第16話 理想の王子様がいないなら、召喚しちゃえばいいじゃない
前にも話したと思うが、神和家の人間には、
その特別な名前には、
だいたい、同世代で被らないように、親たちはお互い気にしながら命名するらしいのだが、五通りしかないので、ある程度の重複は避けられない訳で。
千広の場合も、さもありなんだった訳で。つまり、現状存命している『千広』は三人いる。
で、被ってしまった場合は便宜上、年長者からナンバリングしていく決まりになっているのだ。
つまり、千広のフルネームというか、戸籍上は神和
因みに、
神和
――にしても、あの人また召喚されてたんだな~
一度ならずも二度までもって、異世界に親和性とかあるんだろうか。で、八世さんを召喚したのが、どうやらこの先生らしいのだが……
「で、そもそも何で、あんたは八世さんを召喚したんだよ?あんた、八世さんに何をお願いしたのさ?」
二人の間にトラブル――顔を合わせた途端、瞬殺したくなる程の殺意が生じるほどのだ――があったのだとすれば、大方、先生のした『お願い』がその発端になった確率が高い。そう考えて俺は、その質問を先生にぶつけてみる。すると、先生の挙動が目に見えて不審の色を帯びた。
「……そっ、それは……そのぉ……」
「な、ん、で?」
いやだって、俺、問答無用で殺されかけたんだよ?だから、聞く権利はあるよね?という圧を込めて再度聞くと、
「そんなこと、言えないわよっ。ものすごーくプライベートなことだからっ」
なーんて、逃げ口上が返ってきた。
「あのなぁ、あんた俺だけじゃなくて、この子達にも結構なとばっちり食わせてるんだぞ。何の説明もなしで済まそうなんて、そんな虫のいい話通ると思ってんの?」
「う゛……」
先生が目を泳がせながら、口をぱくぱくさせる。なにかしら言わなくてはならないのに、何を言っていいか咄嗟に出てこないのだろうと思われる。すると、セトが掌を上に向けて、そこに小さな光の玉を出した。その光はふわり舞い上がると、先生の頭の上で弾けて、彼女の体に光の粒を降らせた。と、
『神様お願いします』
そこに先生の声が響いた。
瞬間、先生に視線が集まるが、先生自身も何が起こったのか分からないという顔をしている。
『どうかあたしを、幸せにしてください』
「……いや」
次の瞬間、先生が赤面した顔を両手で覆ってその場に崩れ落ちた。
「ヤダヤダお願い……止めて……」
『あたしを幸せにしてくれる、とびきりイケメンでハイスペックの王子様を召喚させて下さいっ!』
「いっやーーーーーっ!」
絶叫と共に、先生はその場にうずくまってしまった。
――成る程、こりゃ本人的には黒歴史って奴なんだな。
一同、思うことは同じだったようで、その場が、何となく生暖かい空気に包まれる。
「まあ、なんだ……似たような経験、誰にでもあるから気にすんな。こんな黒歴史のひとつやふたつで、人生終わったりしないから」
屈んでその肩に手を置いてそう言うと、先生が羞恥に悶えながら、目をうるうるさせたままでこちらを見る。
「ちひろん……そうやってまた優しい言葉であたしを翻弄するつもりなのね」
「いや、だからそれ、俺じゃねーからっ」
――て言うか、ちひろん……だったのかぁ(苦笑)
まだカンチィの方がまし、と言ったら八世さんに怒られるかな、なんてどうでもいいことを考える。
「要するに、あんたは異世界から、自分を幸せにしてくれる王子様の召喚したってこと?」
「うわ~清々しいまでの私利私欲っぷり~納得の黒歴史」
セトが楽しそうに言う。
「……だって、絶対、ゼーッタイ幸せになりたかったんだもの。思いきし気合い入れて、世界一ハイスペックな奴を召喚したのよ」
カンナ先生こと、ほんとの名前はラムダリア・ファーランスだ、という少女は、拳に力を込め、身を乗り出すような勢いで、そう言った。
