第2話 狭間の神様、ハザマさん

 こういう時には、蝋燭の灯りがゆらゆら揺れる、とか、そういう風情を求めるのは、間違っているんでしょうか。


――どうなんだ、異世界っ!


 目を覚ましたら、なんだかすっきりくっきりLED電球ぴか~みたいな明るい場所で、洒落たソファーセットに座ってました。


 目の前で、白くて長いひげを蓄えたお爺さんが、コーヒーの香りを漂わせたカップ片手に、タブレットの上でしわしわの指を軽快に滑らせているよ。てか、ここ普通に現代じゃね?

「……何か、イメージ違う」

 神隠しってもっと、こう……

「おぉ、目が覚めたかの」

 画面に目を止めたままで、その爺さんが言う。

「少し待つのじゃ……あとちょこっとで、このモンスターが倒せ……そうっ……なんじゃ」


――この爺さん、まさかゲームとかしてるんじゃ、ねぇだろうな。


 そう思った途端、タッタラ~♪ という軽快なメロディが部屋に流れた。


「……え、えと。ハザマさん、ですよね?」

 まあ、そうなんだろうな、とは思ったが、一応、確認の為に聞いてみる。

「お?わしのことを知っておるんか?ん~と、初めて、じゃないの?」

「いえ、初めてですよ。従兄弟が以前あなたにお世話になったそうで、あなたのことは、彼から聞きました」


――この老人は、神和家が祀っている神様である。


 世界の狭間に存在する神、なので、誰が名付けたか、ハザマさんと呼ばれるらしい。余談ながら、狭間の神の爺さんなので、フルネーム:ハザマシンジィさん、というらしい。いったい、誰が名付けたんだか、だ。


「で、俺は何でここに呼ばれたんです?」

神和千広かんなちひろ、と、ご指名で依頼が来たもんでな」

「指名?」

「向こうの世界の召喚師が、その名前を指名して、ピンポイントで召喚依頼をよこしたのじゃ」

 従兄弟のお兄ちゃんの話では、神和の家は、このハザマ神の神力を現世で使わせて頂いている。その見返りとして、別の世界――ざっくり言うと異世界――の人間の「神様助けて下さい」案件を、代わって解決する役目を任されているのだという。


 要するに異世界の召喚師の要請に応じて、ハザマさんはうちの家系の人間を適当に見繕って、神の使いとして異世界に派遣しているのだ。


「何で、俺?」

「はて。なんでかのぅ?あ、コーヒー飲むかの?」

「……頂きます」

「普通は、異世界に順応性の高い子供が召喚されることが多いんじゃが、まあ、子供じゃなきゃってルールもないから。ちょいと行ってきてくれるかの?」

「……拒否権あるんですか?」

「ないのぅ」


――って。じゃあ、聞くなよっ。

 淹れてもらったコーヒーを飲みながら、心の中で毒づく。


「で~、コスチュームなんじゃが、どれにするかの?」

「は?」

 ハザマさんがテーブルの上に置いたタブレットの画面をスクロールさせて、ファンタジーゲームのキャラが着るような衣装を見せてくる。

「この年になって、コスプレ……」


――神様、何だか心が痛いです。てか、目の前のコレが神様だな。俺、救われねぇぇぇ。


「そこはほれ、一応、現地に馴染むような恰好をしてもらうルールなのじゃっ」

「例外は?」

「ないのぅ」

「……」

「それでじゃな、これなんじゃがっ!選ぶ職業によって、衣装が決まるのじゃっ」

 見るからに前のめりに、しかも楽しげに、爺さんは説明する。言いたかないけど、これって、完全にこの爺さんの趣味、なんじゃなかろうか。と、思う。

「魔法少女とかにすると、こういう可愛いフリフリの奴が着られるぞ?」

「……それ、三十過ぎのおっさんに勧めます?」

「おお、言い忘れたが、衣装に合わせて自動で体形が変わるのじゃぞ。どんなにむさいオジサンでも、これを着れば巨乳の美少女になれる、スグレモノじゃぞ?ワシのイチオシ自信作じゃっ」

「美少女になんかなって、なんの得があるんだよっ」

「なんと!想像力の乏しい奴じゃのぅ。おっきな胸を、こう……いつでもどこでも、もみもみし放題じゃぞ?」

「……自分の胸揉んで嬉しいとか、只の変態じゃねぇかよ」

「今度の神和は、堅い男じゃのぅ……つまらんつまらん……こっちの女戦士もオススメなんじゃが…」


 ビキニに申し訳程度の布切れがくっついてるだけの、やっぱり胸がおっきくないと装着出来そうにないコスチュームをプッシュしてくる神様とか。


「……それ、てめえが見たいだけなんじゃないのか」

「年寄りのささやかな楽しみを奪うとは、まったく心の狭い奴じゃわ……」

「ともかく、美少女系は却下っ。あ~もう、この端っこの、剣士でいいから」


――一番地味で無難な奴っ。


「最近は、お手軽な魔道士とか人気なんじゃが、まあ、お前さんは、大したボデーしておるから、剣士でもまあ、行けるかの」

 言いながら、ハザマさんが人差し指で剣士の衣装画像をポンと押す。と、着ていたスーツが消えて、画像と同じ剣士の格好になる。全身黒で露出も少な目。まあ、それほど恥ずかしくないのは、不幸中の幸いか。腰に下がっている剣は、ファンタジーゲームなんかでよくある感じの両刃の長剣ロングソードだ。試しに抜いてみると、案外重い。成程、ダンベルで鍛えた筋肉がなければ、これを振り回すのは、ちょっと大変だったかもと思う。


「基本、神の御加護効果があるから、最強クラスの能力が使える様になっておる」

「そりゃどうも」

「なのでな。召喚者の依頼を片付けるのは、そう難しいことではない筈じゃ。だが、一つだけ注意しておくことがある」

「注意?」

「もし間違って、召喚者を死に至らしめるような事態が起こった場合、お前さんは異世界から帰ってこれなくなる」

「はっ?」

 そんなリスクがあるとは聞いていなかった。もしかして、今まで戻って来なかった人たちって、そう言うことなんだろうか。

「なので、召喚者の生命の安全は、第一じゃぞ」

「お、おぉ」

「それから、連絡用にこれを持って行くがよい」

 そう言って、スマホを渡される。

「……スマホ、通じるんです?」


――異世界なのに。


「ワシとのホットラインじゃ。寂しくなったら、連絡してきて構わんぞ」

「それ、どういう状況なんだよ……つーか、俺、あさって、お見合いだから、それまでには戻りたいんだけどさ」

 気の進まないお見合いが嫌で、行方をくらませたなんて思われるのは、こっちのプライド問題な訳で。結婚する気なんざ、サラサラないが、いっぱしの社会人として自分の口できちんとお断りすることも出来ないようでは、『結婚しないのではなく、結婚出来ないダメな人間』だと思われてしまう。それはものすご~く、癪だ。

「まぁ、それはお前さんの努力次第じゃがの」

「……ああ、そうかよ」

「お前さんの働き、期待しておるでな。じゃあの」

 にこやかに手を振るハザマシンジィ。


――たくっ、いい気なもんだな。


 そう思った時には、景色がもう切り替わっていて、俺は木々の生い茂る森、みたいな場所に立っていた。


「で~いきなりコレかよっ」

 目の前で、巨大な触手を持った魔物が、パックリ大きな口を開けて、捕まえた少年を今まさに食べようとしていた。

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