第10話「流行」

 ――STWの司令室。

 歩と凛音は、この部屋の主……舞の前に立っていた。舞は執務机に頬杖を突き、二人の話に耳を澄ます。やがて聞き終えると、舞はすっと目を開いた。

「……なるほど。わざわざ教えてくれるなんて、親切なお嬢様ね」

 舞は歩と凛音に目を向けた。二人とも、黙り込んでいる。

「とはいえ、私達がやることに変わりはないわ。最後まで、ね」

 そう言って、舞は歩と凛音の顔を見比べた。……どうやら、はい分かりましたと素直に退室するつもりはないようである。……まぁ、無理もないか。

「座って」

 舞は部屋の端にあるソファーに親指を向けた。

「良い機会だから、話しておくわ。この世界のことと、異星人についてね」

「はい」

 凛音は肯いてソファーに向かったが、歩は微動だにしない。

「どうしたの?」

「……それは、俺が聞いても平気な話なんですか?」

「ああ、そういうことね。安心して。これから話すことを聞いたからって、無理矢理STWに入れとか、そんな野暮なことは言わないから」

 歩は舞が肯くのを見て、ソファーに向かう。そして、凛音の隣に腰を下ろした。舞も立ち上がって二人の前へ移動すると、ソファーに座って足を組む。

「凛音は、どこまで知ってる?」

「……この世界は異星人に狙われていて、交渉の余地はなく、戦うしかないと」

「その通り。それは何を話したって変わらない。だから、私の話は余談だと思ってくれて構わないわ。……今から二十年前、日本ではちょっとしたブームが起こったの」

「ブーム、ですか?」

 凛音の問いに、舞はがっくりと項垂れた。

「……そっか、あの頃はまだ、凛音は生まれてなかったのよね」

「し、司令?」

「……ん、大丈夫よ。はぁ、時の流れって無情ね。でも、亀山君は知ってるんじゃない? 何と言っても、小説家志望なんだし」

 舞は顔を上げ、歩に期待の眼差しを向ける。歩は指先で頬を掻いた。

「……えっと、何のブームですか?」

「そうそう、それを言ってなかったわね!」

 舞はぱんと両手を合わせ、口を開いた。

「異世界転移よ。あの頃凄かったじゃない? 猫も杓子も異世界、異世界って」

「まぁ、確かに……」

 歩は二十年前……中学時代を思い返す。当時、それほど本が好きというわけでもなかった歩でも、書店やネットに異世界という言葉が溢れていることは知っていた。

「あの……いせかいてんいって、なんですか?」

 おずおずと手を上げる凛音に、舞は肯いて見せる。

「異世界転移っていうのはね、何の取り柄もない少年や少女が、ある日突然、こことは異なる世界……つまり、異世界に転移して大活躍! ……そんなお話のことよ。他にも転生……異世界に生まれ変わって、というパターンのもあったわね」

「お話……フィクションってことですか?」

「そうね。でも、本当に異世界へ行った人もいるわよ?」

 事も無げに言い放つ舞。これには、凛音だけでなく歩も目を点にした。そんな二人の反応を見て、舞はくすりと笑う。

「もちろん、お話はお話。ただ、それが大量に生み出されたということは、意識的にも無意識的にも、大勢の人達がそれを求めていたということ。……よっぽど居心地が悪かったのね。自分の境遇……この世界が」

「えっと……フィクションの話、ですよね?」

 凛音の問いに、舞は目配せで応える。

「言ったでしょ? 本当に異世界へ行った人もいるって。ただ、ちょっとややこしい話なんだけど……異世界は異世界じゃなかったのよね」

「えっ?」

「異世界とは言っても、異なる次元だとか、異なる宇宙だとか、異なる時間だとかいう話ではないのよ。同じ次元、同じ宇宙、同じ時間……つまり、別の惑星だったというわけ。だから、異世界じゃなくて異界なのよ」

「異星……あっ! 異星人!」

 声を上げる凛音に、舞はぱちんと指を鳴らした。

「ご明察……と、その話に入ってもいいんだけど、もうちょっとこの世界についても話しておくわね。ざっくり言うと、当時の日本には異世界へ行きたいと思う人が大勢いて、中には本当に異世界へ行った人もいたの。そして、そのまま異世界で暮らす人もいれば、この世界に戻ってきた人もいる……異世界の技術と一緒にね」

