第9話 お待たせしました、神和さま。

 翌朝、俺たちが食堂で揃って朝食をとっていた所に、エリザベスちゃんが顔を出した。両腕に何やら色々なものを抱え込んでいる。

「……で、これが地図とガイド本。あとコンパス。こっちの書類は、通行証の発行申請に必要なので、後で受付の方に提出して下さいね~朝イチで出せば、今日中には処理されると思いますので」

「え?通行証なんかいるの?」

「通行証には魔物除けの護符が付いてるので、鬱陶しい小物除けには効果抜群ですよ~。町の外は、結構魔物多いですから、旅慣れてない人には、必須です。後、持ち主の居場所トレース機能が付いてますので、万が一遭難した時には、レスキューに救援に来てもらえます」

「へ~便利アイテム的な感じなのね……というか、ここ、歩くの基本なんだ?」

「はい?」

「いや~魔法でひとっ飛び、とかなのかと」

「ひとっ飛び……ああ、ほうきに乗りたいんでしたら、操者込みで、提供可能ですよ?お金はちょっと掛かりますけど」

「ほうきというか……転移魔法?……とかそういう感じのは……」

「……お金に糸目をつけなければ」

「ああ、そう」

 思わず苦笑いする。つまり何だ。魔法を使って貰うという行為に対しては、結構、高額な費用が掛かる、ということらしい。魔法使いって、儲かるんだな~。まあ、一人前になるまでに、長~い修業期間が必要な専門職なんだろうけど。

 いくらカンナ先生の口座の残高が多くても、勝手に使う訳だから、湯水のようにとはいかないよな、と思う。

「ちなみに、あたしはAランク魔道士なので、安心価格設定ですから、ご心配いりませんよ~」

「え?Aランクって、上の方じゃないの?」

「一番上が、SSS(トリプルS)で、上からSS(ダブルS)、S(シングルS)、次がAAA、AA、A、一番下はD(シングルD)なので、十五段階の六番目、つまり、中くらいってことです。道案内と魔物駆除、簡単な治療行為、あと軽めの雑用込みで、なんと、一日マーブルク銀貨1枚というところで」

「……あのさ、僕たち、まだお姉さんを雇うって、決めた訳じゃないんだけど」

「あら。魔法使い、いた方が断然便利よ~」

「用心棒的なのなら、ここに剣士が一人いるし」

「カランカルムの辺りは、瘴気が濃いから、物理攻撃効かない魔物も、多いのよね~」

「……その辺りに行ったら、現地で魔法使えるガイド雇うし」

「あら~およそのギルドだと、会員割引ないから、お高くなるわよ~それに、現地は観光地価格だから、そもそも基本料金が高いし」

「……」

 エリザベスちゃんの怒涛の営業トークに、コリンは言い返す言葉を見つけられずに、悔しそうな顔をする。

「俺、ここの貨幣価値とか分からないんだけど、日当でなんちゃら銀貨1枚って、高いの?安いの?」

「……普通の宿に三人一部屋で泊まって、食事別でマーブルク銀貨、1枚」

 三人一部屋で、一枚って、イコール諭吉ぐらいか?まあ、諸経費込みなら……

「いいんじゃないの?お願いしても。俺だって、昨日みたいなクラゲもどきの相手は面倒くさいし」

「……」

 それに何より、猫耳は俺的には癒しだ。

「……からなっ」

「え?」

 何か顔を赤くして、早口でぼそぼそっと言ったコリンの言葉を聞き逃す。

「だからっ、猫の耳触ったりって、禁止だからな、って言ったんだっ」

「はっ?」

 俺の癒しはっ?

「青少年に気ぃ遣えって言ってんだよ」

「あらやだ~。ヤキモチ焼かれちゃった感じ~?」

 エリザベスちゃんが俺の首に腕を巻き付けて、コリンを挑発するように見る。

「だから、そういうっ。うちの下僕にベタベタ触るなって言って……」

「(ブクブクブクブク)」


――ブクブク?


 思わずその音のした方を見ると、フェリシュカが無表情でこちらをじ~っと見ながら、ジュースに差し込まれたストローの先から、ブクブクと勢いよく、盛大に泡を発生させている。


――えっとぉ……怒って……るのかな?