ラムダリアは生まれながらにして、魔法使いとして天才的な才能を持っていた。
それでもなのか、それゆえなのかは定かではないが、その幼少期はどうにも不遇であったようだ。ザックリ言うと、幼くして両親と生き別れたり、(正確には、彼女の力を気味悪がった親に山中に置き去りにされたらしい)彼女の才能を見出だした魔法の師匠と絶望的に反りが合わなかったり、というような日々の中、いつしか『幸せ』というモノを猛烈に渇望するようになったらしい。
それが、『自分を幸せにしてくれる王子様の召喚』という、お手軽かつ非常識な方法だったのは、召喚を行ったという十年前、彼女がまだたった八つという筋金入りのお子様だったからであり、その年令には不釣り合いな『理想の王子様の召喚』を成功させてしまえる程の異常な力を持っていたことが、まぁ言ってみれば、不幸の始まりだったのだろう。
召喚された男――神和千広は、確かに条件通りの理想の王子様だった。
容姿は元より、天才である彼女の師となることが出来る程の魔力の持ち主で、性格は温和で優しく、何より下僕として、彼女のありとあらゆるワガママをそつなく処理し、甲斐甲斐しくこれに仕えた。
――対等な関係でないモノは、恋愛とは言わない。
そんな当たり前の理屈を、幼さ故に彼女は理解していなかったのだ。彼は確かに、最強の師であり、守護者であったのだろうが、当然のことながら、彼女の恋人足り得なかった。
そもそも十年前といえば、八世さんは二十五の大人で、八歳の彼女に恋愛感情を抱く可能性というのも、限りなく低かったことは想像に難くない。
それでも、二人は共に五年の月日を過ごし、彼女は恋人との幸せな生活――それは彼女の思い込みの幻想だったわけだが――を満喫したのだ。やがて、その幻想に彼女が違和感を覚える年ごろに差し掛かった頃、当然の結果として、彼が彼女の元から去る日がやってきた。
その日、彼は告げた――
キミはいま、間違いなく『幸せ』だよね。それはつまり、キミの願いが叶った結果であって、その事実は、僕らの契約が完遂されたことの証だ。
「どういうこと?」
よく分からないという顔をした彼女に、彼はニッコリ笑ってこう言ったのだ。
「つまり、僕はもう役目を全うした訳だから、キミの下僕じゃないってことだよ」
「……何を……言ってるの?あなたはあたしの恋人でしょう?」
「う~ん。恋人……ではないかなぁ。僕は、別にキミに恋している訳ではないしね~」
――あのね、世間知らずのお嬢さん。恋人のことを、普通は間違っても下僕なんて風には呼ばないものだよ――
愛していたのに、愛されてはいなかった。突然突きつけられたその事実は、彼女には、到底受け入れることの出来ないものだった。
「成る程。耐え難い喪失感が怨みツラミを募らせる要因になった、と」
「それまで散々甘やかしておいて、いきなり
――おいおい、お前も大概いい性格だぞ。
セトは何故だかラムダリアには辛辣だ。
「……つまりなんだ。八世さんは、王子様を完璧に演じすぎちゃったって訳か。まあ、そこが罪っちゃぁ、罪かぁ……」
その気にさせて甘い夢にどっぷりと頭まで浸からせたくせに、その容赦のない結末を笑顔で突きつける性格の良さは、八世さんも大概だ。実に、冷酷だと言わざるを得ない。
――八世さんもなー。何考えてんだか。
ラムダリアが八世さんを召喚したのが、八つの時で、そこから足かけ五年のお付き合い。彼女にしてみれば、それこそ恋の花が咲き誇っていた時期の掌返しだった訳だ。
その後、失恋の絶望のドン底にいたラムダリアは、コリンとフェリという当時八歳と七歳の子供を拾い、彼らを育てることで、まあ、気が紛れたんだろうな。恨み辛みを抱えながらも、今日まで何とか生きてきたと、そういう話のようだ。
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