第十章 仙薬昔ばなし


 王くんは『抱朴子 仙薬』にある、仙薬にまつわる古代の逸話を現代語で分かりやすく語ってくれた。このなかに漢方ビジネスのヒントが隠されているというのだ。

 以下、王君の語る「仙薬昔ばなし」だ。


 河南の南陽・れき(郦=麗にオオザト)県山中に甘谷水という、甘い谷水の流れる川がありました。谷水が甘いのは、上流にきれいな菊が生えていて、その甘い花びらが散って谷川に落ちるからです。付近に住む村人は井戸を掘らず、みな谷川の水を飲んでいました。

 早死にをする人はほとんどなく、八、九十才はふつうで、高齢者では百四、五十才という人もめずらしくありません。長寿の秘訣は、この甘い谷川の水を飲んでいるおかげだと、近在でももっぱらの評判でした。

 南陽の太守として新たに赴任してくる高官は、この評判を聞き、みな郦県に頼んで、この甘い谷水を毎月四十石送らせ、飲食用に使っておりました。おかげで他の任地で悩まされたしびれや目眩めまいがすっかりよくなり、大いに感謝されたものでした。ですが、やはり生まれたときからこの水を利用している村人の無病息災、延年長寿にはかないません。当地を離れたとたん持病が再発し、悩まされるため、再赴任を願う高官が列をなしていた、という時代もありました。

 ところが近年、この谷川の水を取寄せてまで利用する人が、めっきり少なくなりました。谷の両側を彩る菊の花が、以前ほど美しく咲かなくなったからです。かわりに無名の菊が人知れず咲いては、ひっそりと花びらを谷川に散らせていました。

 谷川の水を利用しつづける村人は、毎年長寿記録を塗り替えています。見た目の美醜にかかわりなく、菊は同じ菊です。谷川の水の味はすこしもかわらず、効能もかわっていません。ものごとを表面でしか見ようとしない人たちが、勝手に興味を失って、評価をかえただけのことです。たとえ菊花の見た目は劣っても、菊の根茎枝葉は何百年のあいだすこしもかわらず、同じ効能を村人にもたらしてくれているのです。


 葛洪の遠祖に鴻臚こうりょ少卿しょうきょうという人があり、かつて臨沅りんげんの令を務めていましたが、この県にりょう氏があり、代々、百歳、八、九十歳と長寿を保っておりました。ところがよその土地へ移ったばあい、その子孫はほとんど夭折しています。またべつの人が、寥氏のもとの場所に住んでいますが、やはり長寿です。なぜでしょう? 原因はその家の井戸水にありました。水が赤いのです。

 ためしにその井戸の左右を掘ってみると、むかしの人が埋めた丹砂が数十石出てきました。そこでこの丹砂を取り出し、近くの泉に埋めてその水を飲んだところ、早死にする人がいなくなり、みな長寿を得ることができたのです。丹砂の効果は抜群です。ましてや丹砂を円く煉ってこれを飲めば、さらなる効用が期待できるのです。


 山西省上党に、趙瞿ちょうくという人がいました。長く癩病らいびょう(ハンセン氏病)を患い、さまざまな治療を施しましたが治らず、死に瀕していました。家族はもうもたないだろうと思い、生きたまま棄ててしまいました。でもそのあとで考え直し、食料を運んで山中の穴のなかに移しました。

 趙瞿はじぶんの不幸を怨み、昼夜悲嘆し泣いているうちに月日がたち、運勢が変化してきたのです。ある奇特な仙人がいて、かれを哀れみ、いたわってくれたからです。趙瞿はその人が異能者なのを知り、頭を下げて説明し、憐れみを乞いました。すると仙人は一袋の薬を与え、飲み方を教えてくれました。趙瞿はこの薬を百日ばかり飲んでみました。すると、かさはすべて癒え、顔色がよくなり、皮膚や肌もつやつやしてきたではありませんか。

 やがて、ふたたび仙人が訪れました。趙瞿は受けた恩を感謝し、なんの薬か聞いてみました。すると仙人は、「これは松脂まつやにじゃ。山中ではたくさん採れるからこれを採って、練り合わせて飲めば長生きして、死ぬことはなくなる」と教えてくれました。

 回復した趙瞿は、家に帰りました。家人は、はじめ幽霊かと思って、みな仰天しました。その後、趙瞿は長いこと松脂を服用しつづけました。からだは軽快で、気力が充実し、険しい山越えをしても疲れることがなかったのです。

