第19話 Flash back

 一心地ついてから、弥生はさつきに事情を話した。

 芒雁に夢で助けられたことから始まり、生徒達が大勢眠りから覚めないこと。昨日見たお菓子の夢で、この事件の犯人と会ったこと。

 そして芒雁に言われたささいなことで、自分が制御できなくなったことも話した。

「弥生ちゃん。いくつか言いたいことがあるんだけど。どれから話せばいいかな……」

「いいよ。さつきの好きな順番で話して。私の話も聞いてくれたんだもん。全部聞くよ」

「え、と。じゃあフラッシュバックって言葉は知ってる?」

「フラッシュバック?」

 いきなり聞きなれない単語が飛び出す。聞いたことくらいはあるかもしれないが、弥生は詳しい意味までは知らなかった。

「この間の師桐先生の授業の続きの内容になるのかな。精神治療で過去の心の原因となった問題に触れた時に、当時の感情があふれ出して、患者がパニックになることがあるんだって」

「うん。今なら何となく想像つくかも」

 まるでさっきまでの自分だ。弥生は照れ臭そうに笑った。

「で、その精神治療で用いられる手法の一つに催眠療法ってのがあるの。患者に夢を見させて、そのその内容を語らせて患者の心を探る方法なんだって。夢の中だと人って心が案外無防備な状態なんだね」

「夢!?」

 またこのキーワードだ。自分は一体どれだけ夢に振り回されるのだろう。正直うんざりしてしまうほどだ。

「ここからは私の仮説なんだけど、弥生ちゃんも不思議な夢を見てるんだよね。きっとその中で無防備な弥生ちゃんの心に触れる出来事があったんじゃないかな? それできっと芒雁君にちょっと言われただけで、過敏に反応しちゃったんだと思うの」

「さつき。なんか何でもお見通しみたい」

 弥生はここ最近の自分を思い返してみる。ちょっとしたことでうろたえたり、我慢できなかったり。ちょうど芒雁に助けられた夢を見た頃から、自分を制御できないことが増えた気がする。

「もしくは弥生ちゃんが芒雁君のことが大好きだから、ちょっと嫌われただけですごいショックだったとか」

「……今、茶化す必要あった?」

 弥生はジトーっとさつきをにらむ。

「弥生は芒雁君のこと、好きじゃないの?」

 さつきの尋ね方は至って真面目だった。さつきが茶化そうとする気がないことが分かったので、弥生も真面目に返答した。

「うーん。さつきの言ってる好きとか、嫌いとかとは少し違う気がする。なんて言えばいいのかな。気になるというか、心配というか」

「そもそも弥生ちゃんが芒雁君の隠してること聞こうとして、芒雁君不機嫌になっちゃったんだよね?」

「そう。……アレ?」

 それってちょうど、今の私とさつきの関係と似ていることに弥生は気づく。あの時の芒雁の心情は、さっきまでの弥生と同じなのかもしれない。

「つまり芒雁君も本当の自分をさらけ出すのを恐れているってこと?」

「分からないけど。でもそうかもしれない」

 弥生は少し考えていたが、やがて決心したように頷いた。

「私、芒雁君に連絡してみる!」

 弥生は携帯を取り出し、アドレス帳を開いた所で重大なことに気づく。

「って私、芒雁君の連絡先知らないじゃん!」

 そのままさつきのベッドの上へ携帯を叩きつける。一人ボケツッコミ劇場だった。

 そんな弥生の様子を見てさつきは笑っていたが、何かを思い出したように、ポンと手を打った。

「そうだ。そんな弥生ちゃんにプレゼントがあるんだった」

 さつきはゴソゴソと自分のバッグを漁り、携帯を取り出すと、電源を入れて弥生にメールを送った。

 弥生がさつきからのメールを開くと、そこには芒雁の携帯の連絡先が書かれていた。

「さつき。何であんたが芒雁君の番号知ってるの!?」

「いやあ。親友の恋は応援してあげないといけないと思って、ね」

 さつきはシシシ、とさつきらしからぬ表情で笑った。まるで牡丹のハイエナモードの顔だ。

「だから私と芒雁君はそんなんじゃないって!」

 必死に否定するが、この場合の否定はむしろ逆効果である。

「分かった、分かった」

 そう言いながら、弥生の言葉がまったく耳に入っていないさつきだった。

「というかちょっと待って」

 さつきはいつ芒雁の連絡先を知ったのだろうか。弥生達の間で芒雁の話題が挙がったのは、師桐先生の特別授業をした日だ。そしてさつきはその次の日には学校を欠席している。つまりさつきが芒雁の連絡先を聞くチャンスはその日一日しかなかったことになる。

 行動に移すまでが信じられないど早い。

「なに?」

 さつきは純真そうな笑みを浮かべていた。こんな笑顔ができる女の子の行動力だろうか。

「い、いや。何でもない」

 できる女とはこういうことを言うのか。弥生は改めて勉強させられた気分だ。

「まあ、ありがたく使わせてもらうけどさあ」

 弥生は早速芒雁へ電話をかけようとする。

「あ、弥生ちゃん。病院内での携帯電話の使用は禁止だよ? かけるなら病院の外か、待合室でお願いします♪」

 ガクッ。コケそうになった勢いで、弥生は危うく携帯を落としそうになる。

「おわっ! ったったた!」

 すんでの所でキャッチし、一息ついてから電源を切った。

「てか、さつきだって私にメールを送ったじゃない? アレはいいの?」

 さつきは口に手をやりながら、驚いた顔で何度かパチパチとまばたきした。わざとらしい。確信的犯行なのは明らかだった。弥生は大きくため息をつく。もちろん本気で呆れたわけではない。

「それじゃあ、さつき。私はもう行くから」

 足早に病室から出ようとする弥生を、さつきが呼び止めた。

「あ、弥生ちゃん。もう一つ言いたいことがあるの。あのお菓子の夢なんだけど。実は私も同じ夢を見てるの」

「え! あ、そうか」

 さつきとはお菓子の夢で出会っている。あり得る話だ。弥生は即座に納得できた。

「さっき弥生ちゃん、この事件の犯人が誰か知りたがってたよね? 私、知ってるよ。誰の仕業なのか」

「ウソ! なんで?」

「夢の中で会ったもの」

「会ったって。そりゃ私も会ったけど真っ黒な影に化けてて、誰だか分からなかったって言ったじゃない」

「真っ黒な影? どういうこと。私には普通に見えてたよ?」

「それってどういう……、あ!」

 弥生は今朝の芒雁の話を思い出す。それと同時に、話を聞いた時感じた違和感の正体に気づいた。

 廃墟の夢での出来事を説明する時、芒雁はたしかに犯人は真っ黒い影で正体が分からなかったと言っていた。けれどもあの時弥生には犯人の正体が、影なんかではなくきちんと人として見えていた。たしかに逆光で顔は見えなかったけれど、芒雁の見えない理由とは大きく違っていたのだ。 芒雁との会話で感じた違和感の正体はこれだったのだ。

「どういうことなの。何か理由が……。と、とにかく誰だったの? その犯人は?」

「うん。弥生ちゃんも知ってる人だよ。それは……」

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