第5話 魔法のノートの使い方

――それは、数日前のことだったという。


 その日、コリンは森の奥で、カンナ先生と一緒にノートを使った魔法の修行をしていた。

 あのノートは、何かを書き込むと書き込んだ通りの魔法が発動するという、魔法のアイテムなのだそうだ。『雨よ降れ』と書けば、雨を降らせることが出来るし、『槍よ降れ』なら、空から槍だって降って来る。素人が訊けば、まあなんて便利なアイテムかと思うが、そもそも、あのノートは魔法を発動させる補助アイテムで、一人前の魔法使いは使わないものなのだという。


 普通は、書かずともそう念じれば、魔法は発動する。要するに、まだ未熟な魔法使いは、自分が発動する魔法のイメージを具現化させることが出来ないから、一度、使いたい魔法をノートに書かせて、効率的に魔法を発動させる『コツ』のようなものを身に着けるのだという。ちなみに、魔力を持たない俺のような人間がノートに落書きしても、魔法は発動しないようだ。

 ノートには、いくつか決まりのようなものがあって、その一つに、生き物の召喚は禁止、というルールがあるらしいのだが……。


「……って、俺っていう『生き物』、召喚してんじゃん、お前。い~けないんだっ。先生に言いつけてやるぞ~」

「……おっさん、それ、言ってて恥ずかしくないのか?」

「……お子様の会話レベルに合わせてやってんだよ」

「……(白い目)」


――だから、その目力がねっ。


「目つき悪いと、女の子にモテないぞ」

「女なんて面倒くさいだけじゃん」

「お前の先生だって、女じゃん?」

「先生は別。そういうカテゴリーじゃないんだよっ」

「え~、そういうじゃないんなら、どういうんだよ~?」

「……先生は……」

 おうおう、顔赤くしちゃって、可愛いとこあんじゃねぇの。

「先生は?」

「……先生は……家族、だから」

「へ?」

 家族。その至ってシンプルな単語に、俺は自分の下種で汚い大人な部分を猛省させられる。


――やっべぇ。俺、も少し真面目に生きなきゃだわ。


 これは、この子たちが、大事な家族を取り戻すための話なのだ。

「……その……茶化して悪かった。話、続けてくれ」

 俺が急に神妙な感じになったのを、コリンは怪訝な顔で見ながら話を続ける。

「……それで、ノートを使って、魔法の修行をしていたんだけど……いきなり、物凄く強い魔物が召喚されちゃって……」

「え?だって、生き物禁止なんでしょ?魔物って、生き物のカテゴリーなんじゃないの?」

「……ていうか……僕……スペルを間違えたっぽくて……先生が辺境にしかない幻のキノコ食べたいわぁっていうから、そのキノコの名前を書いたつもりだったんだけど……」


――んと、『なめこ』で『なまこ』が出るみたい……な?(適切な例えかは分からないが)


「いきなり現れた魔物に襲いかかられてさ、先生は僕をかばって結構な深手を負っちゃうし……僕はその後、頭はたかれて、すぐに気絶しちゃったから、よく分からないんだけど……」

 遠のく意識の中で、コリンは先生が魔物とやりあってる様子を見た。怪我のせいなのか、先生の動きは、いつもみたいに俊敏ではなくて、魔物の攻撃をかわしきれずに、何度もダメージを受けていた――


「気付いたら、もう夜で。辺りには僕一人だけで、先生の姿も、魔物の痕跡もどこにもなかった。で、このノートだけが僕の近くに落ちてたんだ。そこにフェリが来て……」

 コリンがフェリシュカに視線を向けると、彼女は頷いて言う。

「日が暮れても二人が戻って来ないから、あたし、灯りを持って、様子を見に行ったんです。いつも修行をしてる広場の辺りに行ってみたら、コリンが地面に座り込んで呆然としてて……」

