第7話 神様さま、さまさま

「……ええと、一つ確認するぞ?」

「何だよ」

 コリンがノートを振り回しながらチマチマと生み出す炎で、クラゲもどきを一匹ずつローストしている横から声を掛ける。

「制御の話は置いておいてさ、お前さんの魔力で、大きな炎は出せるの?出せないの?」

「なんなんっだよっ、気が散るから話しかけんなよっ」

 炎が縮小して、クラゲもどきに届く前に消える。コリンが焦ったように再度ノートをばさっと大きく振ると、火力の安定した大きな炎が復活する。成程、魔法を使うにはある程度の集中力がいるらしい。

「だからさっ、マックスでどのぐらいの炎が出せるのかって、話」

「そんなん、やったことないから、分かんないっ!」

 クラゲもどきと対峙しながら、イライラを上乗せされた言葉が返って来る。

「んじゃ、やってみようか」

「はぁっ?」

「このままじゃ、埒が開かん。お前の体力と精神力を鑑みるに、次々に押し寄せるこいつらを、そのチマチマした奴で、ひとつ残らずきれいさっぱり片付けるのは無理、だと判断した」

「なっ……」


――うん。プライド傷ついたネ。分かる分かる。


「なら、イチかバチか、最大出力で一掃という方に、俺は期待したい」

「ばっ……お前何言って……」

「大丈夫、君はやればできる子だ」

「……なに……言ってんだよ」


――あれ?意外と。この程度で、デレが来るとか、褒められ慣れてないのかな。カンナ先生は、スパルタ式でござるか。


「コリン、さぁ、やってみようか」

 自分でも、自身の限界は分かっていたのだろう。

「……どうなっても、知らないからなっ」

 そう捨て台詞を吐いたものの、割と素直に、コリンはノートを天に向けて頭上に掲げると意識を集中するように目を閉じた。


 蝋燭の火ぐらいの炎が数回、点いたり消えたりを繰り返した、と思ったら、そこからぼわっと大きな炎が吹き上げた。それを合図に、コリンがノートをクラゲの山に向けると、火炎放射器のように炎が勢いよく噴き出した。辺りに鼻を突くような臭いが広がり、クラゲが次々と耳障りな音をさせながら焼かれていく。

「すげっ……お前やっぱ、やればできる子……」

 言いかけてそちらを見ると、ノートを持つコリンの手が、ふるふると震えている。おや?と思ううちに、炎の勢いがどんどんと強くなり、ノートがまるで意思を持つかのように、コリンの腕を上下左右に振り回し始めた。

「……や、ばい。これ、ヤバい……っ」

 客観的に見て、暴走始めたんだな、というのは俺にも分かった。んで、恐らく止め方が分からないんだろうなというのも。

「あ~やっぱり、ちょっと見通し甘かったか~」

 魔法というものは、色々と奥が深いようだ――


 な~んて心の中で解説している間に、暴走した魔法の炎が、小屋に向かって放たれた。ああ、本格的にヤバい。俺の晩ごはん……じゃなくって。

「フェリっ!」

 扉を開いて小屋に踏み込むと、フェリシュカが泣きそうになりながらこちらに走り寄って来る。その小さな体を小脇に抱えて小屋の外に出ると、炎はもう屋根に這い上がっていた。炎もそうだが、煙の量が半端ない。


――ああこれはもう、本格的にヤバい。よほど運が良くなければ、助からないレベルの災難だ。

 

「……運が良くなければ?……ああ、そっか、そうだった……」


――俺は多分、運がいい……筈だ。


 俺は胸のポケットから携帯を取り出した。


――チャッチャラ~♪ カミサマオンライン

(ここで機械式猫的なサウンドが出るのは日本国民のサガ)


「あ~もしもし?ハザマさんっ?」

「……」

「もしもしっ?」

「……いま取り込み中なんじゃが~の~……あ~……(タッタラ~ら♪)」

「今すぐ助けてくれないと死にます、七代祟っていいですか~?もしも~し?」

「(タラリラリ~↓)……あ。うっ……くぅぅ……」

「死にましたか……?」

「うん」

「じゃ、せめてこっち助けて下さい。このままじゃ、ガチで死にます。そもそも、あんたの手違いのせいなんだから、責任取って下さいませんか?」

「……ふぉ?手違い?」

「俺、人違いで召喚されたっぽいんだけど?あ~もう、詳しく説明してる暇なくて、ともかく、このままここにいたら、間違いなく丸焼きだからっ、神様の御加護で何とかしてっっ、早くぅっっ!」

「……(……)……」

「は?良く聞こえない?……え?ノート?」


 ノートという単語で、俺の視線はコリンの魔法のノートに止まる。フェリを抱えたまま、俺は剣を抜いて、ノートと踊っている状態になっているコリンに近づく。無差別に火焔を吐き出すノートの攻撃をかわしながら、ちょうどよい間合いを図って、剣を振り下ろした。

