第5話 サイレントナイト
ニックはゆっくりと目を開け、雪車にいることを感じました。
「よくやったよ」
ニックはサンタクロースから、肩を叩かれ称賛されました。
「僕は、友達に希望を与えているのか?」
サンタクロースはなにも言わずに、次の場所へ催促しました。
ニックは不満げに、ベルを三回と手綱を一振りしました。
三人目、本。
目を開けたら、そこは不思議なことに前の二人とは違い、ニックにとっては見慣れていた光景と見慣れている子供が机につき熱心に難しい本を読んでいました。
「カルロ……」
ニックの友達でした。
ニックの友達、カルロは勤勉でクラスの成績はいつもトップでした。
クラスではいつも天才だの、優秀だの囃し立てられていました。
しかしカルロは、天才ではありません。その事は、ニックは誰よりも知っていました。
カルロは、誰よりも頭がいいのではなく誰よりも勉強をして努力する、人一倍いや人二倍の努力家なのです。
そして努力家だからこそ、自分は無力で弱者だと思い込むのです。
そんな彼も夢の中でさえ、難しい哲学書の前で泣いていたのです。
「わからない」
カルロは、一言だけ呟きました。
わかるわけもありません。哲学書には普段でさえ使わない単語、文法が用いられます。
そんな本、子供のカルロにもニックにも他の誰にもわかるわけがありませんでした。
「カルロ……もう、いいよ」
ニックの言葉は優しさで一杯でした。
「僕たちにそんな本、理解できるわけがない。僕たちは子供だ……子供がいくら背伸びしたって大人の言うことには理解できるわけがないんだ。なら、僕たちは僕たちなりの本で理解を深めて、それからステップアップして難しい本を読んだ方がいい。それからでも、大人になってからでも遅くはないはずだ!」
ニックの声は、カルロの家の書斎に響き渡りました。
カルロは、ゆっくりと顔をあげてニックの方を見て言いました。
「そうだね」
そうしてカルロはゆっくりと、パタンと難しく硬い本を閉じました。
ニックは安堵したように目を瞑り、そして目を開くとクリスマスツリーの前に立っていました。
「少年よ、彼には何をあげたんだ?」
サンタクロースは、雪車の上で首をかしげました。
ニックは笑うように言います。
「カルロには長く楽しめて、何度も読み返すことのできるひとつの冒険譚の小説を全集プレゼントしたんだ。カルロは何であんなに苦しいまでに勉強するかってのは、将来いろんなとこへ行きたいんだって。だから、カルロは勉強するんだ」
笑顔のニックを見てサンタクロースは、頷きました。
「そうか、それで勉強を……でもそれなら、なぜ夢には冒険家の姿じゃなかったんじゃろ?」
ニックはそれを聞くと、少し考えましたが思い付いたように表情は晴れやかになりました。
「冒険のために勉強をして、いつの間にか難しいことをわかるようになりたいって夢になったんじゃないか?」
「ああ、それで」
サンタクロースも納得したように笑いました。
ニックは、最後の最後でやっと希望を与えられたと充実感で一杯でした。
「お爺さん、今日はありがとう」
ニックはお礼を言うとサンタクロースは、首を傾げています。
「はてな……少年よ、まだ終わっとらんよ?」
「え?」
ニックのなかでは、クリスマスプレゼントに欲しいものを聞いた友達は、もういませんでした。
「少年よ、夜にいっしょにいた彼女は違うのか」
サンタクロースの言葉を聞いた瞬間、心臓に槍が突き刺さったように傷みました。
「それは……」
「仲間外れは、感心せん。いくぞ」
雪車は、ニックの拒否関係なく、大きな家の上空に止まりました。
「……ケイティー……」
ニックは、彼女の名前を呟き、そしてゆっくり目を閉じました。
ケイティー、……。
目を開くと、そこは見知らない場所で見知らない人々が行き交う場所でした。
しかし、ニックはそこがどの場所なのか予想がつかないほどに想像を遥かに越えた場所でした。
視界はぼやけ、まるで水中にいるみたいに息苦しい場所です。
赤と青の点灯が交互に点滅し、青になると人々は一斉に歩きだし四方へ行き交いながら歩いていきます。
ニックは、そんな入り乱れた場所をスクランブルと例えました。
青い光は、赤に変わりスクランブルの中心でブロンドの少女は、一人立ち尽くして俯いていました。
水中にいるようなぼやけた視点、スクランブルを待つ人々はぼやけていますが、少女だけはくっきりと、髪の毛一本一本まで見えていました。
「あれが彼女か……」
サンタクロースは少し困った顔をしています。
なんのプレゼントが欲しいかわからないのです。
「彼女には、プレゼントを配ることはできないんです。きっと、奇蹟が起きたとしても彼女の欲しいものは誰にも用意できないし、誰にも理解できないんです」
ニックは、少女を見つめて言いました。
「理解をしたら理解しただけ、彼女の願いを叶えるは無理でかえって、彼女を傷つけるだけ」
「その彼女の願いは?」
サンタクロースは、ニックにそう問いました。ニックは躊躇いながら言います。
「お父さんとお母さんに会いたい」
ケイティーの本当の家族は、両親共々、軍人でクリスマス・イブの今も国のために尽くしています。
なので、家を空けることが多く、ケイティーは身内の家で暮らしているのです。
しかし、身内のはずですが、ケイティーへの当たりが強いのです。
それでも、ケイティーは両親の帰りを信じて待ちます。
ですが、
「そんな願い、叶うはずがない。だって、ケイティーの両親はもう死んでるから」
ニックは、言いました。