「……リッター?」

 歩の言葉に、舞は肯く。

「そう。リッターにゾルダート……全て異世界の技術、魔法のたまものよ」

「魔法、ですか?」

「異世界に魔法はつきものでしょ?」

 舞にそう言われ、歩は渋い顔。凛音は「魔法かぁ」と、小首を傾げた。

「……でも、何だか魔法っぽくないですよね?」

「それにも事情があってね。そもそも、魔法はあらゆる技術の到達点なのよ。ところが、この地球では方向性がずれちゃって……錬金術も最初は良かったんだけど、魔女狩りもあったしね……ともあれ、『疑似魔法』が主流になってしまったのよ」

「ぎじまほう?」

 凛音は目をぱちくりした。

「魔法のような力を誰でも使えるように……それが科学よ。魔法を使うには才能が必要だけど、電化製品を使うのに才能はいらない。そこが大きな違いね」

「才能……」

 歩の言葉に、舞は再び肯く。

「そう、才能。使い手が限られる分、魔法の力は科学とは比べものにならないぐらい強大よ。魔法のような力では、決して対抗できない。だから、魔法の力を誰でも使えるように……というのが、ミコが研究している『魔科学』なの。STWの兵器がそれで、魔法っぽくない理由もそれ。まだ誰でも……とはいかないけれど、一定の魔力を持つ人間なら扱えるレベルにはなってきたわ」

「魔法に魔力……何だか、ファンタジーですね?」

 凛音の感想に、舞はくすりと笑った。

「全くね。でも、宇宙規模で考えたら。ファンタジーの方が主流なのよ? 魔力を持つ者が排斥され、魔力を持たない者が栄えているなんて……私が知る限り、この世界ただ一つだけなんだから」

「へぇ……あれ? さっきの話からすると、私にも魔力があるんですか?」

 凛音が自分を指さすと、舞は肯いた。

「もちろんよ。そうじゃないと、リオン・ハートは扱えないわ」

「……じゃあ、私って、もしかして、魔法少女なんですか?」

「ある意味ではね。まぁ、魔力があると言っても、漫画やアニメみたいな魔法が自由に使えるってほどではないんだけれどね」

「あ、そうなんですね……」

 しゅんとする凛音を見て、歩は眉をひそめる。……魔法、使いたかったのか。

「がっかりすることはないわ。魔力があるってだけで、相当なんだから。でも……そうね、亀山君ぐらいの魔力があれば……」

「お、俺?」

 歩が自分を指さすと、舞は肯いた。

「そうよ。有り体に言うと、君にはパイロットの才能があるんじゃない。魔力を持っているのよ。それも、とてつもない程のね。タレントだって、本来は魔力の性質のことなのよ。それをこの世界の判断基準に合わせて調整したのが、ライブラ・アプリってわけ。だから、異世界風に言えば……君は魔法使いね」

「ま、魔法使い!?」

 歩は素っ頓狂な声を上げた。凛音は歩をまじまじと見詰める。

「……先生って、魔法使いだったんですか?」

「そ、そんな、俺、魔法なんて――」

「でしょうね。君は魔力は持っていても、操る術を持っていないんだから。でも、今の君にはリッターがある。リッターは搭乗者の魔力に応じて力を発揮する兵器よ。異世界ではポピュラーなんだけど、魔力を持たない人間には扱えない。和馬は僅かに魔力を持っているから、何とか動かせるんだけど……足りない部分はリッター側、ランスロットに改良を加えて補っている感じね。一方で、アーサーにはほとんど手が加えられていない……つまり、異世界標準なの。それを操れる人間がこの世界に存在しているなんて……奇跡としか言いようがないわ」

