第17話 契約終了? 下僕よサラバ

「それにしたって、あんたの召喚した八世さんと俺、名前こそ同じだけど、そもそも全然似てないと思うんだけど」

 八世さんという人は、長身細身のイケメンで、要するにまんま王子様タイプと言って遜色のない感じの人だ。筋肉ダルマと揶揄される俺とは似ても似つかない。

「……記憶がないのよ」

「は?」


『大丈夫。キミが不幸にならないように、楽しかった感覚だけ残して、僕に関する記憶はキレイに消しといてあげるから』


「……って。出ていく時に、そう言って。……だから、顔とか思い出せなくて。初めて会った時に、魔法のノートに書いて貰った名前……神和千広っていう……それだけ辛うじて消えずに残ってて」

「忘れないように、それを自分の名前にして名乗ってた訳か」

「そうよ。だってそれだけが、あたしの幸せがこの世に存在していた証なんだもの」

「う~ん……ま、俺もあんま人の人生について偉そうに言えた立場じゃねぇけどさぁ……あんたのことこんなに慕ってくれる子供が二人もいて、あんた今、不幸なわけ?」

「……それは」

「あんたが言うところのクズ野郎と、折角スッパリ縁切れたんだから、もう過去のことほじくりかえすの、止めた方がいいんじやないの?」

「そうそう。だいたい、私に勝てないラムダリアちゃんじゃ、八世さん倒すなんて絶対ムリゲー」


――セト、おまーも少し言葉選ぼうぜ。折角下火になってた何かが、燃料投下されて再燃し始めた気がするぞ。


「お言葉ですけどねぇ、あたしは、この世界の魔法使いランキングで三本の指に入るSSSの……」

「ああ、因みに言うとね、私はランク7Sセプタプルだけど、八世さんはもっと上よ?」

 セトがしれっと言う。

「……7Sって、どんだけ盛ってんだよ」

 俺が呆れた声で言うと、

「先輩だって、似たようなもんでしょ?」

 っと、軽く返された。


――ま、人探しなんてユルい依頼やってたから忘れかけてたけど、これでも一応神様の使徒なんだったっけ。


「だからその力、もっと有効に真っ当なことに使いましょうよ、先輩っ」

「有効真っ当なのが、神和商会な訳?借り物の力で、世界を救うって?それもどうなのって思うぞ?」

「世界を救うかぁ~ちょい惜しいかな。どっちかと言えば、八世さんの目標は世界征服みたいですよ」

「何だよそれ、まるっきり悪の組織じゃん」


――しかも、中二全開やん。八世さんて、そんな残念な人だったっけ?


「で、先輩。私と一緒に来てくれます?うんって言って貰えないと、力づくになっちゃいますけど」

「俺、脅迫されてんの?」

「さあどうでしょう?」

 あくまでニコニコ顔なのが、充分に胡散臭い。まあ、コリンの依頼も片付いたし、他に行くとこもないし、帰る前にちょっと寄り道する位は許容範囲だろうと思う。何か問題があれば、ハザマさんから電話のひとつも来るんだろうし――行かない理由は、特に見当たらない。

「わ~った。行くから、下手なマネすんなよ」

「先輩、物分かりが良くて助かります」

「言ってろ」

 まあ、どのみち八世さんには会わなきゃならないんだろうなと思う。


 コトここに至って、俺の中に一つの疑念が生まれていた。俺が使徒として選ばれた理由だ。名前が同じというだけの問題なら、七世さんだって可能性がなかった訳じゃない。七世さんが、例えば高齢だという理由で弾かれたのだとしたら、そこにはハザマさんの意向みたいなものが反映されているんじゃなかろうか。つまり、召喚者の条件付け以外に、ハザマさんにとって都合の良い人間が、使徒に選ばれるということだ。

 俺たちには、単に召喚者との契約をこなすだけでなく、それ以外にも何か期待されていることがあるんじゃなかろうか、と。

 だって、俺だったから、八世さんに会おうなんて思う訳で。もしかしたら俺は、八世さんを元の世界に連れ戻す為に、ハザマさんに呼ばれた――そんな可能性すら、あるんじゃないかと思わされる。ま、あのハザマさんだから、本当に適当だったということもありそうなんだが。


「つーことだから、コリン。お前たちとはここでお別れだ。先生の言うことよく聞いて、立派な魔法使いになれよ」

「……」

 差し出した手に反応はなく、コリンは俯いたまま、その場に棒立ちになっている。

「フェリも、コリンのこと面倒みてやってくれな」

「……ホントに行っちゃうの?千広さんは、あたしたちのパパになってくれる人じゃないの?」

「う~ん、そう言う約束じゃなかったしなぁ。フェリたちには、こんな素敵なママがいるじゃない?」

「……そうだけど、あたしはパパにもいて欲しいんだもの。それって……ワガママなこと?」

「いや。ワガママじゃないよ。でもそれは、ラムダリアが決めることだし、ラムダリアならいつかきっと、フェリ達のパパになってくれる素敵な人と出会えると思うよ」

「……で、でもっ。あたしは千広さんのパパが良くて……千広さんじゃなきゃイヤでっ……」

「……ありがとう」

 短い付き合いだったが、魔法で召喚された下僕に過ぎない俺に、そこまで思い入れてくれていたのだと思うと、だいぶ嬉しい。俺は、しゃがんでフェリと目線を合わせると、感謝の気持ちを込めて、その小さな頭を優しくポンポンした。すると、フェリの潤んでいた目から、みるみる涙が溢れ出す。

