第13話 不可抗力という言い訳が適用される範囲とは

 翌朝、爽やかな空気の中、宿前に揃った一同に、俺はさっそく注意喚起を行う羽目になった。セトは何故だか俺の首にぶら下がったままだ。そのせいで、当然のことながら、一同から向けられる視線は冷たい。

「えーと、こちらの方は、俺の同僚のセト・ナイト・クリスバーンさんです。こう見えても、中身はしっかり男です」

「え~、先輩、最初からネタばれしたら面白くないじゃないですかぁ~」

「お前、バラさなかったら、しれっとして女の子たちとキャッハウフフするつもりなんだろうがっ」

「当然」

「……ということなので、女の子たちは、気を付けるように」

「あ~でも先輩、この体だったら、わたし、かわいい男の子でも全然イケ……ぎゃん」

 セトの暴言を、千広が拳で阻止した。

「あ~という事らしいので、そこのお子様も注意な」

 言ってコリンを指さすと、

「変態の友達は変態ってことだな」

 と、身も蓋もない切り返しをされた。俺は、変態じゃ、ねーからっ。


「はい、質問でーす」

「はい、何ですか?エリザベスちゃん」

「セトさんは、カンチィの恋人なんですか~?」

「ち・が・い・ま・す」

「え~、先輩ってば、そんなに全力で否定しなくてもぉ~先輩とわたしの仲じゃないですか~つ・め・た・いぃ」

「お前ねぇ、俺とどうなりたい訳?」

「彼女にして下さい」

「全力で殴るよ?」

「いやん。そういうシチュもそそるかも~」

「……ともかく、しばらくこの変態お姉さんが有無を言わさず同行しますので、各自、身の回りに注意すること。何かされたら、直ぐに俺に言うこと。即刻シメてやります。以上」


 朝っぱらから、ちっとも爽やかじゃない話をして、メンタルに多少のダメージを受けた俺以外は、何だか和気あいあいで歩いている。前を歩く女の子三人(正確には一人は男のはずだが)は、きゃっきゃしながら、女子トークが弾んでいるようだ。時折「え~うそぉ……」なんて楽しそうな声が漏れ聞こえてくる。つーか、身も心も女なんじゃないだろうかと思ってしまうほど、セトは違和感など全くない完璧な魔法少女っぷりだ。

 ちらりと横目で見れば、俺の横を歩くコリンも、そんな女の子たちを楽しそうに見ている。というか、楽しそうにしているフェリを見てるんだよな、こいつは。普段、ツンツンしながらぞんざいに扱っている割りに、気にはなるらしい。


 途中、何度か休憩を挟みながら、太陽が真上にくる頃、俺たちはちょうどいい泉を見つけて、そこで昼食を取ることにした。


 俺とコリンが食事のセッティングをしている間、女の子たち(正確には一人は男、だけどな)は、フェリシュカが中心になって、何やら鍋釜を使って料理を始めている。これまでは、携帯簡易食――まあ、ビスケットとかパンとか、あとハムチーズ程度の、そのままあるいは切るだけで食べられるものがほとんどだったのだが、セトが来て、魔法で何でも出してくれるお陰で、家にいるのと変わらないレベルの食事が用意できるようだ。今までメイドとして、あまりすることがなかったフェリシュカには、これは嬉しかったようで、今日は特に張り切っている。

「……水、もう少し欲しいんですけど。リズさん、まだ戻って来ないです?」

「あれ?そう言えば少し遅いかな。天然水じゃなくて魔法合成水で良ければ、出すけど?味に影響ない程度で」

「あ、じゃあ少しだけ」

 フェリシュカとセトの会話を聞き止めて俺は、そう言えば、水を汲みに行って来ま~す、と元気に泉の方へ行ったエリザベスちゃんが戻ってきていないことに気付く。

「あ~俺、見てくるわ」

 手を上げてそう宣言して、俺は泉へ向かった。


 わざわざ水くみに行くまでもなく、セトに頼めば水も出てくるのだが、この辺りの湧水は美味しいと有名らしく、味にこだわったフェリシュカの希望で、エリザベスちゃんが水汲みに行ったのだ。



 泉の近くまで行くと、傍の岩場でエリザベスちゃんが座り込んでいるのが見えた。もしかして、具合悪いのか?と思うぐらいに、彼女の顔は上気していて赤い。

「お~いい、どうした~?どこか具合悪……」

「ストップ、止まって」

「え?」

 必死の形相でそう言われて、俺は思わず、彼女から少し離れたその場に固まる。

「ええと……どした?」

「これ以上、近づかないで、お願……い……だからっ」

 息も絶え絶えに、潤んだ瞳でエリザベスちゃんが訴える。

「え、でも、具合悪いんだったら……」

「……つ……じょうき……少し早いんだけど……来ちゃって……」

「え?」


――は、つ、じょうき?……って、あの発情期ってこと?


「えぇっ?えと、俺に何か出来ることある?」

「とりあえず、ほっ……といて……くれると……嬉しいかな」

「……ほっとけって……言ったって……そんなに苦しそうにしてんの、ほっとけないだろう」

「ああ……やっぱ、カンチィはいい人なんだなぁ」

 吐息交じりにそう言って、何故だかそこでエリザベスちゃんがクスクスと笑う。

「エリザベスちゃん……?」

 アンニュイな感じで俺の方を見据えた目が、いつもとは違う猫の目で、丸い虹彩がすうっと糸のように細くなった。瞬間、そのしなやかな体が丸くなって、俺に向かって大きく跳躍した。で、気付けば、至近距離にエリザベスちゃんの顔があった。息がかかるぐらいの至近距離――。


「なら……好意に付け込んで、迷惑かけても……かまわない?」

 そう囁いた可愛い口から、チラリと舌が顔を覗かせて、ぽってり柔らかそうな唇をぺろり舐める。

「迷惑って……いったい……」

 言いかけた所で少しざらついた感じの舌が、俺の唇を舐め上げた。ああ、ヤバい。これ押しのけるの、物凄っく、難儀だわ。

「リズって呼んで?」

「リズ……」

 理性が欲望に侵食される感覚が、自分でも分かった。発情期、恐るべし。ていうか、こんな真っ昼間から、こんな野外で、最後まで……って。


――神様、これはアリなんでしょうか?


 そんな間抜けな問いを心で呟くと、神様の返事の代わりに、脳裏にコリンの軽蔑したような顔が浮かんだ。ああ、そうだよな~そんなことになったら、あのお子様に、生ゴミ見るような目で見られるかも知れないよな~。そんなことを思いつつ、でも俺は、欲望に抗いきれずにエリザベスちゃんと唇を重ねていた。






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