第21話 その才能を、愛してる。
「五年前に、キミのその封印に気付いていたら、僕は間違いなくキミを一緒に連れていったんだけど……全く、あの頃の僕は、未熟だったと認めざるを得ないよ」
「何を……言って」
「この世界にとっては強すぎる魔力が、制御もままならない子供の中にある。それを危惧した人がいたんだろうね。キミの魔力にリミッターを付けた魔法使いがいたんだ。それ、多分、キミの最初のお師匠さまって人だろうけど」
「お師匠さまが……」
「その封印を、今から解くから」
「え?」
「だからキミ、僕のモノになってくれない?」
「はい?」
「あ、ちなみに言うと、封印解除すると、キミに掛けられてる諸々の魔法も同時に解除されちゃうんだよね。僕が掛けた忘却の魔法とかも」
「忘却の魔法?」
「でも、これだけは言っておくよ。僕は才能のある人間が好きだ。だから、才能のあるキミのことは、間違いなく愛しているから」
「は?」
「だから、思い出して、僕のことを。今すぐに。ラムダリア・ファーランス」
ラムダリアの頭上にかざされた八世さんの手から光が零れ落ちる。
「……ちひ……ろん……?」
その光の中で、ラムダリアが呆然とした表情で八世さんを見上げている。最初、視点の定まらなかった目が、不意に生気を帯びた力強い光を宿した。
「うっ……」
ラムダリアの口からそんな短い声が発せらたのと同時に、丸く見開かれた目がぱちくりと数回、忙しなく瞬きが繰り返した。
「うっ……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ……」
黄色い悲鳴と同時に、ゆでだこのようになったラムダリアは、座ったままの姿勢をキープしたまま、物凄い勢いで後方に後ずさる。擬音をつけるとしたら、まんま、ずささささーっという感じだ。で、そのまま、部屋の隅に逃げ込むと、小動物のように小さく身を丸めてしまったのだった。
同じ「神和千広」なのに、俺の時とは、えらい違いじゃん、と突っこんでもいいですかね。まあ、要するにあれだ、散々毒吐いてたけど、ラムダリアは八世さんを、まだ好きだったってことなんだろうなぁ、これは――
そんなことを考えながら、俺はその感動の再会をどこか冷めた気分で見ていた。
「という訳で、明後日の作戦には、ラムダリア様もめでたく参加決定、ということで。キミの最大出力の魔力が、どれだけ凄いのか見られるかと思うとワクワクするよ」
「……えぇ?作戦っ……て、何の話よ」
部屋の隅から、蚊の鳴くような声が聞こえてくる。
「……ていうか、下僕でもないのに、様付けで名前とか呼んでんじゃないわよ、ばかぁ」
「あれ?ラムダリア様って、昔と同じように呼ばれたら、嬉しいでしょ?昔の楽しかったあれやこれやを思い出したりして。ねぇ、ラムダリア様?」
――楽しかっただけじゃない、あれやこれやもあるのを承知で言ってんだよなぁ、これ。
さっきの魔法で、恐らくラムダリアも八世さんの手駒に組み込まれたんだろう。俺にはガンガン噛みついて来た気の強い彼女が、抵抗らしい抵抗を見せないというのは、多分そういうことなんじゃないかなと思う。
「八世さん、そんな風に昔の傷口に塩を塗り込むような言動は……何ていうか……」
「かわいそう?」
「まあ……ちょ~っと気の毒かなと……」
俺のセリフに、八世さんがクスリと笑う。
「九は優しいんだな。よし、決めた、お前は彼女の護衛役ね」
「護衛?」
「ま、護衛なんて必要かどうか分からないけど、一応ね。どんなに最強の魔法使いでも、魔法の発動には呪文の詠唱が不可欠な訳で、詠唱中は無防備になる訳。ま、彼女の場合、それはほとんど瞬き程の隙にしかならないし、そこを狙い撃ち出来る奴もそうそういないと思うけど、そこを狙われないように、九が守ってあげなさい。ラムダリア様もよろしいですね?」
「……」
「あ、それから、解放された魔力が体にしっくりくるまで、彼女のメンタル面、相当不安定になってる筈だから、護衛さんはその辺りのフォローもしてあげること。分かったかい?九」
「……そりゃ、構いませんけど」
「じゃ、後は任せたよ」
八世さんはそこで伸びているセトを担ぎ上げると、にこやかに手を振ってそのまま姿を消した。
「……あ~とりあえず、飯でも食うか?」
俺がテーブルの上にほとんど手つかずに残っていた食事を示すと、子供たちは神妙な顔をして頷き、言われるままにテーブルに着く。先生の見せた、普段とは違う一面に面食らっているようだ。そりゃそうだよな。母親の女の部分なんて、あまり見たいものじゃないだろう。
「お~い、先生、あんたも来いよ」
そう促すと、床に突っ伏していたラムダリアが気怠そうに身を起こした。そして俯いたまま、どこか危なっかしい足取りでこちらにやって来た。
――何だか見るからにダメージ来てるなぁ、こりゃ。
そう感じて、見かねて声を掛ける。
「……具合、大丈夫か?」
「へい……き」
その吐息のような声と同時に、その華奢な体がふらついた。俺がそれを咄嗟に支えると、驚いたような顔をしてこちらをガン見される。
「……何?」
「……あり……がとう」
「え?あ、ああ……まぁ、こんなん別にどうってことないけど」
そう言うと、ラムダリアがふっと笑った。
――え、何で今、笑っ……ていうか、
笑えば普通にかわいいんだなと思いながら、こちらの口元も自然に緩む。
「……ちひろんみたい」
「はっ?」
「困ったなぁ……って顔しながら、それでも親切に世話やいてくれるの。神和の男って、みんなそうなの?」
「どう……だろう」
そんなこと言われたの初めてだし。よく分からない。
「あ~もう。お腹すいたっ」
そう宣言するように言ってテーブルに着くと、ラムダリアは目の前の食事を猛然と食べ始めた。そんな先生の様子を見て、子供たちも食事を始める。
「カンチィは、こっちよね」
エリザベスちゃんが酒の入ったボトルを俺に示す。
「おお、サンキュ」
差し出したグラスにトプトプと酒が注がれて、俺はそれを勢いよく飲み干した。
料理を取り分けるフェリにあれこれ注文を付けるコリン。コリンの世話ばかりしているフェリの皿には、ラムダリアが「お前も食べろ」とばかりに自動的に肉を積み上げていく。
俺は、そんな奴らを眺めながら、隣に陣取ったエリザベスちゃんが注いでくれる酒を飲む。
――ああ、何か……こういうのも悪くないもんだな。
その時の俺は、少し酔いの回った頭で呑気にそんなことを考えていた。
がっ――
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