「フェリ……」

「……こんな急に……行っちゃうなんて……ひどいです……」

 まだ子供とは言え、目の前で女の子に泣かれるのは、ひどく罪悪感を感じる。

「……」

「先輩。そろそろ良いですか?」

「お……おぉ」

 俺は後ろ髪を引かれながらも、立ち上がった。するとそこへ、斜め横の方からラムダリアの声が掛かる。

「ちょっと待ちなさいよ」

「ん?」

「……なら、……て……よ?」

「はい?」


「だーかーらーぁ、人見知りのフェリが、こんなに懐いているなら、あんたをパパって認めて上げないこともないわよ?って言ったのよ」

「……は?」

「だからっ、あんたをこの子達のパパにしてあげてもいいって……何笑ってんのよ」

「……失敗から学ばないよなあ、あんた。俺がパパであんたがママってことは、俺達が結婚するってことだぞ。名前が同じってだけで、八世さんとは似ても似つかない俺と、そういうことするって、分かって言ってんの?」

「だったら、何?」

「好きでもない相手に、軽々しくそういうこと言うもんじゃないぜ」

「……あたしは、あたしたちは、幸せになりたいのよ。あなたがパパなら……」

「ひとつ忠告してやる。下僕じゃない俺は、多分あんたの理想とは程遠い人間だよ。そんなのとくっついたって、幸せになんかなれないから。だいたいあんたは、八世さんで懲りたんじゃないのかよ」

「……あたしはもう、十八よ。何も分からない子供じゃないわ」

「そういうこと恥ずかしげもなく言っちゃう辺りが、子供なんだよ。そもそも魔物で一杯の森に子供を置き去りとか、大人のやることじゃないだろうが」

「置き去りになんかしてないわよ。深手を癒すために、異空間の秘密の部屋に籠ってただけで、ちゃんと目の届く所にいて、危なくないように見守ってたし、危ないコトがあれば直ぐに助けにだって……」

「あぁ?俺たちじゅうぶん危ない目に遭わされたんだが、それはっ?」

「それだって、なんやかんや言っても、無傷で切り抜けられた訳でしょ?召喚下僕のあなたが付いてたんだから。あたしが助けに入らなきゃならない程の、切迫詰まった状況にはなってないじゃないの」

「結果論でモノを言うな。この子達がどれだけ心細い思いしたと思ってんだよ。だいたいなぁ、留守にするなら、行先と帰宅時間を言いおいていくなんて、お子様だって基本中のキだろうが。それを親のあんたがするなんて、論外なんだよっ」

「直ぐに戻るつもりだったのよっ。なのに、『神和千広』が召喚されてきたりするからっ。出るに出られなくなったっていうか、様子見モードになっちゃったっていうかっ……」

「様子見ぃ?」

「目の前に、恨んでる相手が現れたら、どうしてやろうかって考える時間欲しいもんでしょ?」

「それって、あんたは子供の安全よりも、自分の復讐心を優先させたってことだよな?」

「だから、子供の安全は担保されてたって言ってるでしょ!もうっ、目の前にいきなり昔の恋人が現れた時の、乙女心ぐらい分かりなさいよっ!!」

「知るかそんなもん!」


――ああ言えばこう言うっ。何だよ乙女心って、訳わかんねーわ。


「あー面倒くせぇ。お前、俺の一番嫌いなタイプだわ」

「な……」

「だから、結婚とか、論外だから。行くぞセト」

 俺はそう言い捨てて踵を返す。ラムダリアは絶句したまま、何も言って来ない。

「先輩も、案外容赦ないんですねぇ」

 セトが俺の肩越しに、多分ラムダリアを見て気の毒そうな顔をしてそう言った。

「あんなに力一杯バッサリ行かなくても……可哀想に、彼女固まっちゃってますよ」

「……知るか……さっさと行くぞ」

「いいんですか?このまま放置で」

「俺は、そろそろ家に帰りたいんだ」

「帰る、ねぇ……」

 セトが意味ありげに笑いながら、空中に転移陣を描く。そしてゆっくりと俺の首に手を回すと、耳元に口を寄せて囁いた。

「八世さんは、そんなに甘くないですよ」

 そんなセリフが聞こえたと思ったら、そのまま耳にキスが来た。

「おま、なっ……」

 俺が狼狽した声を上げた時にはもう、視線の先の景色は変わっていた。――瞬きする間の出来事だった。


 そこにはもう、コリンの姿もフェリの姿もエリザベスちゃんの姿もなかった。もちろん、胸糞悪い身勝手女もだ。

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