第4話 頭ぽんぽんには年齢制限がありますか?

「……話を整理する。お前は、召喚者で間違いないのか?」

「……だったら、何だよ」

「間違いないんなら、お前が呼んだのは、間違いなく、俺」

「……んな訳……あるかよ……じゃあ、カンナ先生は、どうやって召喚すればいいんだよ……どうやったら……」

「あ~その、先生って、どういう人?」

「……」

 心ここにあらずな感じのコリンからは返事がない。どうしたもんかな~と思っていると、近づいて来たフェリシュカが代わりに答えてくれた。


「カンナ先生は、コリンの魔法の先生で、わたしたちの母親がわりだった人なの」

「魔法の先生?成程、お師匠さまって奴か?で、母親がわり……って、え?女の人なの?」

「ええ。わたしたち、孤児だったの。カンナ先生が拾ってくれて、面倒を見てくれたの」

「そっか、大切な人なんだな」

「そう。すごく大切な人。なのに、このノートを残して、突然いなくなっちゃったの」

「いなくなった?」

 頷いて、フェリシュカが続ける。

「だから、コリンはこの魔法のノートで、先生を召喚しようとしたのよ」

「……ええと、ひとつ分からないんだけど、カンナ先生って、神和千広って名前だった訳?」

「そうよ。じゃなきゃ、わたしたち、そんな記号みたいな文字、覚えてないし」


――記号みたいなって、漢字のことかな。で、つまりそのカンナ先生とやらは、神和千広と名乗っていた訳か。まあ、ちひろなんて、男女どっちにも使える名前ではあるけども。


 今更気付いた訳だが、言葉が普通に通じたり、こいつのノートの文字が読めたりするっていうのも、神の御加護効果とやらなんだろうか。にしても俺じゃない『神和千広』って、一体誰様?


「……う~んとさ。これは、現時点では推測に過ぎないけど、『神和千広』で、カンナ先生じゃなく俺が召喚されたってことは、カンナ先生の本当の名前は、神和千広じゃなかったってことなんじゃないかな、と。つまり、君たちの先生は、偽名を使っていた、とか」

「……偽名」

 コリンが呆けた様に繰り返す。

「まあ、ともかく、召喚された以上は、君の願いは俺が叶えてやるけど?さっきの、先生助けて~って言うので、もうお役御免だっていうなら、俺はとっとと帰らせて貰うし」

「願いを……叶える……?お前が?……僕の?」

「……あれ?そういうルールなんじゃなかったっけ?」

「だったら、僕がカンナ先生を探して欲しいって言ったら、探してくれるのか?」

「……えっ?……あ~そうなるのかな?」

 神様お助け下さい、というのとは、ちょっと違う様な気もするが。

「じゃあ、カンナ先生、探して下さい、お願いします!」


――マジかーお願いって、人探しかよ。


 だったら、剣士じゃなくて、もしかして魔法少女とかの方が良かったのかもと、ふと思う。モンスター退治とか、魔王討伐とか、そんな依頼が来るんだと思ってたわ。力押しで簡単に片がつく感じの。

「願い、叶えてくれるんだよね?」

 コリンの訴えかける様な目が、俺を見据えている。

「え、えっと……まあ、やってはみるけど」


――こりゃ、時間がかかりそうな……雲行きだなぁ。


 どうやら、あさってのお見合いには、間に合わなそうだ。残念な社会人確定かよ。と、そう思ったら、大きなため息が出た。





 それから、俺は二人と一緒に、そこから少し歩いた所にあるカンナ先生の家に移動した。家、と言っても、山小屋的な質素な建造物だ。扉を入ると広い空間があって、テーブルと椅子が人数分置かれている。その隅っこの方に竈と水場があり、他には部屋がひとつふたつといった感じのコンパクトな造りだ。これが、先生が子供二人と暮らしていた家らしい。


「僕はコリン・リスフィールド。年は、十三」

「あ~はいはい。コリンくんね、十三才」

 へぇ、中学生ぐらいだったのか。俺の周辺の中学生と比べると、背丈はちょい低い方かなと思う。金髪でブルーアイズ。まあ、ファンタジー乙、というありがちな容姿。中世ヨーロッパ風だっけか。ゲームなんて久しくやってないから、最近の流行りは良く分からんが。


