第14話 魔法少女には猫を手懐けるなんて朝飯前なんです

 はむはむはむはむ――

 エリザベスちゃんがうっとりした顔で、俺の唇を無心にはむはむしている。


――うん。……これはあれだな。おねむの赤ちゃんがお気に入りのケットをはむはむしてる、みたいな?……


 ちょいドキドキはするけど、そこに舌を伸ばす直前で、俺の理性は辛うじて保たれている。興奮させられるというよりかは、どちらかと言えば、その仕草が可愛くて癒されるのだ。それでも、胸の上に乗せられた手が、時々思い出した様に俺の筋肉をふにふにと揉んでくると、ゾクリという感覚におそわれる。それを何回かやり過ごすうちに、


――あ~、もう。これ、舌絡めちゃってもいいかな~


 そんな気分にさせられていた。と、不意に快感とは異なる感覚に背中が撫で上げられた。


――これ、殺気かっ!?


「……うにゃ?」

 突然俺の腕に抱き込まれたエリザベスちゃんが、目をパチクリさせて正気に戻った。

「にゃんっ?」

 そのまま、エリザベスちゃんを抱いて、俺は草の上に転がった。すると、視線の先を炎の帯が通りすぎていく。


「……へぇ~エロいことしてても、索敵感度はいいんですね。さすが剣士さまって感じ?」

 少し離れた場所にセトが立っていた。

「何の真似だよ、セト」

 俺が身を起こしながら文句を言うと、セトか薄笑いを浮かべながら、近づいてくる。

「いや、先輩って、どのぐらい強いのかなって、単純な興味がありまして」


 セトが、俺の膝の上に乗っかったまんまのエリザベスちゃんに手を差し出すと、彼女の鼻がピクピクと動く。

「何かいい匂いする」

 その鼻先で、セトは差し出した手を一度閉じて、再び開く。とそこに、飴玉がひとつ乗っかっていた。

「発情抑制のマタタビ飴位持ってるんじゃないの?猫娘ちゃん」

 言いながらセトは、その飴玉をポンと自分の口に放り込んだ。

「持ってるけど~今の何~?物凄~くいい匂い~したんだけどぉ~」

 セトの口の中で、コロコロと転がされている飴をエリザベスちゃんは物欲しそうに見上げている。

「ああこれ、私の自家製だから、色々ソソル成分配合してあるよ?欲しい?」

「うんっ」

「なら、私の質問に答えてくれたら、あげる」

「ほんと?何でも聞いて?」

「エリザベスちゃんはさぁ、発情抑えるマタタビ飴、持ってるんだよね?」

「……うん。持ってる」

「え?そうなの?」

 思わず俺も口を挟む。てことは、何?

「じゃ、先輩を誘惑したのは何で?」


――そうそう、何で?


「う……だって……そこは本能というか、好きならつがいになりたいって思うでしょ?」


――好……


 俺、面と向かって告白されたのっ、初めてなんですがっ。うわぁぁぁ……ヤバい。顔がニヤケてしまう。


「このまま異世界で結婚して、骨埋めるのも悪くないかもな~とか、思ってます?先輩」

「なっ、おまっ、人の心の声を言語化するなよっ」

「ふふふっ。あまあまちゃんですねぇ、先輩は。剣士って、脳筋なんですかね。おいで、にゃんこちゃん」

 セトが差し出した手につかまって、エリザベスちゃんが立ち上がる。

「ご褒美の時間だよ」

 言って、セトはエリザベスちゃんの顎をくいっと上向かせると、そのまま唇を……

「おまっ、何やって……」

 ビジュアル的には可愛い女の子同士が、目の前でキスシーン……


――これ、舌、入ってるよな、舌っ。何これエっロ……


「……こら、ダメだよ、キバ……キバ痛いから立てないで……も~ぅ」

「……う……みゃぅ……」

「ぷはぁ……ほんと見境ないわね、発情期の猫は」

 セトが苦笑しながら唇を離す。一方のエリザベスちゃんは、うっとりしなから口の中で飴玉を転がしている。


――って、口移しかよ。


「それで、お前、エリザベスちゃんをどうしたいの?」

「どうって、別に?先輩、発情期の意味分かってます?」

「意味って……ヤりたくなるとかそういう?」

「清々しいまでに直球ですねぇ。発情期っていうのは、子孫を残す為の繁殖活動なんですよ。だから、繁殖に有利な相手なら、ぶっちゃけ誰でもいいし、発情期が過ぎたら、見向きもされなくなるんですよ。末永く添い遂げるとか概念、にゃんこちゃんたちにはないんですから」

「……あぁ、そうなんだ」

 マタタビ飴でふんにゃりなってるエリザベスちゃんを横目でみながら、一瞬で吹き飛んだ幸せな未来に、内心ちょっとガッカリする。


「おーい、何やってんだよ、オッサンたちぃ、おっせぇんだけど」

 林の向こうから、コリンの不機嫌な声がする。

「もう待ちくたびれてんだけど~早くしてくんな~い?」

「あ~わりぃ、今行くから」

 ふと見れば、エリザベスちゃんは草の上で丸くなってスヤスヤと寝息を立てている。それを横抱きにして抱え上げて、俺は歩き出す。


――先輩って、どのぐらい強いのかなって……


「あぁ、忘れるとこだったわ。セト」

「何ですか?」

「俺、さっきお前に攻撃された気がすんだけど、何で?単純な興味って、どういう意味だ?」

「ん、あぁ。あるところにさ、ともかく無条件に強い奴が好き……っていう、剣呑な御方がいらっしゃいまして。で、その御方が、先輩のこと、あれは物凄く強いだろうから、会ってみたいな~っておっしゃってたんで」

「ある御方ぁ?何だよそのラスボスみたいな、勿体つけた言い回しは」

「ラスボスっ!ふふ……言われたら、あの人そんな感じかも。実は私、その人に言われて、先輩を迎えに来たんです」

「?迎え?って何で?」

「手駒に使いたいんですって」

「手駒ぁ~?何だよそれ、意味わかんねぇ。てか、俺は今、コリンと契約してるから、どのみち、その御方とやらの所には行けないがな」

「ああ、そのことなら問題ないです。その契約はもうじきにお仕舞いになりますから」

「おしまいって……」

「だって、コリンくんの先生とやらが見つかれば、おしまいなんでしょ?」

「見つかればな……って、お前、先生の居場所に心当たりでもあるのかっ?」

「心当たりも何も、その先生って、そこにいるじゃないですか」

「え?」


――そこって、どこ?


 セトの長い指が、コリンとフェリシュカのいる場所を指していた。



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