第18話 八世さんと九世さん

「やあ、来たね」

 にこやかにそう言った八世さんは、俺の記憶の中の八世さん、そのままだった。

 確か、俺が大学を出て就職した年に、お祝いだと言って少し豪華な夕食をごちそうになったのが、八世さんと会った最後だったと思う。その後程なくして、八世さんはこの世界から二度目の召喚を受けた――


「凄いな、体だいぶ鍛えてるんだね。見違えた。なるほどこれなら剣士も適職だね」

 そう言いながら、感心したように俺の体を検分する八世さんは――十年ぶりに会った八世さんは……

「全然変わってないですね」

「あはは、こっち来てから、何か年、取らないみたいなんだよね~僕。きゅうはいま幾つ?」

「三十二になりました」

「あ~もうそんな年か~逞しくなる訳だね。結婚は?」

「まだですけど」

「彼女はいるの?」

「いえ、まあ特には」

「そう?なら良かった」

「……良かった?」

「結婚して子供もいますで、帰してあげられないってなると、良心咎めちゃうじゃない?」

「俺、用が済んだら帰る気まんまんなんですが?」

「まあ、それはそれで構わないけど、簡単には帰してあげられないよ?」

 な~んて物騒なセリフを言って、八世さんは意味深な笑い方をする。

「……なにさせる気ですか?そこまで面倒くさい案件って、まさか魔王討伐とか?」

「まあ、そんなとこかな。正確に言うと神殺しの方なんだけど」

「はっ?」


――今さらっと、とんでもないこと言ったよこの人。


「本気ですか?」

「本気っていうか、まあ流れシナリオ的にそうなるみたいだから」

「この世界の神様って、ハザマさんの他にも……?」

「どうだろう。他にもいるのかも知れないけど、取りあえず僕の目標ターゲットは、ハザマさんかな」

「何でハザマさん……」

「まあ、事情は色々なんだけど……世界の均衡とかそんな話?」 

「世界の均衡ですか?」


――ザックリし過ぎてて、良く分からん。


「そう言えばさ、セトに聞いたんだけど、こっち来て、いきなり子守りさせられたんだって?」

「ええ、まぁ……」

「僕の時もそうだったなぁ……小さな女の子に召喚されて、執事の真似事させられたんだよなー。結構大変だったよ。ま、それなりに楽しかったけど」


――それって……


「八世さん、その女の子の名前って、覚えてます?」

「名前?……なんだったかなぁ……もう覚えてないなぁ」


――そっか、覚えてないのか。


 五年も一緒に暮らして、殺したい程愛された筈なのに、その想いは切ないまでに一方通行で……相手の心に何の痕跡も残らないって……人の想いって、ここまで届かないものなのかと思ったら、何だか心が重たくなった。


「話は変わるけどさ、明後日、神和商会うち主催で魔王討伐前哨戦あるんだけど、参加する?力試しに」

 明後日、合コンあるんだけど参加する?みたいなノリで聞かれましたが。

「するも何も、俺は別に神和商会ここの人間じゃないし、商会に入るつもりで来た訳じゃないですから」

「あれ?セトから聞いてない?僕は、九の力が欲しいんだけど?」

「まさか、俺には拒否権ない訳ですか?」

「まあ、そう決めちゃったから、拒否権は実質ないのかなぁ。ていうか、最終的にハザマさんに勝てないと、元の世界に戻れないんだけど」

「は?」


――そう言えば、戻り方って具体的には聞いてなかった気がする。召喚者の願いが叶えば戻れるって勝手に思ってたけど、コリンの願いは叶ったはずなのに、俺、まだここにいるし……


「どうする?」

 イエスしか答えがない質問をされる。というか、こんな時こそ、神様ホットラインだよな。

「……ちょっと、待ってもらっていいですか?」

 言いながら、俺は懐からスマホを取り出して、当たり前のように画面をタップした。が……画面は黒いままで、スマホが起動しない。

「充電切れ……」

 そりゃ、こっち来てから、一度も充電してなかったけどっ。

「ああ、それ、召喚者との契約が終了すると、繋がらなくなるみたいだよ?因みに、神様の御加護も切れるみたいだから、今後は身の回りに気を付けてね」

「身の回りですか?」

「そう。怪我とか。まあ、うちの治癒能力者ヒーラーは優秀だから、即死じゃなきゃだいたい治してくれるけど」

「お……おぅ」

「即死もな~蘇生魔術使える奴がいれば問題ないんだけど、残念ながら、まだそこまでランク上げした奴いなくてね」

 それってまるっきり……神様のわざじゃね?

「……」


――この人は、どの辺目指しているんだろうか。


――永遠の命とか。

  ――不老不死とか。

    ――世界征服……?

      ――だから、神殺し?


「……その後は?」

「後?」

「ハザマさんに勝って、八世さんは、どうしたいんですか?」

「どうって、だって九は帰りたいんでしょ?」


――ハザマさんに勝たないと帰れないから?


「……あのさ……勝ち負けとかじゃなくて、もう少しその、平和的な解決法とか……話し合いの余地、みたいなもんはないんですかね」

「あ~ムリムリ。ハザマさん、そういうの好きじゃないから。話し合いみたいなまどろっこしいの」


――えっと……ハザマさんの方が、かかってこいや~、ってことなのか?


 ハザマさんと八世さんが、なぜそんな風に対立関係になってしまったのか、俺にはよく分からない。まあ、八世さんがこの世界に来て十年。その間に蓄えた力――神和商会という力が、神様のそれに匹敵するほどのものになりつつあるのなら、ぶつかるのは必然なのかもしれない。一つの世界に二人の支配者は、たぶん必要ないのだから。


「実は、九が来てくれて、明確な大義名分ができたから、そろそろ頃合いかなと思ってるんだ」

「……俺?」

「帰りたい九のために、ハザマさんという障害物を排除する」


――いやいやいや、俺のせいとか勘弁しろよ。


「そこ、俺のせいとか言わないで下さいよ。そもそもやる気満々で、色々周到に準備してたくせに。ずるいですよ、人のせいみたいに言って……」

「あれ?ことを起こすのに、大義名分って、結構重要なカードだよ?」

「じゃあ、俺が別に帰らなくてもいいって言ったら、やめるんですか?神殺し」

「え?そこはもう決まってるイベントだから、やめないけど?そしたら、また別に大義名分探さなきゃいけないから、時期が延びるだけで、中止にはならないよ?」

 八世さんがにこやかに言う。

「何しろ、僕がゲームメーカーだから」

「ゲーム?」

「ハザマさんに対抗するための手札カードは、大体揃ったから。後、足りないのは、九のヤル気だけ?」

「や、ですよ俺は」


――この世界に来て、一番最初に気づいていた。


 あのモンスターを切り裂いた瞬間――モンスターの肉が裂ける感触を、生々しく感じたあの時に。多分、俺に生き物は斬れないって。

「……血とか、流血沙汰とか、そう言うのほんとムリなんで。俺、戦力にならないと思います」

「あ、そうなんだ。なら、その頑丈そうな体だけ貸してくれたらいいよ」

「へ?」

「剣士から狂戦士バーサーカーにジョブチェンジすれば、そう言うの気にならなく……」

「いやいやいやいや、そんなんダメに決まってますからっ!」

「ダメ?」

「ダ、メ、です」

「困ったなぁ。折角、有能な人材来たのに、ヤル気ないとか、これ、どうしてくれようね、セト」

「ま、やりようはいくらでもありますけど。拷問から脅迫、誘惑、洗脳……お好みで」

「……おーい」


――ホンとに悪の組織なんじゃないだろうなっ、こいつらっ。

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