第34話 ルーツ

 師桐限は優秀な人間だった。

 きっと『ソクラテス』というライセンスが発現する前から、神に愛されていたのだろう。

 誰に教えられるわけでもなく、また訓練したわけでもなく。師桐は「意図」を読む力に優れていた。

 それは物や行動に込められた人の意思や思惑を感じ取る力。きっと大なり小なりすべての人が持っている力だ。

 例えば勉強。教科書からはその教科書の編集者の意図が、授業の小テストではその授業の先生の意図が読み取ることができた。だから師桐はその意図に沿うだけで簡単に秀才になることができた。

 例えばスポーツ。ルールからは最適な戦略が、練習法からはいわゆるコツのようなものを読み取ることができた。だから師桐はその意図に沿うだけで簡単にスポーツ万能だと思われることができた。

 人間関係に至ってはもっと簡単だった。相手が望む意図を返すだけで、師桐は誰からも好かれる人物像を作り出すことができた。

 もちろんどれもこれも多少の努力はしたが、他の人に比べてその労力はずっと小さいものだったに違いない。生まれつき何かを持っていたわけではない。実際に頭がいいわけでも、運動神経がいいわけでもない。ただ、周りがそう思っているだけ。そう思わせる要領がいいだけなのだ。

 初めに感じたのは中学生になってからのことだったか。ひょっとしたらもっと前から感じていたのかもしれない。師桐を天才だと思っている友達から、ある意図を感じるようになった。みんなをまとめてくれ、という意図だ。遊ぶ時はリーダーとして、クラスでは委員長として、学校では生徒会長として。師桐が人の上に立つことを多くの人が望んでいた。

 宗教の存在意義について師桐は考えたことがある。意義などそれこそ人と同じ数だけ存在するだろうがその一つとして、心の拠り所になる、というのがあるだろう。時には苦難に立ち向かう力をつけるために。時には人を殺す罪悪感から逃れるために。何かにすがりたい時、宗教を選ぶ人は少なくないはずだ。

 また人はコミュニティを形成する。村や州、国といった形で。それらは大抵が公平なコミュニティではない。つまり所属する人の間には上下関係がある。支配するものとされる者がいる。

 宗教とコミュニティ。この二つの例から、人間には絶対的なものに支配されたい、という欲があるのではと考えることができる。少なくとも師桐はそう考えた。多くの人は自分より優れた存在に支配されるのを望んでいる。師桐はそういう意図を読み取った。

 師桐に『ソクラテス』が発現した時、師桐は神の意図を感じた。お前こそが優れた人間なのだと。人の上に立てと。『ソクラテス』はきっと支配する側の人間だと神が認めた証、ライセンスなのだ。

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