「それで?」

「僕、落ち着いて良く考えてみたんだ。先生はどこに行ったのかって」

「……で?」

「先生は、このノートに転生したんだと……」

「落ち着いて、良く、考えたんだよねぇ?ノートに転生とかって、ありなの?この世界では、そういうの普通にありなのっ?俺の常識が全否定してんだけど?」

「普通にはないよ。でも、先生ほどの魔法使いなら、無機物に魂を定着させる技とか無い話じゃないし」

「ああ、小さい頃、踊るドングリつくってくれたよね。コリンが拗ねちゃって、なかなか機嫌直さなくて、あの時、先生、困ったな~って言いながら……」

 フェリシュカが、何かを思い出したように笑みを浮かべる。

「踊る……?なに?」

「あの時は、ドングリに羽虫の魂をいれてみました~って言ってたっけか」

「でき……るんだ……にしてもさ……魂入れてみた、なら、抜け殻になった体の方は?……」

「それは……あんまり、考えたくないけど……魔物にパックリ……とか」

「ええと、あんまり言いたくないけど、そのままお亡くなりになってるってことは……」

「ああ、それはない。先生の魔法で作られたこのノートが消えずに残ってるってことは、この世界のどこかに、先生は存在しているってことだから。それに、魂が残ってれば、体の再生は可能だし……まあ、丸ごと食べられちゃってたら、時間は掛かるだろうけど」

「……そういうルール、なのね」

 魔法ルールめんどくせぇ。ていうか、この世界の魔法使い、ほぼ不死身?


「それでコリン、先生の名前をノートに書いてみたのよね、実体化するかなって」

 フェリシュカが横から補足する。

「ええと、先生も『生き物』だよな?」

「それは、ほら、緊急事態だし」

 コリンがしれっと言う。何なんだこの、あって無きがごときのルールは。

「でも、なんにも起きなくて、仕方がないから、弱めの魔物召喚してみて、襲われてみたのよね」

「魔物はガチ生き物じゃねぇんか。ってか、襲われてみたってどういうことだよ?」

「いや~切羽詰まった感じで、助けてって言ったら、見かねて姿見せてくれるんじゃないかなって」


――って、あの「先生助けて~」は、演技だったと?


 あ、ヤバイ。俺の中の堪忍袋という名の袋のヒモがぶちっと。

 怒りの感情が、そこから物凄い勢いで溢れ出して来る。


「馬鹿なの、お前?このノートが先生だっていうんならともかく、って、前提条件も何だかおかしいけど、先生じゃない可能性だってあるんだろうが、ていうか、むしろそっちの可能性の方が大きいって思うのが、常識人の感覚だぞっ。それを、襲われてみました?俺が助けてなかったら、どうなってたと……」

「いや、あの程度の魔物、助けてもらわなくても、全然平気だったんだけど?むしろ、何であそこで、あんたが助けに来たのって感じなんだけど?」

「……(怒)」

 ゲンコツを人の頭に落とす、というのは、何時くらいぶりだろう。

「いって~っっ」

 コリンの呻き声に、俺は自分が無意識にゲンコツを叩きこむ程、怒りの感情でいっぱいなのだと自覚した。

「何すんだよ、下僕っ」

「下僕、結構。だがな、この下僕は、躾のなってないお子様には、容赦しねぇからな」

 大きな声を出した俺に、コリンは目を見張ったまま、言葉を失っている。フェリシュカがその隣で目を丸くしたまま、怯えたような青ざめた顔になっているのが、少し可哀想な気がしたが、それをフォロー出来るだけの余力が俺にはもう残っていなかった。


 俺はそのまま頭を冷やすべく、小屋の外に出た。そこで初めて、頬を撫でる風が生暖かい事に気づいた。元いた世界は、冬だったのに。ああここは、異世界なんだなと、文字通り肌で感じた訳だ。

 常識と非常識の境がよく分からない世界。で、子供のお守りとか。勘弁しろよ、ハザマさん。

「あ~早く帰りてぇわ」

 そうボヤキながら、俺はカンナ先生を探す方法を考えるのだった。



 



 





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