第6話 メリー・クリスマス

(いつからだろう、僕が自制心で他人想いになったのは?)

 ニックは昔のことを思い出していました。

 ニックが他人想いになったのは、自分自身の考えではありません。昔、大切な人に教えられたからです。

 ニックは、朦朧と思い出します。

『人には優しく、そして自分の嬉しさをわけてあげなさい』

 耳に強く残っていた言葉、それと同時にニックは優しく頭を撫でられたことを思い出していました。

(お爺ちゃん……)

 祖父が言ったことだとニックは思います。

 数年前、病で他界した祖父はニックにとって、嘘もつけない、つかないほどにに慕っていました。

 それは生前、祖父が健康状態で最後に交わしたしつけでした。



 ニック、希望。


 雪車は光を抜けやがて、雪と木と山がある場所に着きます。

 ニックは不思議な感覚でした。

 雪と木と山なのに寒さも暑さも感じず、風ですら強くも無風でもなくまるで春のような気持ちのいいそよ風が吹いていました。

「ここは?」

 サンタクロースが雪車をおり、続いてニックも降りました。

 雪も、冷たくも熱くもなく、更には体温程で溶けて濡れてしまう雪が溶けもせず濡れません。

 文字通り、不思議でした。

「私の世界だ。君とここで話したかったんだ」

 サンタクロースの赤い衣服が光に包まれ、やがて砕けたように散りました。

「本当は、君と昼間に会っている」

 ニックは既に知っていたような気がします。

 赤い衣服がなくなったサンタクロースは、昼間のホームレスのようなお爺さんでした。

「知ってた。そんな気がした」

 ニックは言いました。

「だろうな。君は私のことをサンタクロースやサンタと呼ばずに、お爺さんって読んでいたからな」

 サンタクロースは笑います。

「それで、お礼が言いたいんだ。マフラーと手袋をありがとう」

「そんなお礼なんていいよ。前も言ったけど、それはお爺さんのだ」

 ニックは首をブンブン降りました。

 ニックは、なぜかこの場所でお爺さんと話していると懐かしい気持ちになります。

「その事でまだ話したいことがある」

 お爺さんは、突然険しい顔になります。

「なに?」

 ニックは、そう聞き返しました。

「君の、その譲る思い遣りだ。それは君の本心か?」

 サンタクロースは問い詰めます。

 ニックも笑顔から一変して、真剣になります。

「そうだよ。僕が譲ることで他の人が幸せに思うなら、僕は……」

 幸せだよ。とはニックは言い切れませんでした。

 それは、ニックが心の何処かで偽っていたからです。

「……そうか」

 お爺さんは、見透かしたように頷きました。

「少年よ、聞いたことはあるか? 『人には優しく、そして嬉しさをわけてあげなさい』」

 お爺さんからの言葉でニックは、凍りつきます。

「お爺さん、どうしてそれを?」

 ニックは震えた声で言いました。

「本当は、ずっとずっと我慢していたんだろ?」

 その言葉でニックは、涙します。

 ニックは泣きたいわけではありませんが、ニックの心からの叫びが涙になり自然と溢れでました。

「よく今まで、耐えたな。私が間違いだった。幼い君に難しいことを言って、残して逝ってしまった」

 お爺さんにも、涙が流れています。

「……そうだよ……。僕はずっと我慢してた。皆がやりたくないことを自分からやって、それで皆がやりたくないことで不快じゃなくなくなるならいいって言い聞かせてた。最初は僕も嫌だったよ。面倒だし辛いしキツい。それでもって思った。

 でも、僕がやりたくないことをやってその間にみんなが楽しくしてるって思うと僕は切なくなった。本当は、他人が嬉しいから僕も嬉しくなるなんてこれっぽっちも思ってない。それでも最近は、羨ましいとか切ないとかも思わなくなって、僕のなかで何かが無くなってる気がして、それがただただ悲しかった」

 お爺さんはニックに近寄り、優しく頭を撫でました。

「本当に悪いことをした。君に難しいことを強いてしまった。『嬉しさをわけてあげなさい』と言ったが幼い君に、譲ってしまうことと伝えてしまった」

 ニックは、お爺さんに撫でられて昔のことを思い出したように感じます。

「幼い君には酷いことをした」

 何度も何度も涙を拭っても、涙は流れ続けました。

「私は、そんな君が気がかりで……心残りだった。だから改めて言わせて欲しい」

 お爺さんは、咳払いをしました。

「人には優しく、そして分かち合いなさい」

 ニックの耳に届きます。

 そして、ニックは理解します。

 人には優しく……それは変わらず、分かち合いなさい……苦しいときも楽しいときも皆で共有して理解を広める。と理解しました。

「わかったか?」

 お爺さんは聞きます。

「……うん!」

 ニックは顔をあげて、お爺さんの目を見て答えました。

「そうか……よかった。では少年よ、これが君へのプレゼントだ」

 お爺さん、サンタクロースは手を伸ばしました。

 そしてニックは、そのお爺さんの手に合わせるように硬く握手をしました。

 ニックもお爺さんも笑っています。

「さて、これでお別れだな」

 ニックへのプレゼントを渡すという役目を終えたお爺さんは、とうとうニックとのお別れがきます。

 ニックはその一言で寂しい想いになりました。

「達者でな、ニック」

「ちょっと待って……!」

 ニックの言葉も虚しく、お爺さんはニックのもとを去ります。

 ふかふかの雪に足跡を残してお爺さんは、森の奥へと消えていきます。

「待って、まだ話したいことが」

 ニックも後を追いますが、うまく一歩が進めません。

 お爺さんが一回り小さく遠くなる度に一歩、またその度に一歩と重い足取りでした。

 それでもニックは、力を振り絞り走ります。

「待って……お爺ちゃん!」

 ニックがお爺ちゃんと呼んだ瞬間です。

 まるで水面を歩いていたように次の一歩では、『ドボン』と水辺に落ちるようにニックは落ちていきます。

 頭から真下へゆらゆらとゆっくり落ちていきました。

「お休みニック、メリー・クリスマス」

 意識が遠退くニックに最後に耳に響いた言葉でした。

 メリー・クリスマス。

 さて、クリスマスの始まりです。

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