第3話 イブ、きよしこの夜
ニックは、教会に入らずに讃美歌を外で少しだけ聞き、荊の道の先の家に帰りました。
「ただいま」
ニックが家の玄関先で言うと、ニックのお母さんは驚いてました。
「あら、讃美歌やってるはずなのに早かったね」
きっとニックは、今も讃美歌を聞いていると思ったのでしょう。
「讃美歌はよかったよ。でも、今年お母さん一人だし手伝おうかなと思って」
ニックのお母さんはため息をつき、苦笑いを浮かべました。
「それなら、薪をちょうだい。火力をあげたいから」
そうやってニックは、次から次へとお母さんのお手伝いをこなしました。
「そう言えば、今年は家族だけの晩餐?」
ニックはお皿をテーブルに並べるついでに、誰がいるのか確認をしようとしました。
「今年も、ケイティーちゃんが来るわよ」
「はいはい」
ニックは、自分の分の皿と家族の分にケイティーの分、合わせて5枚の皿をテーブルに並べました。
そして、晩餐の準備が終わりました。
「ただいま!」
妹、エミーの声がします。
「ただいま」
続いてニックのお父さんの声がしました。
「失礼します」
最後にケイティーの声が聞こえてきました。
「全員いるみたいだね。ニック出迎えお願い」
お母さんは、チキンを焦がさないように更に、冷まさないように絶妙な火加減で料理をしてるので手が話せません。
「はーい」
ニックは返事をして、玄関に向かいました。
「お帰りなさい」
お父さんとエミーに言います。
「ケイティー、さ、あがって」
ニックは、ケイティーの羽織っていたコートを持ち、晩餐のテーブルまでエスコートしていきます。
「ありがとう、ニック」
ケイティーは照れたように笑い、自分のブロンドの髪を手で解く仕草をしています。
晩餐の準備も、人も揃いました。
ニックの家の晩餐は、間もなくです。
ニックの家の晩餐は、いつものニックの家の晩ご飯と変わりはありません。
お父さんの仕事先での笑い話やお母さんの昔話、妹の学校や身近な出来事での話し。
「今日はね、讃美歌を歌ったんだ! それでね私、独唱したの!」
エミーはエッヘンと自慢を披露して、満足のいく顔をしています。
「二人ともよかったよ」
ニックが褒めると、エミーは照れたように笑い、ケイティーは少し驚いたような表情でした。
「うん、ありがとう」
エミーは、笑顔でそう言いました。
ケイティー少し寂しいような表情をしていました。
そうして、ニックの家の晩餐は盛り上がり、終わりました。
外は暗く寒い時間です。
ニックはケイティーを家まで送るため、二人で『荊の道』を歩いています。
「ニック、今年もありがとう」
夜道を二人で歩いているとケイティーは、改めてニックにお礼を言いました。
「別に構わないさ。それより、ケイティーがせっかくのクリスマスを楽しめないのが悲しいからね」
これからケイティーを送る先の家は、ケイティーの本当の家ではありません。
ケイティーの本当の家族は、両親共々、軍人でクリスマス・イブの今も国のために尽くしています。
なので、家を空けることが多く、ケイティーは身内の家で暮らしているのです。
しかし、身内のはずですが、ケイティーへの当たりが強く、クリスマスから年末年始の季節になると、ケイティーだけ差し置いて旅行へ行ってしまうのです。
「ねぇ、少し道、外れない?」
ケイティーは、荊の道を少し逸れた分かれ道で、静かな丘の方へと向かいました。
「そうしよう。マッチも蝋燭も余分にあるし」
コートのポケットにマッチ箱と蝋燭があることを確認して、ニックはケイティーの後を追いました。
静かな丘からは、農村やレンガの街を一望できます。
「ニック、この街や村っておかしいよね」
ケイティーは、深呼吸します。
ケイティーの話しは続きます。