 百七十歳になっても歯は抜け落ちず、白髪もありません。ただ夜、床に就くと、部屋に大きな鏡のような光(発光体)があらわれるのです。でもまわりの人に聞いても、みな見えないといいます。それは趙瞿にしか見えない、不思議な発光体だったのです。

 やがて光はだんだん大きくなって、部屋中を真昼のように照らしました。ある夜、顔の上にふたりの女性が現れたのです。からだの大きさは二、三寸、姿かたちは整っています。ただとても小さくて、趙瞿の口と鼻のあいだで遊んでいるのです。こんなことが一年もつづくうち、この女性らはしだいに大きくなって、趙瞿のそばにいるようになりましたが、琴瑟きんしつの音を聞いては、楽しげに笑うばかりでした。こうして趙瞿は人界にいて三百年たちましたが、こどものような色つやだったといいます。やがて抱犢山ほうとくさんに入り、地仙となりました。趙瞿が松脂を服して仙人となったことを知った人々は競ってこれを服用したということです。


 漢の成帝のころ、ひとりの狩人が終南山の山中で、裸で全身黒い毛で覆われている人間らしきけものを見つけました。狩人は生け捕ろうと思って追いかけましたが、そのけものは堀を越え、谷を駆け、飛ぶようにして逃げ去ってしまいました。その足の速さには、とうてい追いつけません。そこで、ひそかに後をつけて、棲家をつきとめておきました。やがて日をかえ、大勢でとり囲み、ようやく捕まえるのに成功したのです。そして、よくよく見ると、それはひとりの女でした。問いただすと、こう答えました。

「私はもともと秦の宮殿に仕えておりましたが、敵である関東の賊に占領され、秦王は降服し、宮殿も焼け落ちてしまいました。わたしは驚いて山中に逃げ込みました。山中では食べる物もなく、餓死寸前のところ、ひとりの老人があらわれ、松葉と松の実は食べることができると教えてくれました。はじめは苦くて渋く、食べづらかったのですが、だんだん慣れてくるようになり、やがて、餓えや渇きを感じなくなり、冬も凍えず、夏も暑さを感じなくなりました」

 この話からすると、女は秦王子嬰しえいに仕えていたらしい。とするとこの女、二百歳となるではありませんか。狩人はこの女を連れて帰り、穀物の飯を食べさせてみました。最初は匂いをかぐだけで嘔吐していましたが、しだいに慣れて食べられるようになりました。

 二年ほどたつと、女の全身を覆っていた黒い毛はすっかり抜け落ち、やがて老衰で死んでしまいました。この女、山中で狩人と出会わなかったら、仙人となってずっと生きつづけていただろうにと、人々は噂しあったということです。


 南陽にいた文氏という人の話です。

 文氏の先祖が漢末の大乱に山中に逃れ、飢えて死のうとしたとき、山中に棲む地仙が、ジュツを食べることを教えてくれました。朮というのは、おけらとも、もちあわともいいますが、山薊やまあざみあるいは山精の名もあります。香りの高いよもぎの一種ともいわれます。

 ともあれ文氏の先祖はその後も朮を食べつづけ、山中に隠れ住んで数十年たちましたが、ついに飢えて死ぬことなく、無事に故郷へ帰ることができたのです。帰ったときの様子ですが、顔色もよく、以前よりも若々しく見え、気力も充実していたということです。

 山中では、サルやリスなど動物たちと一緒に身軽に飛び跳ね、険しい坂を駆け下りたり、高山をよじ登ったりしていましたが、すこしも疲れず、冬の氷雪のなかでも寒さ知らずで動き回っていましたから、元気なのはとうぜんだろうと本人は思っていました。

 あるとき高山からさらに高い岸壁を仰ぐと、仙人たちが双六遊びに興じていました。たまたま本を読んでいた仙人が文氏を見かけ、仲間の仙人たちに、あの男をここへ呼んでやろうかともちかけましたが、双六に夢中な仙人たちは「だめだめ、まだその資格はない」と見向きもしません。声がかかれば仙人になれる一歩手前のところでした。チャンスを逃した文氏は、悄然として山を下りたのです。

