第15話 瞬殺されても仕方のないクズっぷりとは?

 セトの人指し指が、つ~っと伸びてコリンの胸の上に止まる。そして、セトは指先に軽く力を込める様にして、コリンの体を押した。

「な……んだよ?」

 じっとコリンを見据えるセトの視線に、そしてその不可解な仕草に、コリンが戸惑ったような声を漏らす。

「キミの先生が、物凄い魔力の持ち主なの……凄くよ~く分かるわ。だってほら、ここからこ~んなに。隠しきれない魔力が、漏れだして来ちゃってるんですもの……」

 どこか楽しそうにセトは言うと、今度は掌を広げてコリンの胸の上にかざした。コリンがハッとした様にして、その手を掴もうとするが、その動作は中途半端な所で止められた。

「ああ、ダメだよ。動かないで。悪いけど、私の方が魔術師ランク上だから、逃げられないわよ?」

「……な……にを」

 俺たちの見ている前で、コリンの体が緑色の光に包まれる。と、そこに小さなつむじ風が巻き起こって、コリンの服がパタパタとはためいた。


 その体から、正確には服の内ポケットから、金色の光を帯びた羽ペンが――それは、コリンが魔法のノートに書き込む時に使っていたモノだ――宙を飛び、吸い込まれるようにしてセトの手に収まった。

「ちょ……返せよそれ。先生から貰った大事なペンなんだからっ」

 コリンがセトの手からそれを奪い返そうとする。

「まあまあ、ちょっと待ちなさいよ」

 逆の手でコリンを巧みに退けながら、セトはペンにフゥっと吐息をかけた。


『……うっ……ひゃん……』


「ひゃん?」

 セトの手のなかで、ペンが妙な音を出した。


――音というか、声?


 セトが少し意地の悪いニンマリとした笑みを浮かべながら、再度、ペンに息を吹き掛けた。


『……ふわぁぁっ……やめてよもうっ……くすぐったいじゃないのっ!』


 今度はハッキリと、意味のある言葉がペン先から発せられた。


「せっ、先生っ!?先生なんですか?」

 コリンがペンを持つセトの手を鷲掴みにして、ペンに向かって呼び掛ける。


『あ……やば……(沈黙)…………』


「あら、だんまり?でも、もう逃げられないと思うから、心の準備しててね~うふふふ~」

 腕にしがみつくコリンをぶら下げたまま、セトはペンを頭上に掲げるようにして持つと、掌を天に向かって開く。すると、ペンがセトの手を離れて宙に浮いた。

「んじゃ、かくれんぼの時間を終わらせましょうか、先生?ん~と、本体は、そこかしらね」

 セトがパチンと指を鳴らすと、荷物の山の中から、コリンのノートがふわりと浮かび上がって、パラパラとページがめくれていく。そして、ちょうど扉の絵――昨日、コリンが寝ぼけて描いていた例の、アレ――の描かれている部分でページが止まった。頭上のペンが鍵の形に変形して、その扉の鍵穴に差し込まれる。カチャっという乾いた音に続いて、ギギギと重たい音をたてなから、絵の中の扉が開かれていく。

 固唾を飲んで見守る俺たちの目の前で、扉のスキマから目がくらむような強烈な光が溢れだした。

「あ……先輩、何か来ますよ、気をつけ……」

 扉を凝視していたせいで、目が眩んだままの俺の耳に届くセトの声も途中に、あからさまな殺気が、間違いなくこの俺の方に向かって来た。もうこれは、理屈抜きの条件反射で、俺は腰の剣を抜き放った。


「神和千広、覚悟なさいっ!」

 少女の声にそう罵られた刹那、キンという金属同士が交わる音が耳を突く。視力が戻らないまま、気配だけを頼りに、俺は剣を動かす。立て続けに数度、剣先に何かがぶつかって弾かれる音がした。


――いきなりなんなんだーーーっ!


 と、内心で思いながらも、体は勝手に反応して、攻撃――されてんだよな?俺――を受け流していく。つか、こっち来てモンスター刻んだぐらいにしかこの剣使ってなかったけど、最強剣士とかって、伊達じゃねえんだなと、今更思う訳で。


――あ、結構強いんだね、俺。

 なーんて、自分で感心したりする。


「……ちぃっ」


 いく度目か攻撃をかわした辺りで、至近距離で思い切り舌打ちされた。ようやく戻って来た視力でそちらに顔を向けると、薄桃色の髪をなびかせた女の子が、不機嫌を絵に描いたような顔で俺を睨み付けていた。

「え……えーと?」

「魔剣グランフィオーネ、発雷っ!」


――え?魔剣?なにそれ、ズルくね?


 と、思う間もなく、その魔剣とやらの剣身が青白い光を帯びて、彼女が剣を振りかざした~と思った時には、もう目前にビリビリ感溢れる雷光が迫ってるっていうね。

 そう言えば、先生とやらは、凄腕の魔法使いなんでしたね。これ、当たると感電的な痺れとか来るんですかね。


――うわ~地味にやだわ~


 そんなことを思いつつの、ほんの瞬きほどの時間。それが、意外と長い……?


