中でそう念を押しながら、さざ波の立った心を落ち着かせる。
「あんたは、自分が護衛すべき相手が生きるか死ぬかって瞬間にも、そうやって自分大事にしてそうよね?」
「……いや、流石にそこまでクズじゃないつもりだけどさ。ぶっちゃけ、そんな状況になったことないから、想像出来ないんだよな」
「……お気楽な人生送ってきたのねぇ。ホントおめでたいわ」
――まぁ、それは否定出来ないけどな~
山々谷々の人生を送ってきた彼女の人生に比べれば、俺のそれは起伏なんて微塵もないどこまでも続く大平原だ。
言い返さなかったのが図星を言い当てたと思ったのか、彼女は調子づいたまま、更に言葉を投げつけてくる。
「心から守りたいと思うモノに出会えなかったなんて、な~んてつまんない人生なのかしらね」
そこまで言われて、流石に俺もカチンと来て、つい言ってしまった。
「平和で心穏やかな人生で何が悪い」
それは、持てる者の傲慢な言葉……持たない者には残酷な言葉だった。
「……」
ラムダリアが表情を無くした。
――やべ。言い過ぎた。
背伸びしている子供に、実に大人げなかったと反省する。
「……悪い。言葉が過ぎた……護衛は、間違いなくちゃんとやるから、心配しなくていい。俺だって、目の前でお前が危ない目に遭うのを黙って見ているほど、ダメな大人じゃないつもりだ」
「……別に、護衛なんて要らないのよね。て言うか、あんたが血を見なくてすむ様に、あたしが守ってあげるから、そっちこそ余計な心配しなくていいからっ」
「……それは……頼もしいな」
――おいおい、あんたを守るだなんて、生まれて初めて言われたぞ。それがよりによって、こんな小さな女の子からとか。
そう思ったら、どうにも可笑しさが込み上げて来て、口元に笑みが浮かんでしまった。それを、ラムダリアが目ざとく見つけて顔をしかめる。
「今に見てなさい」
そして、それがただの捨て台詞じゃなかったと、翌日、俺は思い知ることになるのである。
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