「ケイティーは、多分知らない、知りたくもないはずだ。いつからかはよく覚えてない。ただ意識するようになったのは一年前、僕らの国は戦争はなかったけど少し前に隣国が戦争になってその援軍出兵にケイティーの両親が任命されて出ていった。それから暫くして、僕は見たんだ。今は、クリスマスツリーで隠れてるけどレンガの街にある平和記念碑にいつ彫られたかわからないけど、確かにケイティーの両親の名前が彫られていたんだ」
失ったものは二度とは、手に入らない。サンタクロースでさえ命を与えるこはできないのです。
「だから、お爺さん……ケイティーはプレゼントはないんだ。ケイティーに希望を与えるこは酷なことだ」
「それは違うぞ少年」
サンタクロースは強く否定しました。
「大切なものが手に入らないから、希望は与えられないというのは違う。なら、少年が彼女の希望になればいい」
ニックはきょとんとしました。
「でも、僕にはそんなこと……」
「少年よ、君は彼女の希望になれるさ。最初の一歩を教えようか、最初に彼女に本当のことを教えるべきだ」
ニックは唖然とサンタクロースを見つめます。
「少年は、優しい。だからこそ、彼女に本当のことを教えるのも優しさの一つだと思わないか?」
サンタクロースは、ブロンドの少女に目を向けます。
「彼女は、きっと苦しんでいる。これからもずっと苦しむことになる。だから少年、君が彼女を救うんだ」
サンタクロースは、ニックの背中を押します。
ニックは、赤い点灯を青になるのを待つ人々の視線を感じつつ一歩一歩と歩きだし、ケイティーの立つスクランブルの中心に恐る恐る向かいました。
「……お父さん、お母さん……会いたいよ」
小さく震えた声でブロンドの少女、ケイティーは怯えていました。
それもそのはず、ケイティーは赤い点灯が青になる度、行き交う人々にさらされます。
その度、前も後ろも右も左も行き交う人々は、幸せな家族で手を繋ぎケイティーの周りをぐるぐるとすれ違うのです。
それはケイティーにとって生き地獄のようでした。
「……会いたい……」
「ケイティー」
ニックの声にビクッと体を揺らして、震えながらニックの方へ向きます。
「ニッ……ク?」
ニックだとわかっても彼女はまだ震えています。
「謝りたいんだ……」
ニックは、息を吸い意を決しました。
「ごめんなさい! ケイティーが今も苦しんでるのに僕は、ケイティーの気持ちに応えれなくて。独り善がりでいつの間にか僕がケイティーを傷つけてた。だから、ごめんなさい」
ニックは頭を下げ、しばらくは頭を上げません。
謝ることは怖い、ニックはそう思いました。
ぽつぽつと地面に水滴が溢れ落ちるのを見ました。
ニックは顔をあげると、ブロンドの少女は大きな瞳から溢れんばかりの涙を流していました。
「私も謝らないと……」
ケイティーが小さく呟いた瞬間、赤い点灯が青に変わりまたスクランブルは、人が行き交い始めました。
「嫌ぁっ!」
ケイティーは、小さな叫びを漏らしました。
ニックはその叫びを聞き、咄嗟に彼女の手を掴み走り出しました。
「それで僕、決めたんだ……ケイティー、次に君を救う、ずっと! だから、君をここから連れ出すんだ。いくよ……!」
ニックは強く手を握りしめ、彼女を離さないと決めました。
やがて、スクランブルを抜けケイティーは落ち着きを取り戻しました。
そして、ニックはケイティーをぎゅっと抱きしめました。
「……次に会うとき、本当のことを話すよ」
そう耳打ちをして、ニックはゆっくりと目を閉じました。
目を開くとそこは、クリスマスツリーもなにもない部屋に立っていました。
ケイティーの家です。家族はケイティーを一人取り残し旅行にいくので、クリスマスツリーを家に出す必要はありません。
サンタクロースは、寂しそうと言わんばかりに悲しい顔をしていました。
「お爺さん、手紙とペンはある?」
ニックは冷静にそう言います。
「あるが、なぜ?」
サンタクロースは、聞き返します。
「やっぱり、ケイティーにはプレゼントはない。でも、伝えられる想いはある……と思うから」
サンタクロースは、無言で紙とペンを渡し、ニックはつらつらと想いを綴りました。
『To.Keyty』と書き、差出人は文中も便箋にも記載しませんでした。
そして、その手紙をケイティーの寝る寝室の扉へ挟み込みます。
「少し、寂しいな」
サンタクロースは、そういうと赤いリボンを取りだしニックに持たせました。
ニックは手紙にリボンを巻き付けました。
「お爺さん、行こう」
一言だけ言うと、ニックは目を瞑りました。
雪車の上であることを確認します。
「お爺さん、ありがとうね。多分、もうない体験だ」
ニックは、さよならと言わんばかりにお礼を言いました。
サンタクロースは、笑っています。
「さて、最後に……少年よ、君の願いは?」
ニックは言葉に詰まります。
ニックには、欲しいものはありません。
「ま、そうなるか。ならお礼に見せたいものがあるんだ。ついてきてはくれるか?」
サンタクロースは、言います。
「それなら、行きたい」
ニックは答えました。
サンタクロースは、ニッコリ笑うと、手綱を2回降りました。
すると、雪のような光は真っ直ぐ登るように道を作りました。
「少年よ、聞きたい。少年は、いつから自制心で他人想いになった?」
「……え?」
ニックは、サンタクロースの問にすぐに答えられず困惑します。
雪車は、少年の答えを待とうとはせずに発信しました。
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