第7話 Usual days,usual teens

 弥生は学校を出ると携帯を取り出した。さつきの家の住所はアドレス交換をした時に、弥生の携帯に自動登録されていた。おそらくさつきがそういう設定にしていたのだろう。

 あとはその住所を地図アプリに読み込ませるだけで、ゴールまでのルートを知ることができる。

「……電車の乗り継ぎが一本あるみたいだけど、何とか迷わずには行けそう」

弥生は駅へ向かう方角を確認した。目指すのは、普段弥生が利用しているJRではなく、近くを走る私鉄の駅だった。駅までは少し距離があるが、弥生は迷うことなく歩き出す。

タクシーやバスを使うほどの金銭的余裕、いや金銭的感覚が弥生にはない。歩ける距離ならば歩いた方がいい。その分浮いたお金を別の何かに使う方がいい。貧乏根性丸出しな発想だが、バイトをしていない普通の高校生の金銭感覚なんて、こんなもんだろうと弥生は割り切った。

私鉄の駅前には商店街があった。初めて訪れただけあって発見も多い道中である。商店街を見て、弥生はさつきへのお見舞いの品を買わなければならないことを思い出す。

「あ、牡丹姉さんも言ってたし、何か買っていくべきよね」

そう、手ぶらで行かない。何かを持っていくというがお見舞いの常識というものだ。弥生は何度か頷きながら、心の中で反芻した。

商店街は昼間だというのにシャッターが降りている店舗はいくつかあるものの、多くの店が営業していた。お見舞いの品を買うくらいであれば、なんら事欠かないだろう。

少し商店街を歩いてみて、弥生はすぐこの雰囲気が好きになった。落ち着いた雰囲気、悪く言えば場末で寂れた感じ、と昨今の不景気に負けるかという活気が混在している。たしかに商店街はコンビニや大型店舗と違い、一つのお店でなんでも揃う訳ではなく不便ではある。しかし逆にその手間が魅力でもある。色々なお店を見て回るというのもそれはそれで楽しいものだ。

「ただ今日は買い物を楽しんでいる場合ではないのよね」

商店街巡りで楽しむのは今度にしよう。その時は牡丹や元気になったさつきを誘って。

「さて。何を買って行ったらいいかしら」

そう呟きながらも弥生は既に見当をつけていた。病気の時に大事なのは栄養、そして水分を摂ることだ。弥生は果物屋でフルーツ詰め合わせを、それと駄菓子屋とスーパーでちょっとしたお菓子をいくつか購入した。

「ちょっと無難過ぎたかしら」

オシャレでもセンスがあるわけでもないチョイスだ。実用性一択。でもさつきだってきっとその方がいいだろう。

「とと、買い物の反省会をしてる場合じゃない。早く行かないと」

弥生は今の時刻を確認すると、急ぎ足で私鉄の駅へと向かった。


 制服のまま、いつもと違う電車に乗るのはちょっとした冒険をしているみたいでドキドキした。

 いざ電車に乗ってもなんだかソワソワしたので、座席は空いていたが弥生は目的の駅まで立つことにした。ドアのそばの壁に寄りかかり、ぼんやりと窓ごしに風景を見る。

 弥生は自分が噂話とか、誰々ちゃんのプライベート情報とか、牡丹に指摘されるまでもなく、そういうのに自分が疎いことを自覚していた。だから今日、下校するまでの間にクラスメイト何人かに聞いて、大量欠席についての情報収集をしていた。

 その結果、生徒の集団欠席について、校内の情報ネットワークでは様々な噂が飛び交っていることが分かった。

 新型インフルエンザが流行しているとか、集団ストライキを行っているとか、みんなで学校サボってライブイベントに行っているとか。某国の拉致騒ぎに巻き込まれた、なんてのもあった。

 どれも真偽のほどは疑わしいが、というか真実だとは到底思えない噂ばかりだったが、そのごった煮のような噂の中に次のものがあった。

 欠席している生徒達は皆、『眠り続けている』と。

「眠り続けている。睡眠。寝る。……夢」

 この噂が他の噂に比べ、特別に信憑性の高いわけではなかった。それでも気になる。他の人が聞いたら、思い込みによるこじつけだと一笑されるだろう。自分でも強引なこじつけだと思う。それでも最近の自分を悩ませる「夢」という言葉に不気味な符合をかんじ、弥生は身震いせずにはいられなかった。


 弥生にとっては初めて訪れた町だったが、ナビアプリのおかげもあって、難なくさつきの家へ辿り着くことができた。インターホンを鳴らすとさつきの祖父らしき人が出る。

 これでようやく友達の容体を知ることができる。弥生は少しホッとした。

 だが祖父の言葉は弥生の期待を裏切るものであった。

「……入院?」

「おう、つい今日の朝のことだ。どうもおかしいってことになってな。◯◯病院に入院することになったんだわ」

 さつきの祖父から聞かされたのは、さつきは近くの病院に入院したということだった。

「お嬢ちゃん。見舞い、行くか? 病院の場所、分かるか?」

「あ、病院の名前も分かってるし、大丈夫です。たぶん」

 親切にも町内会の地図を持って来ようとした祖父を、弥生は止めた。アプリがあれば迷うことはないだろうし、第一その地図を読む自信が弥生にはなかった。

さつきの祖父にお礼を言うと、その足で教えられた病院へと向かった。

「入院て。そんなバカな」

 たかが風邪か何かでの欠席だと思っていたのに。想定外の事だったので少なからずショックだった。


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