「……先生って、凄かったんですね」

「全然、実感ないけどな」

「……いいなぁ。私は、落ちこぼれの魔法少女だもん」

「落ちこぼれって、君は軍師だろ?」

「そうだった! 司令、私のタレント、異世界風に言うとどうなるんですか?」

「予言者よ」

「……よげんしゃ?」

 首を傾げる凛音。歩はまじまじと凛音を見詰めた。 

「予言者って……あの、ノストラダムスとかの?」

「また古いのを……まぁ、でも系統としてはそうよ」

「よげんって、ああ、あの予言ですか! そ、そんな! 私、未来なんて……」

 凛音は首と手を激しく横に振った。

「だから、系統としては、ね。予知能力……と言った方が近いかも」

「予知だって、そんな――」

「あら? いつも使ってるじゃない?」

「へ?」

「ゲームよ。リオン・ハートのね」

「……あれが、何で予知なんですか?」

「君は自覚してないでしょうけど、あれ、完全に無理ゲーよ? 人間離れした動体視力と反射神経がなければ、見てから反応することなんてできないんだから」

「……確かに」

 歩は肯き、かつて体験した練習モードを思い返した。一番簡単であれなら、実戦だと一体どれほどの難易度だというのか……考えるだけでも、頭が痛くなってくる。

「つまりね、君は次に何が来るかが見えているからこそ、対応できるのよ」

「私、そんなことしているつもりは――」

「そりゃそうよ。凛音にしても、亀山君にしても、それが普通、当たり前のことなんだから。才能なんてものはね、客観的に見ないと分からないものよ?」

 舞は凛音と歩の顔を見比べる。

「……この際だから言っておくわ。STWは少人数だけど、別に予算がないとか、けちってるわけじゃないのよ? 世界を救うに足る才能を持っているのが、世界中にこれだけしかいないということなの。君達はもちろん、晋太郎に啓介、和馬だって、才能のない人間がいくら束になっても敵わないほどの力を持っているからこそ、ここにいるの。……戦いはシビアなのよ。努力や精神論は通用しない。選ばれなかった者には、戦う機会すら与えられないというわけ」

 舞の迫力に、凛音と歩は言葉も出なかった。舞は「こほん」と咳払い。

「……そろそろ、異星人の話をするわね。凛音が言った通り、異星人は異星界人のことよ。……ややこしいから、以後は異星人で統一するわね。異星人はこの世界の人間よりも遙かに優れた存在だと言っていいわ。……そうね、ファンタジー風に言えば、エルフが一番近いかしら?」

「エルフって、あの耳が長くて、美人の?」

 凛音は自分の耳を引っ張りながら、思い返す。

「でも、あの子……エクセリアちゃんの耳は、長くなかったですよ?」

「例えばの話よ。永遠にも等しい命に、卓越した魔力……この宇宙の支配者ともいえる存在が、こんな魔法もろくに使えない世界に興味を持つはずはないのだけれど……どこの世界にも、変わり者はいるようね」

「……確かに、先生のファンってぐらいですから」

「どういう意味だよ?」

 歩の突っ込みに、凛音は目を逸らした。そして「あっ」と声を上げる。

「そういえば……あの子が読んだ作品って、世界征服大冒険でしたよね?」

「そうだ……って、俺のせいだっていうのか! あ、あれ読まれたの、先月だぞ?」

「そうね。亀山君の作品は関係ない。関係があるとすれば、別の作品でしょうね」

「別の? ……ま、まさか、黒猫物語が!」

 青ざめた凛音の顔を見ながら、舞は首を振った。

「……さっき、異世界から魔法を持ち帰ったって話をしたでしょ? 当然その逆……この世界から異世界に持ち込まれたものもあるわけよ」

「えっと、科学ですか?」

「それも一つね。魔力を持たない人達には歓迎されたみたいだけど……それよりも、日本のお家芸が好評みたいよ? 小説、漫画、映画、ゲーム、アニメ――」

「そんな! そんなものがきっかけで、世界征服を?」

 驚く凛音に、歩は半目を向ける。……真っ先に、俺の作品を疑ったよな、君?

