第20話 人のお金で爆買いしたら、金返せって押しかけられました。
「へ?」
思わず頭上を確認した俺の前に、なんだか団子状のもの(多分、人)が現れて、
「なっ……(んなんだ)?」
と( )部分を口にするまもなく、俺の体の上――正確には俺の体の上にしなだれかかっていたセトの上だ――に、どさどさとに人の山が築かれ、
「ふぎゃっ……」
と、短いうめき声を発して、セトは沈黙した。
恐らく女の子のやわな体では荷重に耐えきれなかったのだろう。酸欠で気を失ったものと思われ……てか、そんなこと言ってる場合じゃなくてっ。救助、救助。
「何やってんだよ、オメーらは」
俺は体の上に折り重なって乗っかっている、少年少女たちを順番につまんで脇に除けていく。コリンとフェリとエリザベスちゃんと、それからラムダリアを一列に並べ、見れば、案の定、セトは押しつぶされて気を失っていた。
「仕方ないでしょう。リズがきっちりマーキングしてなかったから、匂いの追跡が微妙だったのよ。ちょっと着地に失敗したぐらい、大目に見なさいよ」
ラムダリアが喧嘩腰に言い返してくる。
「……で、ぞろぞろと現れて、何の用だ?」
「あなたねぇ、人の結婚資金勝手に使いこんでおいて、そのまま逃げおおせるとでも思ったら、大間違いなのよっ」
「……は?」
「魔法使いギルドのあたしの口座から、勝手にお金使ったわよね?」
――ああ、あれって結婚資金だったのかぁ……(遠い目)
「って、そりゃ使ったけど、それは必要経費だろうがっ」
「神様の使徒って下僕のくせに、ご主人様に経費請求するとか、あんた何様なの?図々しい」
「ずっ……」
「たった今、全額耳を揃えて返しなさいよ!さもないと、窃盗罪で訴えるわよ」
――つ~か。何?経費は自腹とか、どこのブラック雇用主だよ。
「勝手に使ったのは悪かったけど、お前さんの子供の保護に必要なお金だったんだぞ。それに赤の他人の俺じゃなくて、コリンがあんたの弟子だからってことでギルドから融通してもらった訳で……なぁ?」
コリンに同意を求めると、奴の視線は明後日の方に逃げていく。
「え……僕、子供だから、お金のこととか良く分かんない……んだけど」
成程。この剣幕の先生に、刃向かう勇気はないんだね。
「信じらんない……開き直った上に、子供を言い訳に使うとか、どんだけクズなの……」
「わ、悪かった。申し訳ございませんでした」
ラムダリアの怒りを冷ますために、ひとまず頭を下げる。
「それで?」
ま、頭下げただけで、済むとは思わないよ。はいはい。
「……弁償させて頂きます」
「分かればいいのよ」
ふんっ、と鼻息も荒く、眼前に請求書を突き付けられる。何だかやたらと大きな額が書かれてるけど、俺にはそれがどのぐらいなのかよく分からない。溜息付きながら、請求書を受け取ろうとすると、ひょいと横から伸びた手が、その紙を持っていった。
「あ~これまた随分と豪遊したんだねぇ……九」
気づけばそこに、いつの間にか現れた八世さんがニコニコしながら立っている。
「何か、結界に大きな穴が開いたなって思って来てみたんだけど。ちょうどいいタイミングって言うのかな、これ、魔王討伐前哨戦に参加して活躍すれば、一回で返せるよ。どうする?ちなみに、地道に力仕事なんかで稼ぐとすると、普通に一年ぐらい掛かる額だけど」
「ちょっと待て、そんなに?これって、ぼったくりじゃないのか?」
「馬鹿言いなさい、高額なマジックアイテム買ったり、高級温泉旅館に泊まったりしたんでしょうがっ」
「え?温泉はともかく、マジックアイテム?んなもん、買って……」
「あ、多分それ、ノートのことだと思う」
横からエリザベスちゃんが指摘する。
――ノートって、あの?
「……まじか~」
魔法関係の支出は高額なの多いから、気を付けてたのに、店先に一冊百円みたいなノリで無造作に山積みになってたから、完全に油断した。あの時は、コリンの珍しく分かりやすい嬉しそうなテンションに、俺も舞い上がっていたから、まぁ、買わないという選択肢はなかった訳だが。
結局、頭を抱える俺と、ニコニコしてる八世さんと、噛みつきそうな勢いでこちらを睨んでいるラムダリアと。
そんな状況で、なし崩し的に、俺の魔王討伐前哨戦が決まってしまったのだった。
「で?僕の結界壊したの、そちらのお嬢さん?」
八世さんがラムダリアの方へ顔を向ける。相変わらずニコニコしてはいるが、そのニコニコが普通のニコニコでないということが、ラムダリアにも分かったのだろう。質問に頷きながらも、警戒心マックスという顔で、八世さんを見ている。
その顔を見て、八世さんが「おや」という表情になった。
ついっと八世さんがラムダリアとの間合いを詰める。それに呼応するように、ラムダリアが半歩身を引いた。自分に注がれる八世さんの視線に、何か不穏な空気を感じたようで、その体は僅かずつだが後ずさっていく。それに気づいた八世さんが、口角を僅かに上げて、手を伸ばす。その手は、何の迷いもなくラムダリアの頬に添えられた。
「な……」
ラムダリアは反射的にその手に自分の手を掛けたものの、その状態で動けなくなっている。
「凄いな……大きな魔力が零れ出しそうになってる」
「え?」
「キミ、ランクは幾つ?」
「……SSSだけど……それが……何?」
「SSSって、そんな低い筈ないんだけどなぁ……何だろう……何か封印みたいなの、かかってんのかな」
呟きながら、八世さんの手が頬から顎に滑り降りていく。
「ぁあ……のっ」
ラムダリアが困惑したような声を出す。
「僕の目を見て」
多分、この世界で最強の魔法使いである八世さんの言葉は、それ自体が呪文みたいなものなのだろう。逆らうことを許さない、強制力のようなものがある。
ラムダリアも、息が掛かりそうな至近距離に顔を寄せられて、困惑し顔を赤くしながらも、顔を背けることも出来ずに八世さんと目を合わせている。
二人のやり取りに、つい見入ってしまっていたが、俺の横で目をまんまるくして先生を凝視しているお子様たちに、これは奴らには少し刺激が強いよなと気づいて、八世さんに声を掛ける。
「あの、八世さ……」
「……
ほぼ同じタイミングで、何だか意味不明な呟きをこぼして、八世さんがラムダリアを解放した。
手を離されたラムダリアは、まるで力を吸い取られてしまったように、へなへなとその場に座り込んでしまった。
「う~ん。でも手放すのは惜しいか。諸刃かも知れないけど、
名前を呼ばれて、ラムダリアが顔を上げる。
「え……なんで……あたしの名前」
そう、八世さんは、覚えていないと言った彼女の名前を呼んだ。
――それって、つまり……
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