第16話 Profiling
「それで話は終わり? なんだか私が知っていることとあんまり変わらないような……」
弥生も立ち疲れたのか、芒雁のすぐ近くにあった段差に腰掛ける。
「だから言ったろ。俺も分からないことだらけだって」
芒雁は腕を組んだ状態でぴ、と右手の人差し指を立てる。
「でもいくつかのことは推理可能だぜ。確証はないから想像の域は出ないけどな」
「え! ホント!? 例えばどんな?」
キーンコーンカーンコーン。その時、学校のチャイムが響き渡る。芒雁が時間か、と呟いた。
「授業も始まっちまうし、話はここまでだな。それじゃあ」
そう言って芒雁はその場を去ろうとする。くるりと背を向けた芒雁に、弥生は飛びかかった。
「っそんな中途半端な所で……」
弥生は飛びかかった体勢まま、芒雁の襟首を掴む。
「……とわ!? ぐえ」
学ランの襟首で首が締まり、芒雁は変な声をあげた。
「納得できるかぁ!」
そう叫ぶと思い切り後ろへと引き倒した。見事な近接格闘術である。芒雁は勢い良く尻餅をつき、そのまま地面へ仰向けに倒れこんだ。
「そこまで話したからには、最後まで話してもらうからね」
弥生はズビッと指を差す。芒雁は倒れたまま、弥生を見上げる。弥生は太陽を背に立っている。射す光が後光のようにも見えて、その立ち姿は神々しくすらあった。風でスカートがはためいていた。
「……白か」
「ん。何か言った?」
「いや。なんでも」
芒雁は尻をさすりながらゆっくりと立ち上がった。
「で、何? 何が推理可能なの?」
「例えば。この夢の世界が実際に、何者かが引き起こしている現象だってこととか」
「それ夢の中でも言ってたわね。根拠はあるの?」
今度は芒雁が弥生を指差すモーションをとる。
「三桜もこの夢を見たから。俺一人じゃ単なる妄想の可能性もあったけど、二人が同じものを観測時点で、客観的事実である可能性は飛躍的に上昇したと思う」
「そんなものなのかなぁ」
弥生は首を傾げる。
「そんなもの。すべての事象に裏付けが取れない以上、こうやって信頼性が高い推論を積み重ねていくことしか今の俺達にはできないからな」
「人為的なものだと思う根拠は?」
「人為的なものだとは断言はできない」
「でも何者かが引き起こしているって言ったわよね?」
「その何者が人とは限らない」
まるで揚げ足取りの問答だ。
「でもそれを人為的なものだと仮定しないと話が進まないだろ? というか物証が存在しないだけで誰かの思惑が働いているのはほぼ間違いないだろ」
「なるほど。……それで他には?」
「仮に何者かの意思であの世界が形成されている、という仮定からどうやってあの世界を形成しているか考えてみる。手段、だな」
「どうやってって言われても……。想像つかないなあ……」
「可能性は二つ。一つ目は俺達の知らない科学技術Xを使用して俺達に同一の夢を見させているという可能性。そしてもう一つは超常的な力、それこそ超能力や魔法の類を使用しているという可能性だ」
「……は?」
弥生は素っ頓狂な声をあげる。なんだって。魔法?
「ちょっと、芒雁君。本気でそんなこと考えているの? 魔法? そんなものが本当にあるとでも?」
「可能性を分けてみたけれども、どちらも同じことなのかもしれないな。例えば俺と三桜は昨晩同じ夢を共有していたことになるよな? 複数の人間に同一の夢を見させる技術が仮にあるとしたって、今の科学から説明しようとすれば充分オカルトだろ。つまり現在の文明を遥かに上回る科学は魔法と同じなのさ。今は科学と限定したけれども、こんな事例はさして珍しいことじゃない。昔は天災とかの人間には説明できない事象は、神の行いだと解釈されていたんだぜ」
「そういうものかな。……でも魔法って」
「無理にファンタジーな話だと思う必要はないさ。つまり今の科学じゃ説明できない『何か』を見つけた奴がいる」
「で、その何かを見つけた奴がそれで悪いことをしようとしていると?」
「企んでいることが悪いことかどうかは分からないけれど。でも。放っておくわけにはいかない、とは思う」
「まあたしかに」
「そこで次の推論。そいつの人物像を絞り込む。影のような奴だったけれども。しゃべり方や仕草、思想などからある程度限定することは可能なはずだ」
「プロファイリングってやつ? 芒雁君はそんなこともできるの?」
「真似事だけどな。俺だって本格的に学んだわけじゃない」
芒雁は横に首を振る。たしかに実践レベルのプロファイリングなんて、一般の高校生が学ぶ機会など皆無だろう。
