第11話 来たぞ温泉!旅の疲れは混浴で癒す

 魔法使いギルドのある町を出て一週間――


 目的地、カランカルム山にはまだまだ遠いけど……ていうか、目下、遠景に見えている形の良い山、あれがカランカルム山らしい。うん……まだまだ……まだまだまだま~だ、遠いよねっ。


 だがしか~し、やって来ました、温泉旅籠。カランカルム山を中心にしたこの地方は、この世界有数の温泉地帯なのだそうだ。つまり、目指すお山は火山ってことだね。

「温泉っ!」

 ああ何て魅惑的な響き。若いころは、風呂なんて、シャワーオンリーだった訳だが、三十路の山を過ぎると、体が必然的に癒しを必要とするらしい。というか、効能色々な温泉は、体のメンテナンスにはとってもお得感がある。


 宿の受付で必要手続きを済まして荷物を預けると、番頭さんが人数分の温泉キットを渡してくれた。バスタオルやら、バスローブやら、その他いろいろなアメニティ……そんなものがセットになった、いわゆる手ぶらでも安心入浴セットだ。


 食事前に汚れを落としてさっぱりしたかった俺たちは、番頭さんに連れられて、ゾロゾロと大浴場なる施設に向かう。

「こちらが、当館自慢の癒し処温泉でございます。ごゆるりとお寛ぎ下さい。お飲み物のサービスもございますので、よろしければご用命下さいませ」

 番頭さんがそう言って、のれんの奥へどうぞ的に手で指し示す。

「あっりがとうございま~す」

 ウキウキした口調でそう言って、俺はのれんの中に足を踏み入れる。


――温泉浸かりながら、一杯とか、サイコーじゃん。


 そんな俺の後ろを、物珍しそうな顔できょろきょろしながら、少年少女が続く。旅の間に聞いた話では、カンナ先生はどうやら出不精だったらしく、コリンもフェリシュカもあの森の外に出ることはほとんどなかったらしい。それは、情操教育的にどうなんだと思わなくもない。まあ、女手ひとつで、二人の子供を育てるというのは、それなりに大変だったんだろうというのは想像に難くないから、部外者がどうこう言っていい話ではないんだろう。


 それでも、あんな魔物がうじゃうじゃいる森に、子供を置き去りというのは、なんだかなぁと思う訳で。話を聞く限り、カンナ先生というのは、とても優秀な魔法使いで――言わずもがなSSSクラスだ。そんな優秀な人物が姿を消すのっぴきならない事情というのが、どうにも思い浮かばないのだ。


 魔物に襲われて重傷説、という話も、エリザベスちゃん解説で、カンナ先生の凄さを聞いた後では、どうにも腑に落ちない気がした。となると、コリンには言えないが、先生は子供を置き去りにして失踪したのでは?という疑念も生まれてくる訳で。とりあえず、カランカルム山を目指してはいるものの、そこに先生がいる確率は低いと思われ、その先はどうすればいいのか皆目見当がついていない状態だった。


――ハザマさんに電話でもしてみっかな~


 そんなことを考える間に、俺は脱衣所に着き、服を脱ぎ始める。

「すっごーい、お風呂広~い」

「美肌の湯とかもあるみたいだから、フェリちゃん、一緒に入ろうね」

 後ろで、女子たちが、もはや定番となった女子トークを始めた。


――始めた。って、ん?


「……お前ら、何でいる?」

 ここ、男子風呂じゃないのかっ。ていうか、もしかして俺が間違った……のか?今の俺は、女子風呂に侵入した不審者ですかっ?

 服を脱ぎかけたまま固まっている俺に、エリザベスちゃんがどうしたの?的な顔をする。

「ここって、男子風呂だよな?」

「え~カンチィってば、何言ってんの?温泉って言ったら、普通混浴でしょ?カンチィのとこは違うの?」

「はっ……へ?えぇっ……!?」


――そうなのっ?ていうか、いいんですか、神様っ!?何それ、天国じゃん。


「……そうなんだ~。異世界すげー」

 半ば呆然としながら、機械的に服を脱ぎ捨ててく。癒し処温泉、超サイコーじゃんっ!

「……おぉおお……ふぁぁー」

 エリザベスちゃんが、甘い吐息交じりの声を漏らしたのに気付いて、俺は最後の一枚(下半身着用の下着的な奴ですよ)に手を掛けた所で手を止めた。

「さっ……触っていいですかっ……ちょっとだけっ……なのでっ」

 うっとりした表情のエリザベスちゃんの手が、俺の体に伸びてくる。


――筋肉フェチなのは分かってるけどーっ。こんな所でっ!?


「こんな所で、ばさばさ脱いでんじゃねぇよ、露出狂かよ、変態」

 コリンの冷気を帯びたセリフに、俺はようやく自分の過ちに気付いた。ここ、脱衣場じゃなかったんだわ。つーか。


「水着着用なんだ……な~んだ」


 個室に仕切られた狭い空間で、俺はちょっぴりがっかりしながら、入浴セットに入っていた簡易水着を引っ張り出す。温泉つーか、どちらかと言えば、温水プール的なノリが正しい。ジャパニーズ温泉みたいに、全裸でお風呂に入るというのは、こちらの文化ではありえないらしい。


――な~んだ。


 それでも、女の子たちの水着姿には、まあ、なんというか癒された。特に、エリザベスちゃんの巨……(節度ある大人の自主規制)




 温泉に入って、おいしいもの食べて、久しぶりにお酒も堪能して、その夜の俺は、すぐに眠りに落ちた。だが、そのせいか、真夜中に喉が渇いて目が覚めた。起き上がるの面倒くさいと、何か飲みたいという欲求に、しばらくベッドの中で葛藤したが、何か飲みたいが勝って、俺はようやく体を起こした。と、月明りの中、隣のベッドの上で、コリンがノートを広げて何か描いている。

「どう……」

 どうした?と声を掛けようとして、その様子が普通ではないことに気付いて俺は声を飲み込んだ。コリンの目は閉じられたままで……つまりは、奴は眠ってと思われ……


――寝ぼけてるのかな?


 そう思いながら、身を乗り出して、コリンのノートを覗き込む。と、握られたペン先は、そこに小屋の絵を描き出していた。燃えてしまった、あの森の小屋だろうか?と思う。


 様子を伺っていると、紙の上に小屋を描き切った所で、コリンの手がぱたりと力を失い、下に落ちた。コリンはそのままベッドに崩れるようにして、すぐに寝息を立て始める。俺はベッドから下りると、コリンの体を真っすぐに寝かし直して、毛布を掛けてやった。ノートとペンを拾い上げ、テーブルの上に置く。ふと目をやると、小屋の扉が少しだけ開いたように見えた。

 

――瞬間、心臓が嫌な感じに締め付けられた。


「なっ……」

 だがそれは、ほんの瞬きの間のことで、再び見た時には、扉は閉じられたままだったから、目の錯覚だったのかも知れない。

「……何か飲もう」

 気を落ち着かせるためにも。そう思って、続き部屋に飲み物を取りに行く。その時だった。体が、胸ポケットに入れていたスマホの振動を捕らえた。


――何だよ、こんな夜中に。ハザマさん、一体何の用……


 スマホの画面に着信の表示と共に表示された名前に、俺の思考がカチッと固まる。そこに表示されていたのは、ハザマさんの名前ではなかった。


「……これ、神様専用回線じゃねぇのかよ」



 






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