 しかし数十年のあいだ朮を食べつづけたおかげで、文氏は仙人にはなれないまでも、不老を実証し、長生の可能性を持ち帰りました。

 識者はこれを、「朮の賜物だろう」といいました。それを聞いた郷里の人々は、こぞって山中に分け入り、朮を取り合ったということです。


 王君の語る「仙薬昔ばなし」が、終った。

 現代に生かし得る「漢方ビジネス」のヒントが連想できれば幸いだが、どうだろう。


 ここに、はなはだ煩雑ではあるが、『抱朴子』に記される仙薬の一部を示し、薬効あるいは形状の特性を確認しておきたい。

 とはいっても、もともとわたくしごときのよくなしうるところではないので、文中に説明のないものは独断で省いた。また記載はあっても難解であるので、調合したり練ったりする処方には言及しない。それでもなお複雑さは残るが、王くんの漢方ビジネスの背景をご理解いただくための便宜なので、しばしお許しを賜わり、ざっと見渡していただきたい。


 仙薬の序列は『抱朴子 仙薬』の記載にしたがい、最上薬と目される丹砂から順にスタートするが、当の本文自体、途中から列外も登場したりして、順序が怪しくなっているので、序列にはあまりこだわらず、無作為の列挙と思っていただいてけっこうだ。

 少なくとも筆頭に掲げた丹砂・黄金・白銀、この三薬以下の序列は、薬効の程度とはあまり関係がないようだ。


 丹砂・・・・硫化水銀。錬成して金に変化させる。鮮紅色を呈するから丹(赤色・朱  

色)なのだ。金とあわせて金丹を作る。金丹を服すと、不老不死となる。飛行可。

 黄金・・・・丹砂に次ぐ。

 白銀・・・・黄金に次ぐ。

 五芝・・・・石芝・木芝・草芝・肉芝・菌芝をいう。各百四種あり。

 石芝・・・・千年、万年の長寿を得る。

 石象芝・・・・千年、万年の長寿を得る。闇夜に光を発する。

 玉脂芝・・・・千年の長寿を得る。

 七明九光芝・・・・千年の長寿を得る。からだが発光、闇夜でも書物が読める。

 石蜜芝・・・・万年の長寿を得る。

 石桂英芝・・・・千年の長寿を得る。

 石中黄子・・・・万年の長寿を得る。

 石脳芝・・・・五色の光明あり。千年の長寿を得る。

 石硫黄芝盧・・・・長生富貴を得る。

 石硫丹・・・・丸薬・散薬いずれにても可。

 木芝

 木威喜芝・・・・闇に発光あり。滑らかにして焼くに燃えず。三千年の長寿を得る。

 射干=檜扇ひおうぎ・・・・根汁を足に塗れば水の上を歩け、鼻に塗れば水中に留まれる。身に塗れば穏形(姿消え)、拭えば姿現る。病に薬効あり。

 日飛節芝・・・・松樹の枝三千歳なるは、五百年の長寿を得る。

 樊桃芝はんとうし・・・・五千年の長寿を得る。

 参成芝・・・・赤色にして光あり。

 木渠芝・・・・蓮花に似る。味は甘辛。

 建木芝・・・・三芝を服せば白日天に昇る。

 黄盧子、尋木華、元液華・・・・千年の長寿を得る。

 黄檗壇芝おうばくだんし・・・地仙となって不死を得る。

 草芝

 独揺芝・・・・千年の長寿を得る。根を持つと姿が消える。

 牛角芝・・・・千年の長寿を得る。

 龍仙芝・・・・千年の長寿を得る。

 麻母芝・・・・麻に似て茎赤色。

 紫珠芝・・・・花黄にして、葉赤く、実は紫色。

 白符芝・・・・梅に似る。大雪をもって花咲き、季冬実る。

 朱草芝・・・・九曲し。曲ごと三葉、葉ごと三実つける。

 五徳芝・・・・形楼殿に似る。茎は方形、葉は五色を兼ねる。

 龍衔芝りゅうかんし・・・・千年、二千年の長寿を得る。

 肉芝

 万歳の蟾蜍ひきがえる・・・・陰干し百日、弓弩の矢かえって射手を射る。

 千歳の蝙蝠こうもり・・・・陰干し、粉末を服せば、万年の長寿を得る。

 千歳の霊亀・・・・千年の長寿を得る。これを服せば仙となる。

 風母獣・・・・五百年の長寿を得る。

 千歳の燕・・・・五百年の長寿を得る。

 菌芝・・・・服すれば昇仙、中なるは幾千年、下なるは千年。

 五玉・・・・玉を服すると、身は軽く宙を飛ぶ。水に濡れず、火に焼けず、体を切っても傷つかず、百毒障りなし。飛行長生可。蒼玉・赤玉・黄玉・白玉・玄玉の五種あり。

 真珠・・・・食を断ってこれを服せば、死せずして長生する。

 雲母・・・・一年服すれば百病除く。三年服すれば童子となる。五年欠かさざれば、鬼神を使役し、火にも焼けず、水にも濡れず、棘を踏んで肌を傷つけない。飛行長生可。雲英・雲珠・雲液・雲母・雲沙の五種あり。