「で、こっちが、フェリシュカ・レーネフランタム。年は、俺のいっこ下」

「フェリ……っシュカ?」

「言いにくかったら、フェリって呼んで下さいっ」


 コリンより更に十センチぐらい小さいフェリシュカ嬢は、一生懸命に背伸びするように背筋をピンと伸ばして、やっぱり綺麗な青い目でこちらを見上げている。こっちの子は、黒っぽく見えるけど、光の加減で濃紫にも見える長い髪を、何だか複雑な感じで結い上げている。この年ごろの子供と話すのなんて、久しぶりだよなぁ。そんなことを思いながら、

「よろしく、フェリ」

 と、その小さな頭にポンと手を乗せて言った。すると、目をきらっきらさせて、フェリが零れ落ちそうな笑顔を見せる。思いがけない反応に、内心たじろぐ。あれっ?無意識に頭ポンとかしちゃったけど、何か俺、間違った?頭ポンは、幼稚園児までだっけか?

「お茶、入れますねっ」

 テンション高めな感じでそう言って、フェリシュカが隅の水場に移動する。

「気安く触ってんじゃねぇぞ、おっさん」

 横から、コリンの冷めた声が言う。そちらに目をやると……ああまずい、変質者を見るような目で、見られてるし。

「たっ、他意はないぞ。ちょうど、高さ的に、手を乗せやすかっただけでっ……」

「……」

 チビのくせに、目力つえ~よな、このお子様は。

「……ていうか、ごめんなさい……」

「あんまり甘やかすと、アイツ調子に乗るから」

「はい?」

「恰好見て分かんだろ?あいつはメイドなの。下働き」

「メイドさん……」


 フェリシュカの方を見ると、そこに置かれている小さな踏み台に乗って、ポンプ式の井戸から水を汲み上げている。成る程なかなか手慣れている。棚から小さな鉄鍋を取り出すと、手桶に溜まった水を鍋に移して竈に乗せる。そんな風にきびきびと動く小さな体を、感心しながら見ていると、 

「あいつは、この家の雑用をやるのが仕事なんだから、いちいちご機嫌取りなんかしなくていいんだよ」

「……ご機嫌取り、ねぇ。メイドさんってことはさ、お前、身の回りの世話とかもして貰ってる訳?」

「当然だろ。そういう仕事をする代わりに、先生に食べさせてもらってるんだから」

「当然……なのかも知れないけど、やって貰って当たり前っていうのは……どうかと思うぞ。人間、感謝の心は大事だぞ?」

「……あのさ、今更だけど、僕がお前を召喚したんだよな?」

「今更何だよ?心配しなくても、先生探すっていう願い事なら何とかするし、というかさ、お前、大人捕まえて、お前呼ばわりはどうなの?」

「おっさん、被召喚者は、召喚者の下僕しもべだって、知っててその口のきき方な訳?」

「はぁっ?」

「僕は君の、ご主人様、なんじゃないの?」

「……」


――そういうルールかよ。


「下僕にしては、態度でかくない?」

「……あのな、お前、大人に向かってその口のききかたは……」

 俺がそうたしなめる目の前で、コリンは例のノートを開くと、さらさらと文字を書き込む。


『神和千広は、ご主人さまの言うことに逆らいません』


――こいつ、何書いて……


「ごめんなさいは?」

 口元に意地の悪い笑みを浮かべて、コリンが言う。俺の意思とは関係なく、口が開いて言葉が吐き出された。

「……スミマセン……でした」

「よく出来ました。これから、よろしくね、下僕さん」


――こんにゃろう。いつか泣かーす!


 先生に置いてかれて、しょげてるかわいそうなお子様だと思って、優しくしてやっていればっ。躾がなってねぇーぞ、カンナ先生。こん畜生め。これは、とっとと先生とやらを見つけて、百万回苦情を言ってやらねばなるまい。

 

 




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