「フェリ?」

 おずおずと声を掛けると、ずずーっと大きな音をさせて、残っていたジュースが一瞬でストローに吸い込まれて消えた。

「……おかわり、下さい」

 そう言って、グラスをエリザベスちゃんに差し出した。エリザベスちゃんは苦笑しながらグラスを受け取り、「ライバル多いのねぇ」と謎の言葉を言い残して、しっぽをフリフリしながら去って行った。


――ライ……バル?って、何の……?


 フェリシュカのおかわりのジュースは、別のウエイトレスさんが運んで来て、エリザベスちゃんは、戻って来なかった。

「で?どうすんの?ガイド。別にエリザベスちゃんじゃなくてもいいから、いてくれた方が、俺的には助かるかなぁという気はしてる」

「……別に、ベタベタイチャイチャされんのが目障りなだけで、いなくていいとは言ってないから」


――悪かったよ。おじさんが、年甲斐もなく舞い上がってて。


「あ、そう。じゃ、お願いするで、いいんだな?フェリも、それでいい?」

 聞けば、素直にコクリと頷く。

「んじゃ、手続きしてくるから、お前ら、ここで待ってな」

 言いながら立ち上がり、ポンとフェリの頭に手を乗せる。いや、他意はなくて、何ていうか、本当に高さ的にちょうど良くて、ほとんど無意識だったんだけど。瞬間、フェリがにっこり嬉しそうな笑顔を見せたのに驚いて、俺は慌てて手を引いた。んで、コリンの方を見れば、やっぱり冷視線をお見舞いされていた。


――ええと。もしかして、俺。


 食堂を出て、受付窓口のあるエントランスホールに向かいながら考える。

 今まで、そういう経験がほとんどなかったから、うっかりしていたが、もしかして、俺、すんげ~モテてねぇ?気のせいかもって、スルーしてたけど、こっちの世界に来てから、何というか……


――そうなのかなぁ……いや、まさかな~


 口元緩みそうになるのを引き締めながら、渡された申請書類に必要事項を書き入れていく。それを受付に出し、待ち合いのソファーに座っていると、程なくして、名前が呼ばれた。


「お待たせしました、神和さま~」


 エリザベスちゃんとはまた別の受付嬢の声が、俺の名前を呼んだ。俺はどこか上の空で、さっき書類を出した窓口カウンターに向かう。と、そこで、男と鉢合わせた。外見は俺と同じ、純粋ジャパニーズな感じだ。俺と共通なのはそのぐらいで、容姿は細面で優男風で、多分高校生ぐらい。(要するに、体しか自慢のない俺とは、ちょっと別のカテゴリー)

 瞬間、お互い目を合わせて、会釈し合う。

「どうも」

 相手の男が先にそう言った。

「神和さま~」

 受付嬢が、俺たちを怪訝に見ながら再度言う。


「あ、はい」と応えた俺の声と、

「はい」と答えた相手の声が、重なった。


――え?


「ええと、神和……万広まひろさま~?」

 受付嬢が確認するように言う。

「はい、僕で~す」

 相手の男が片手を軽く上げて、にこやかに言った。


――神和、万広?


「もしかして、キミも神和の人?」

 呆然としていると、そう声を掛けられた。

「え……ああ、まあ……そうだけど」

「ああ、僕はね、こういう者です」


 胸ポケットから名刺入れを取り出し、慣れた手つきでそこから名刺を一枚抜き取ると、俺に差し出した。目を落すと、その文字が目に飛び込んで来た。


『 神和商会 戦術アドバイザー 神和万広 』


「ご縁がありましたら、その節は、よろしくお願いします」

 そう言って、ビジネスライクな笑顔を向けられる。

「ミナトさん、今日の会議室は十番でいいの?」

 俺が名刺を凝視している横で、神和万広は受付嬢と二言三言会話を交わすと、そのまま廊下の奥へと消えていった。


――他にも、いたんだ。


 彼の後姿を目で追いかけながら、そんなことを思う。

 ていうか、神和商会って、何?戦術アドバイザー??って、胡散臭すぎだろ。



 





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