 雄黄・・・・百病失せ長寿、髪黒く歯生いかわる。飛行長生可。

 太乙禹餘糧・・・・飛行長生可。

 石中黄子・・・・万年の長寿を得る。

 石脳・・・・千年の長寿を得る。

 石硫黄・・・・長生・富貴を得る。

 曽青そうせい・・・・飛行長生可。銅精、色きわめて青し。

 松柏脂まつやに・・・・服すると長寿を得る。百歳超え、歯は健康で髪黒し。

 茯苓ぶくりょう・・・・任子季は、茯苓を服すること十八年にして、仙人玉女をしたがわせ、神出鬼没で、穀物を口にしなかった。灸の痕は消え、顔やからだはつや光していた。

 地黄・・・・楚文子は、地黄を服すること八年にして、真夜中でもものが見えたから、車上で弩弓を引くことができた。

麦門冬木ばくもんとうぼく・・・・根を薬用にする。禹餘糧の称あり。

 桂・・・・・・七年にして水上を歩行し、長生して不死を得る。趙他子は、桂を服すること十六年にして、色玉女のごとく、水に入っても濡れず、火に入っても焼けなかった。

 巨勝(黒胡麻)・・・不老に効果あり。中風、老化を防ぐ。

 桃膠とうこう・・・・百病癒え、身軽くなる。闇夜でも身体が光る。

 柠木実・・・・餌して一年、老者も若きに還る。昔、道士梁須は歳七十、服してさらに若く、歳百四十、夜に書し、奔馬を御す。青龍山に入りて去る。

 槐子えんじゅのみ・・・・久しく服すれば、脳を補い、髪黒く、長生せり。

 玄中蔓げんちゅうまん・・・・延命に効あり。

 方楚・・・・延命に効あり。

 飛廉ひれん・・・・延命に効あり。

 澤瀉たくしゃ・・・・延命に効あり。

 黄蓮・・・・延命に効あり。清熱燥湿、消炎・抗菌・解熱・鎮静・炎症性の滲出を抑制・腸胃に適する。

 石韋せきい・・・・隠花植物、山地に自生。

 楮実こうぞのみ・・・・製紙原料。楊梅のように蜜漬けで食す。薬用に効。

 象柴・・・・純廬・仙人杖・西王母杖・天精・却老・地骨・苟杞みな象柴の別名。苟杞は服せば、身を軽くし、気を益す。

 天門冬・・・・杜子微は、天門冬を服し、十八人の妾を囲って、子は百三十人いた。毎日三百里歩くことができた。辟穀してこれを百日服すれば、みな丁壮わかものとなる。朮・黄精に倍する。地門冬・莚門冬・顛棘・淫羊食・管松は、みな天門冬の別名。淫羊食は淫羊藿いんようかくのことか。補腎壮陽・強筋骨・祛風湿に効用顕著。

 じゅつ(おけら)・・・・林子明は、朮を服すること十一年にして、耳の長さが五寸になり、身軽に飛ぶように駆け、深い谷間の二丈ばかりの空間を跳躍することができた。

 黄精・・・・十年服すれば長寿を益す。花・実・根の順に服して効果あり。白及はくきゅう菟竹とちく・救窮・垂珠は、みな黄精の別名。

 菖蒲しょうぶ・・・・韓終は、菖蒲を服すること十三年にして、身に毛を生じ、冬肌脱ぎになっても寒さを感じなかった。毎日万言の書を読み、みな暗誦した。菖蒲は、石の上に生えた一寸九節の上質のものが良い。紫の花がついたものは最上だ。

 五味子ごみし・・・・移門子は、五味子を服すること十六年にして、その色は玉女のようで、水に入っても濡れず、火にあぶっても焼けなかった。

 遠志おんじ・・・・陵陽子仲は、遠志を服すること二十年、子三十七人。一度眼を通した書物の内容は二度と忘れることがなかった。

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