「まず、声の低さから性別は男性。女性が男性を偽っているという可能性もなくはないけど、今のところ偽装する意味は見当たらない。それにいくら夢の中とはいえ、やつは俺に殴りかかってきた。男の俺に暴力でイニシアチブをとろうとする考え方を、女性はまずしないだろう」
「次に奴が俺にした話の中に、人は生まれた時から優劣があり、与えられた役割も違う、って話があった。一般的な選民思想さ。自分が神に選ばれた存在だと主張している。それをおくびにも出さずに俺に話すってことは、やつにそれだけの自負があるってことさ。すなわち、それなりに高い能力を持ち、他の人間を卑下する考え方を持っている」
「そして三つ目。俺達に姿を隠している点。可能性は三つ。一つ目は奴があの世界で、俺たちに姿を見せる術を持っていない可能性。二つ目は自らに偶像性を与えようとしている可能性。人は得体の知れないものに、畏怖の念を持つものだからな。そして最後は、俺達に姿を見せることが奴にとって都合が悪いという可能性。ひょっとしたら、奴と俺達は知り合いなのかも」
「姿が分からないってだけで、それは発想が飛躍しすぎなんじゃ……」
「そう思った根拠は他にもある。俺と三桜はこの事件の被害者だと言ったけれど。被害者ならもう一人いるだろ?」
「あ、さつきちゃん!」
「そう。そして俺たち三人の共通点は……。『同じ学校の、同じクラス』だってこと」
「え、それってどういう……」
「こんな分かりやすい状況に仕立て上げられると、逆にそう思わせようとする奴のミスリードのような気もするけど。でも案外、これが奴の能力の弱点なのかも」
「……」
芒雁の話を聞いていて、弥生はある違和感を感じていた。何かが引っ掛かった。芒雁の話と自分の記憶とで何かが食い違っている。芒雁が今まで話したうち、どの内容でそう感じたのであろうか。
「……くら。おい、三桜ってば」
「え、ごめん。なに?」
芒雁の呼びかけで弥生は我に返った。考えるのに集中し過ぎていて、芒雁の声がまったく聞こえなくなっていた。
「三桜にお願いがある」
「お願い? 芒雁君が私に?」
芒雁が弥生に、というか誰かに頼み事をするようとは思ってなかったので、とても意外だった。
「連絡してみて欲しいんだ。ひょっとしたら目を覚ましているかもしれないから」
「目を覚ますって……。あ、ひょっとしてさつきちゃんのこと!?」
芒雁は無言で頷いた。
弥生はすぐに携帯を取り出し、さつきへ電話をかける。
「……ダメ。電源を切ってるみたい」
「そりゃそうか。入院しているんだもんな」
「私、放課後に会いに行ってみる」
「あぁ。頼んだ」
弥生が了解したことを確認すると、芒雁は屋上の出口へ歩き出した。弥生は芒雁の背中を見ていた。
「あ……」
弥生は何かに気づいた。けれども何に気づいたのか、弥生自身にも良く分からなかった。ただ去り行く芒雁を呼び止めずにはいられなかった。
「芒雁君!」
「ん。まだ何か?」
「ええと。その……」
弥生はかけるべき言葉を必死に探す。
「それで芒雁君は犯人を突き止めて。それからどうするつもりなの?」
「問い詰める。何かとんでもないことをやらかそうとしていたら止める。それが俺の義務、なんだ」
芒雁の言い回しが妙だった。
「義務って。芒雁君、ひょっとして何か隠してる?」
「……いや。俺らがそいつについての情報を一番持ってるから。ただそれだけさ」
芒雁が否定するまでの一瞬の間を弥生は見逃さなかった。芒雁の顔をじっと見て、その真意を探ろうとする。
「今度はなにを隠してるの?」
「……あのなぁ」
芒雁は面倒くさそうに頭をかいた。
「いちいち説明させるなよ。人には話したくないことの一つや二つあるもんだろ。話してないことがあったらいけないのか? お前は俺の母親か何かなのか?」
「そうじゃ、ないけど……」
芒雁の語気が強くなったので、弥生はたじろいでしまう。
別に弥生はすべてを曝露しろとは言っていないし、ましてや強制もしていない。ただ芒雁が何かで悩んでいる様子だったから、話を聞いてあげようとしただけだ。それをおせっかいだと言われてしまったら、それまでだが。
けれども。いくらおせっかいだからと言って、そんなにケンカ腰に反論するほどのことだろうか。
キーンコーンカーンコーン。
学校のチャイムが鳴り響く。
「芒雁君。今のって……」
「チャイムだな。一時間目の授業が終わった時の」
沈黙する二人の間に、チャイムの残響が静かに響いていた。
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