第3話 今更お呼びじゃないと言われましても
「助けて下さい、先生っ!せんせ~いっっっ!!はやくしないと、僕、食べられちゃいますぅぅぅ、いっやーーーーっ!!せんせぇ~ぇ~ぇぇ~~~~~~~っ!!!」
「……先生?」
足を触手に絡めとられて、魔物の大きな口の上につり上げられながら、少年が必死の形相で叫んでいる。
――ええと……これを、助ければ、いいのか?とりあえず。
よく分からないが、このまま放っておいても後味が悪そうなので、俺は腰の剣を抜く。軽く肩を回して、剣を握り直し、助走をつけて対象物に踏み込んだ。ワンステップ、ツーステップ。間合いを図って飛び上がると、剣を横一閃に払う。
その一撃で、魔物の動きが止まった。そして、ピクッと小さく痙攣した、と思ったら、魔物はドオッとその場に倒れた。結構切れ味はいいようだ。
切り裂いた傷口から、体液のようなものが流れ出ている様に、俺は思わず顔を顰める。思った以上に、手ごたえが、生々しかったのだ。俺は軽く息を吐いて、剣に付着した体液を振るって払い、剣を収める。
と、動かなくなった魔物の横で触手から解放された少年が、へたり込みながらも、訝しむような顔で、俺を見据えているのに気付いた。
「大丈夫か?」
「……あんた、誰?」
俺の安否確認は無視されて、少年が敵意むき出しな感じで聞いて来た。
「俺は……」
言いかけたところに、明後日の方から、女の子の声が割り込んだ。
「コリンちゃんっっ、怪我ない?痛いところはっ、ないぃっ?」
「ちゃん付け止めろって、言ってんだろっ、フェリシュカっ!」
そう怒られながらも、フェリシュカと呼ばれた女の子(多分十代前半)は、コリンちゃんのほっぺたを心配そうに撫でる。それを、少年が鬱陶し気に払いのける。
「さわんなってば、怪我なんかしてないからっ」
まあ、鬱陶しいというか、気恥しいんだろうな、と、その表情から推察する。少女より幾らか年上なんだろう少年の、この年頃には、ありがちな反応だ。
「あ~ここっ、足首にすり傷出来てる」
フェリシュカは何故だか少し嬉しそうに、傷を見つけた足を捕まえた。
「いっ、離せ、バカ」
「ほーら、やっぱり怪我してんじゃないの」
「お前が触るから、痛いんだっての。金輪際、僕に触るんじゃ、ない」
「え~つまんない。つまんないつまんないつまんないっ」
「う~る~さ~いぃ~っっ!」
「うぅ……」
コリンの強い口調にフェリシュカは涙目になり、ようやく口を閉じた。少女が口を尖らせながらも大人しくなったのを一瞥して、コリンは立ち上がった。そして、何かを探す様に辺りを見回すと、コリンは俺の後方に視線を向け、片足を少し引き摺りながら、こちらに近づいてきた。何だ?と思いながら、肩越しに後ろを見ると、そこに、一冊のノートが落ちていた。
「それで、あんた、誰?」
スレ違いざまに、コリンがこちらを一瞥して訊いた。
「ああ、俺は、
「カンナ……?」
俺の名前を聞いてコリンが足を止め、眉間に皺を寄せる。そして、どこか検分するように、俺の顔を見上げると、おもむろに両手を伸ばして俺の胸を、もぎゅっと掴んだ。
「ふぇっ?」
不意のことに、思わず変な声が出る。いや、感じたとかそういうんじゃなくて、だな。断じてっ。
――て~っ。おいおいおいおいぃぃ。
コリンの手が更にわしわしと無遠慮に、俺の胸を揉み……
「って、何すんだ、変態小僧っ」
「何で、胸がないんだよっ」
「は?」
「筋肉の塊みたいなカッチカチの胸しやがって」
「胸に筋肉ついてちゃ悪いのかよっ」
こいつも、あのエロじぃ神の仲間なのかっ。
「黙れ、偽物っ」
「にせものぉ~?」
「何でだよ……何で……」
コリンは悔しそうに唇をかみしめると、足を引き摺ってノートの元に行く。そしてそれを拾い上げると、懐から取り出した羽ペンで、ノートに何かを書き込んだ。
俺の見ている前で、コリンの体全体が青白くて淡い光に包まれる。
――これって、魔法……なのか?
ハザマさんのタブレットに魔法少女の選択肢があったってことは、この世界では魔法が存在するということか。そう思いながら見ていると、傷が消え、破けた衣服も元の状態に戻っていく。
「お前、魔法使いなんだ。スゲーな」
――て、完全無視かよ。
俺のいう事など耳に入らないという様に、コリンはまた何かをノートに書き込んでいる。と、
「……え」
体に違和感を感じた。何かに押される様な、そんな圧を感じる。足を踏ん張ってその場に踏みとどまろうとする努力も空しく、俺の体はいとも簡単に宙を舞った。
「なーーーっ」
俺の体は、俺の意思を無視して、結構な勢いで、コリン少年の上に落下した。
「いっ……てぇ……ふざけんなよ、おっさん」
「ふざけてない、断じてふざけてないぞ、これはっ……」
――これは。
俺が押し倒した格好になったコリンの、その手に握られていたノートの文字を目が捉えた。そこには、はっきりと、黒いインクで、
『神和千広』と、書かれていたのだ。
「お前が、俺を呼んだ召喚師か」
「おもっい……早く下りろよ、おっさん」
言われて、いたいけな少年を下敷きにしたままなことに気付き、俺は慌てて体をどける。
「お前なんか呼んでない、僕が呼んだのは、神和千広だ」
「だから、俺が、神和千広だっつ~てんだろうが」
「だからっ、僕が呼んだのは、お前じゃなくてカンナ先生なんだよっ」
「へ?カンナ……先生?」
――助けて下さい、先生っ!せんせ~いっっっ!!
こいつが助けを求めていたのは、俺じゃなくて、先生……そのカンナ先生なのか。
「……って、人違い?」
「何で、神和千広って書いたのに、カンナ先生じゃなくて、お前が来るんだよ」
「と、言われてもなぁ。俺も、神和千広だから、としか」
「ふざけんなよ」
ふざけてはいない。要するに、何だ?俺は人違いで呼ばれたってことか?
――勘弁しろよ、ハザマ爺。
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