例えどんなにチートでも、今日のキミは僕の下僕
抹茶かりんと
第1話 足元は突然崩れることもある
スマホの画面の中で、ぼこっ、どど~んという擬音がぴったりと当てはまりそうな、見事な道路の大規模陥没が映し出されていた。この場合、まあ、見事なというのは、しごく不謹慎なんだろうが、それでも、電柱や信号機が柱ごと垂直に大きな穴に吸い込まれていく様子というものは、まるでハリウッド映画でも見ているような感覚で、見る者に少なからずスペクタクル感をもたらした――ようだ。
「すごいですよねぇ、それ。こういうのに落っこちたら、異世界だったとか、ありそうだよな~って、昨日はゲームの仲間内でけっこう盛り上がりましたよ」
昨日からニュースで何度も繰り返し流されている映像を、スマホの動画ニュースで何となく見ていた俺の横で、部下の
「いや、異世界つ~か、ダンジョンとかじゃね?という主張もありまして、異世界派とダンジョン派で、明け方まで論戦しちゃって……ふあぁぁぁ……お陰で寝不足です」
「ゲームの中でか?」
「ええ、ゲームの中に、集会所がみたいな場所があるんですよ。イベントとかない時に、みんなで集まってまったりするみたいな」
「……まあ、楽しそうなことで結構だが、寝不足だからって、事故らないでくれよ」
「大丈夫ですって。一晩寝ないぐらいで、仕事に影響なんか出ませんって。何しろ、若いですからっ」
「あ、そ」
お前なあ、あと十年してみ?そういう若いころの不摂生の蓄積が、気が付いたら無理のきかないポンコツな体を生成してるんだからな。と、まあ、あえては言わないが。
「
「いーや、結構。そういうの興味ないから」
ぜんっぜんな。
「まあ、そう言うだろうとは、思ってました。先輩は、ストイックな筋トレオタクですからね~俺からしたら、筋トレなんて、どこが楽しいのか、良く分かりませんが」
まあ、そうだろう。仕事以外引き籠りのこいつに、指先一本まで、自分の体を自由に動かせる快感など、理解できまい。
「もしかして、シックスパックとか、なってます?」
「まあな」
「うわ~マジ?凄いっすね。そこまで極めちゃってるとか、尊敬します」
「何なら、ジムのお試しコース紹介してやろうか?」
「いや~あはは。遠慮しときます」
「あ、瀬戸内、そこ右折な」
「え?あ、はいはい」
俺のナビで、瀬戸内くんが、すい~っと右折レーンに車を滑り込ませる。対向車が切れるのを待ちながら、ふと、瀬戸内くんが楽し気に言った。
「ここで、昨日みたいな陥没とか起きたら、俺ら完璧にやばいですよね」
「……やめろよ、縁起でもない」
あんなもん、画面の向こうの出来事だから、お気楽に見ていられるのだ。実際に遭遇したら、どんだけ面倒くさいことなのか、想像してみろよと――
ミシミシ――みしみし?
「あれ?地震ですかね?」
瀬戸内くんが、怪訝な顔をして周囲を見渡す。どこか不気味な振動が、車体を通して体に伝わってくる。
ギギギ――ボコッ――ザザーッ――ゴロゴロ――ドコッ――
いや~まさかと思いたい。がしかし、これはっ。何か危険を感知したように、全身に鳥肌が立った。
「……まじか」
そう呟いた途端、がくっと車体が大きく傾いた。
「せせせせせ、先輩っ」
「早くドア開けて外に出……って、おちっ……」
陥没キタコレ。
「衝撃に備えろ、瀬戸内っ」
「え、は、」
まあ、運悪く、穴に落ちたとして、せいぜい数メートルの落下……だから、生死に関わるようなことは、ない、ハズ……なんだが。
――あれ?衝撃が来ない?
「何か、この穴、随分深いですよ、先輩……」
暗闇の中でその声を聞いたのを最後に、瀬戸内くんの気配が消えた。
――ああ、これは、あれだ。
いつの間にか、座っていたハズのシートの感触もなくなっていて、俺の体はただひたすらに、闇の中を落下していった。
俺の名前は、
筋トレが趣味の三十二才、独身。
ここで一つ断っておかなくてはならないことがある。
俺の生まれた神和家というのは、名前を聞けば大抵の人が「ああ、あの」と思い当たる、大きな神社の神職を代々務めている。最もそちらは、直系の本家のお話で、うちは傍系の家系図でもはじっこの神和だから、直接何か関係があるという訳ではないのだが、その血統の人間には、大なり小なり
内々では、「呼ばれる」と言っているその現象は、世間で言う所の「神隠し」というもので、神和の人間には、神隠しに遭った人間が結構いるのだ。しばらくして戻って来た人もいるし、戻って来なかった人も、いる。
高校の頃、大学生の従兄弟のお兄ちゃんから、そんな神隠し体験談を聞いていたから、これはもう、それなんだな、と、すぐにピンと来た。呼ばれるのは、十代までの子供が多いと聞いていたから、もう三十路の自分には縁のない話だと思っていたのに。
「こんなことが、あるのかぁ……」
瀬戸内くんは無事だったろうか。
俺は、どこにお呼ばれしたんだろうか。
こんなおじさんを呼ぶなんて、もの好きだよなぁ……
つらつらとそんなことを考えているうちに、俺の意識はそこで途切れた。
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