「本当は『レンガの街』なんて本当の名前じゃないし、今通った『荊の道』でさえ本当は、名前のない道。なのに、ここの人たちは名前をつける。でも、本当のことなんて関係ない。名前ってその人たちの認識の方が大事じゃない? 私のお母さんのお母さんのそのまたお母さんよりずっと前から、名付けられたから今もこうやって、多くの人が『レンガの街』や『荊の道』を誰もが知っている」
ニックは、ケイティーの様子がおかしいことに気付きます。
「レンガの街は、戦争で街がなくなっても形が残るから街がレンガになって、荊の道は昔に魔女狩りがあって、荊の道は魔女の家までの道で……」
まるで、何かに怯えているようでした。
「ケイティー、どうしたの?」
「私もみんなと同じように、あの人たちが家族だって昨日も一昨日も、先週も先々週も、今月も先月も、今年も去年もずっとずっと思ってる……でも、私には無理だよ。私はみんなと同じように偽りを本当にすることなんてできない」
ケイティーの顔を見ることは、ニックにはできませんでした。
ニックは今のケイティーを見ると、罪深い罪悪感で耐えきれる自信がありませんでした。
「ケイティーは、自信を持った方が……」
ニックの慰めは、ケイティーにとって残酷に思えるほどに無責任な言葉でした。
「じゃあ、なんでニックはあの時、嘘付いたの?」
その質問にニックは、困りました。
「讃美歌を聞いて、エミーが独唱のときを話してたとき、二人ともよかったよって。なんで、嘘付いたの?」
「それは……」
ニックは返す言葉がありませんでした。
「今日、私、エミーと独唱できなかったし、してないの」
ニックは耳を疑いました。
ケイティーの手紙には、二人で謳うと書いていたからです。
なぜとニックは、聞く暇もなく、
「もういい。今日はここでいい。ニックはもう家に帰っていいよ」
と、ケイティーに言われて聞けなかったのです。
「ケイティー……でも」
女の子を一人で夜道を歩かせてはいけないと思いニックは、声をかけますが、
「ごめん。さよなら」
ニックは今の彼女をどうすることもできませんでした。
ニックは、蝋燭一本とマッチを三本、ケイティーの横に置きました。
「じゃあ、また……」
「……」
ニックの挨拶にケイティーは、返事をせずにずっと、夜空を見ていました。
ニックは、心配になりながらも荊の道の森林へと向かいます。
「……お父さん、お母さん……会いたいよ」
ケイティーの一言は、ニックにとって重く、苦しく、心臓がキュッと締め付けられる思いでした。
そして、ニックはケイティーになにもしてやれないまま帰路につきました。
暗がりの荊の道は、毎日通ってるニックでさえ少し怖いと感じるものでした。
大昔、ここには魔女が住んでおり魔女が魔女狩りから守るため、人を寄り付けないように森林を作りました。
魔女狩りをする人は、魔女の森林から恐怖と戦い道を作ったのです。
そして、その道こそが荊の道、ニックの家はまさにかつての魔女の家でした。
「昼間の少年」
ニックは突然、背後から声をかけられ驚きました。
「路地のお爺さん?」
後ろを向くと、昼間の路地にいたお爺さんがマフラーと手袋を持ってたっていました。
「招待状でお礼を言いたくてね。教会でもらったマフラーと手袋なんだが、やはりこれは君にと思ってね」
お爺さんは、ニックにマフラーと手袋を差し出しました。
それを見てニックは、暗い気持ちが少し軽くなったように少し笑いました。
「僕はいいよ。それに教会の人は、僕にじゃなくてお爺さんに渡したものだから、お爺さんが使うべきだよ。僕は家が近いし、きっと今、それが必要なのはお爺さんの方だよ」
「そうか、ありがとう。では、また夜に会おう」
お爺さんが、暗がりの荊の道へ消えていきました。
「メリークリスマス」
ニックはお爺さんを送るような言葉でした。
その後、ニックは家に帰り妹を寝かしつけ、自分もいつのまにか眠ってしまいました。
クリスマス・イブの夜、奇蹟が起こるのは少し後のことでした。
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