 ノートはきれいに真っ二つに寸断され、驚愕に目を見開いているコリンの目の前で、ボゥッという軽い音を立てて、そのまま炎に飲み込まれた。

「なっ……」

 コリンが慌てて手を放すと、火の塊になったノートはそのまま地面に落ち、すぐに真っ黒な灰になった。そこへ、ポツリと雨粒が落ちた。

「……」

 力尽きたように、コリンはその場に座り込む。その肩に、ポツポツと雨粒が落ちてくる。

「……その、何だ。命さえ残っていれば、リカバリーは可能だから。そんなに落ち込まなくても……」

「落ち込んでなんか……」


――まあ、自分の未熟さと向き合わなきゃならないのは、それなりにしんどいよなぁ。


 ポン、と。その肩に手を置くと、やっぱり鬱陶し気に振り払われた。ので、有無を言わさず、今度は屈んでその腰をわしっと抱き込んだ。

「なっ、何すんだよ変態、離せよっ」

「変態じゃないから、はっなしませ~ん」 

 コリンを抱えたまま、立ち上がる。

「ばっ……離せーーーっ」

「はいはい、暴れない、暴れない」

 この年頃の子供が、抱っこなんて、自尊心ズタズタなのは察するけど。俺も大概、もうあんまり余裕がなくなっているから、そこは大目に見てね、と。

「いいぞ、ハザマさん」

 燃え盛る炎の中に立つ俺の頭上から、神々しい光が降り注ぐ。コリンとフェリシュカが驚いたように頭上を見上げる。と同時に、地面に魔法陣のような光の文様が浮かんだ。

「転移魔法……」

 コリンがそう呟くのが聞こえた時にはもう、俺たちは、人の行き交う石畳の道に立っていた。

「……はは……神様さま、さまさまだなぁ……」

 

――ああ、町だ。


 石造りの家々が立ち並ぶ平和な町並みを目にして、俺は、ただただ力ない笑いを漏らし続ける。

 煤だらけで真っ黒な男が両脇に子供二人を抱えて、往来の真ん中でにへらっと緩み切った顔で佇んでいる。そんな様子に、行き過ぎる人々が一様に怪訝な視線を向けてくるが、そんなのもう全然気にならないっ。身の危険がない状態だという、ただその一点だけで、心はこんなにも解放される。


――ああ、俺は今、自由だ。


「いい加減、降ろせよ、おっさん」

 脇からコリンの不機嫌な声が言う。


――まあ……首輪付けられてるまんまでの自由だがなっ。


 俺が腕を緩めてやると、その間からコリンがするりと抜け出した。口を尖らせたまま無言で、服の煤をパタパタとはたく。

「フェリも無事か?」

 目線を下に向けると、顔を強張らせたフェリシュカが頷く。

「……ドキドキ……しすぎて……少し息苦しいんですけど、痛いところとかは、ないので、たぶん大丈夫です」

「あれ?煙吸っちゃった?……あ~んしてみて?」

 フェリを立たせて、俺はその前に屈みこむ。フェリが言われた通りに、口を大きく開き、俺は顎に手を掛けて顔を上に向かせ、口の中を覗き込む。口の中も黒くなってるってことは、やけどしている可能性もあるのかと思う。見れば僅かに体が震えている。

「歩ける?」

 そう聞くと、一呼吸間があって、目を伏せたフェリシュカから、

「……ちょっと無理かも」

 という申し訳なさそうな小さな声が返って来た。

「お医者さんに見せた方がいいのかなぁ……ああでも、魔法使いギルドなら、治癒魔法とか使える人がいるのか」

「ギルド?」

 コリンが不審な顔で聞いて来る。

「カンナ先生が名の知れた魔法使いなら、魔法使いギルドへ行ってみれば、何か情報があるかもって、神様のありがた~いお告げを頂いた」

 言いながら、俺はフェリシュカを再び抱き上げる。体重が軽いから、片手で抱えても苦にはならない。フェリシュカは何も言わずに、俺の首に手を回すと、そのままコツンと頭を俺の体に預けた。泣いたり取り乱したりはしないが、先刻の事は、少なからずこの小さな少女には堪えたのだろうことは、想像に難くない。

「フェリシュカっ、お前、怪我もしてないんだから、歩けるだろ、下りろよ。そいつは、僕の下僕なんだからな」

「いいよ、別に、たいして重くもないし」

「お前を使っていいのは、僕だけなんだっ」

「……何?それってヤキモチ的な何か、かぁ?」

 ニヤニヤしながら言ってやる。

「そっ、そんなんじゃないしっ。てか、ヤキモチって、誰が誰にだよっ。僕はこいつのことなんか、これっぽっちも……」


――ああ、そっち。てか、そっちなのか~~(ふふふふふ)


 俺がフェリを甘やかすのが気に入らないのではなく、フェリが俺に甘えることが気に入らない、と。


「ふふっ、青春だなぁ、おい」

「何ニマニマしてんだよ、お前はーーー」  

「何なら、お前がおんぶしてやる?」

「なっ……何で僕がメイドごときを背負って歩かなきゃならないだよっ」

「だよな~(ふふふふふ~)」


――かわいい~。な~んて言ったらきっと殴られるから、言わないけどなっ。


「だから、そのニマニマ止めろよっ。荷物は下僕が持って当然だろ」

「はいはい、ではそのように、ご主人様」

「たくっ、さっさと魔法使いギルドに行くぞ」

 言い捨てて、コリンはツンツンしながら先を歩いていく。俺はその後を付いて歩きながら、どこか肩を怒らせて歩く少年に、ニマニマが止むことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る