「恐らくね。というか、それぐらいしか世界征服なんて発想、出てこないわよ。世界征服なんて、本当にやるとなったら割に合わない、空想の産物なんだから」

「……世界征服って、具体的には何をするのか、よく分かりませんもんね」

「多分、彼女もよく分かってないんじゃないかしら?」

「じゃあ、何で世界征服なんて――」

「夢は理屈じゃない」

 歩の言葉に、凛音と舞が揃って振り向く。歩はぎょっとして目を逸らした。

「あ、いや、そんな気がして……」

「そうね、夢は理屈じゃないわね」

 舞はそう言って微笑み、凛音も肯いた。歩は「こほん」と咳払い。

「……話を聞く限り、異星人はとんでもないですが……勝ち目はあるんですか?」

「ないわよ」

 舞はきっぱりと言い放った。歩と凛音は目をぱちくり。歩は改めて口を開いた。

「な、ないんですか?」

「ええ。勝率はどう計算しても0%。一億回戦っても、一億回負けるわ」

「……じゃあ、どうして、今まで無事だったんですか?」

「もちろん、敵が手加減しているからよ」

「手加減、ですか?」

「敵の技術……魔法なら、この世界を一瞬で消滅させるなんて造作もないことよ。今までそうなっていないのは単に敵の……お嬢様のこだわりじゃないかしら?」

「どう……するんですか?」

「どうしようもないわ。それに、全く希望がないわけじゃない」

「希望?」

「お嬢様が心変わりをして、世界征服を断念してくれること」

「そんなわけ――」

「ないって? でも、戦って勝つより可能性はあるわ。乙女心は気まぐれだから」

 歩は口をへの字に曲げて黙り込む。凛音は眼鏡をいじりながら、溜息をついた。

「……何だか、絶望的ですね」

「あら、そうかしら?」

「だって……何をどうしても、世界は救えないってことじゃないですか?」

「その可能性は高いわね。でも、世界の命運なんてそんなものよ?」

「え……」

「たとえお嬢様が世界征服を断念したからといって、世界の安寧が約束されるわけじゃない。隕石が衝突するかもしれないし、数十億年後には太陽が寿命を迎えるし……そこまで大げさにしなくたって、地震、津波、戦争、病……世界が滅びる可能性は常にある。それでも、私達はやれるだけのことやるしかない。いつその時が来ても、後悔しないようにね。それが、生きるってことよ」

「やれるだけのこと……」

 歩は呟く。舞は歩をじっと見詰めながら、口を開いた。

「……もう一つ、希望があったわね」

「な、なんですか!」

 声を上げる凛音。

「それは――」

「俺、ですよね?」

 凛音と舞の視線が、歩に集まる。

「俺は……」


 ――夜。

 歩は凛音にコメットでアパートまで送って貰う。その道中、二人は終始無言だったが……着陸後、歩は凛音に向かって口を開いた。

「俺は、最低だな」

 凛音はコメットの柄を強く握り、歩を見返す。

「俺はSTWに入る……そう言うべきだった。あれがきっと、最後の機会だから」

「先生……」

「……正直、神楽さんの話は突拍子もなかったと思う。異世界転移に魔法使い、果てはエルフだもんな。でも、その真偽はともかく、この世界が脅威に晒されていること、それを救えるのが限られた人間であること、そして、何の因果か俺がその一人だということはよく分かった。それでも、俺は――」

「私は、最低だなんて思いません」

 凛音はじっと歩を見上げる。

「先生、言ったじゃないですか? 一人に背負えるものじゃないし、背負わせていいものじゃないって。それは、先生だって同じです。だから、最低なんかじゃない」

「……ずっとSTWに勧誘していた君が、それを言うか?」

「……そ、そうですよね。あは、うっかりしてました」

 凛音はこつんと、自分の頭に拳を当てる。歩はそれを見て小さく笑った。

「……ありがとう。その、気をつけて」

「あ、はい! えっと、おやすみなさい!」

 凛音はいそいそとコメットにまたがり、夜空へと舞い上がった。ステルス機能で、その姿がすぐに見えなくなる。

 あれも、魔法なんだよな……歩は夜空を見上げて思う。

 ――俺は、どうするべきなんだろうか。歩はしばらく立ち尽くしていたが、くしゃみと共に我に返った。日が沈んでからは、随分と肌寒い。夏の終わり。

 鍵を外し、扉を開けて家に入る。すると、歩は口を塞がれ、目隠しをされ、首筋にちくりと鋭い痛みを感じた。……意識が、途切れる。

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