「ん?」

 気が付けば、目の前に魔法陣の壁が出現していて、先生の攻撃はそれに遮られたっぽかった。

「んと?」

 俺と先生の間に割り込んだのは、コリン少年で……


――え~と、状況が分からない。


「そこをどけっ、コリン。こんな奴、庇う価値なんかない。こいつは人間のクズなんだからなっ」


――ええ~と。神和千広、三十二才。自分的には三十二年間、誠実に生きてきたつもりなんですが、いきなりクズ呼ばわりされました。世の中って理っ不尽~


「例えクズなんだとしても、いきなり全力で殺しにかかるなんてダメに決まってますっ!」


――クズ前提の会話がいたたまれないですがっ。


 肩で息をしながらこちらを睨み付けてくる先生と、その圧迫感に負けじと対峙するコリンとで膠着状態みたいな感じになった。

 しかし、少し余裕が戻って来た目で見てみれば、術を発動しているコリンの、体の前に掲げられた両腕は小さくプルプルと震えていて、術の継続は難しそうな感じで。案の定、コリンの張った防御魔法は次第に消えていく。

 まあ、SSSトリプルエスの先生と見習いの弟子っこじゃ、そもそも対等に渡り合えるはずもなく、一瞬でも、先生の攻撃を止められただけでも上出来ってとこだろう。


「二度は言わない。脇にどいていろ、二秒で片を付ける」

 先生が昏い感情の籠った低い声で言った。

「……」

 コリンは無言で先生を見据えたまま、それでも俺の前に立って動く気配はない。

「コリン・リスフィールドっ!」

 鋭い声でフルネームを呼ばれ、コリンの体が一瞬ビクッと竦んだのが分かった。

「もういいから」

 肩に手を置いてそう言ってやると、コリンが俺を見上げる。

「何だか良くわかんねぇけど、俺のせいでお前が先生に怒られることもないし……こうして無事、先生が見つかった訳だから、俺とお前の契約はもう完遂されたってことだし。つまり、お前がこんな風に俺を庇う理由は、どこにもないからさ」

「……」

「大丈夫、伊達に神様の御加護受けてねぇから、簡単に死にはしない……(はず)」

「……理由がなきゃ……」

「あん?」

「理由がなきゃいけないのかよ」

「は?」

「俺はっ……」

 コリンが何かを言いかけて、言いよどむ。そこへフェリシュカが、とととって感じで走り寄って来た。

「ほらフェリも。危ないから、コリンと一緒に、そっちへ避けてな」

 そう言って俺がフェリの体を押し返そうとすると、それに抵抗するようにフェリが俺の腕にしがみつくようにしてぶら下がった。

「……フェリ?」

 俺の腕にしがみついたまま、フェリはきっと顔を先生の方に向けて、そして言った。

「この人は、先生の千広さんじゃないけど、先生の千広さんになってくれるかも知れない千広さんだからっ!だから、意地悪しちゃダメっ」


――え、え~と。千広さんが千広さんで、何だって?


「フェリ……」

 先生がどこか困惑した様な声を漏らす。

「この男はダメだ。いたいけな娘を弄んで使い捨てにするようなクズ野郎だぞ」


――あぁ、そりゃぁ、クズ野郎だな。って、それ俺のことか?


「そっ、それでもっ」


――何でフェリまで、俺=クズ前提なんだよぉ……(涙)


「あ、あたしはっ、この千広さんがいいんだもん!この千広さんがパパなのがいいんだもんっっ!」

「パっ!?」

 その爆弾発言に一瞬、場に冷たい空気が流れる。

「……あんた、まさかあたしの娘に手ぇ……」

「出してないっ、出してないから。ていうか、パパって(若い連れ歩いたりする感じのおじさんとかっ)そういう意味じゃないでしょ?普通に保護者のお父さんの方でしょ?」

「どのみち、懐かれてることには変わりないよね。熱烈に」

 セトが苦笑しながら会話に入ってくる。

「ていうか、そこのSSSの人、この『神和千広』は私の大事な人なので、無暗に傷つけたりしないで下さいね。これ以上の狼藉は、このセト・ナイト・クリスバーン様が、もれなく返り討ちよ?」

「お~ま~え~、ドサクサに紛れて大事な人とか意味ありげな言い方すんなよな。要らぬ誤解が生じるだろうが」

「あれ?何か間違ってました?」

 セトはワザとらしく、にへら~と笑う。

「後、これは蛇足かもだけどぉ、あなたの千広さんは八世さん、ここにいる千広さんは九世さんってことらしいから、本当に別人よ?」

「お前……」

 俺は思わずセトを見る。

「何でお前が神和家の事情、知ってんだよ?」

「んん?八世さんから聞いたんだけど?」

「……え?八世さん?」

「そう、八世さん。先輩を手駒に欲しがってる、八世さん」


――つまり、ラスボスの八世さん。って、そういうことかっ。







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