第1話 In the ruined dream

 私は見知らぬ街を歩いていた。

 

 この街はどこあるのか。またどうやってここに辿り着いたのか。

 

 普通なら当然疑問に思うことを、私は気にも留めない。疑問にすら思わない。

当然だ。これは夢だったのだから。それが夢だと認識して見る、明晰夢という夢もあるが、少なくともこれは明晰夢ではなかった。


 夢は映画のフィルムを回すみたいにどんどん進行していく。従って歩いているのは私自身の意思によるものではなく、自分は自分ではあるのだが、その意味で自分ではなかった。


 自然災害か、はたまた戦争でもあったのだろうか。その街の建物はどれもボロボロだった。建物の窓ガラスは一つ残らず割れており、壁はその大半を失い、所々で補強の鉄骨が飛び出している。アスファルトの道路は所々で隆起し赤茶けた土が見え隠れしていた。街灯という街灯はことごとく割れており、吹きすさぶビル風とそれに煽られた土くれのうめき声以外は何の音もない。

 当然のように人の気配はなく、存在する生き物は私だけだった。


 私は何かを探し歩いていた。あるいは何かを求めていた。


 私は歩く。誰もいない街を。


 一歩踏み出すごとに心がさざめく。その理由を私は理解した。これは、既視感。


 始めは思い違いかもという疑念が紛れる余地があった。しかしさざめく心の波形は、歩くごとに一つの確信に収束していく。

 私はこの道を歩いたことがある。それも何度も。


 やがて辿り着いた建物には入り口に門があり、その先には広大な庭が広がっていた。


 いや庭ではない。

 正しくは校庭だ。

 そこは学校だった。


私でない私は、この物語の次の舞台へためらうことなく進んでいく。


校庭には誰か立っていた。新しい登場人物は後ろ姿を見せている。


 その人との距離が縮まるにつれて、自然と歩みが早くなった。

 当然だ。引力は距離の二乗に反比例するのだから。この力が働くのは惑星だけじゃない。人だって、人の心だって引かれ合うのだ。


 身体と心は別々に動いているはずなのに、その時はまるっきりシンクロしていた。『私』は走り出したかった。『私』も誰かに会いたかった。


 遠くから見たその人はスーツ姿の黒髪だった。きっと男性。歳は、いくつなのだろう。結構若そうだ。


 始めになんて声を掛けようか。

 彼はなんて返してくれるだろうか。

 自然と心が沸き立った。

 彼が唯一の心の支えだ。


 無条件に私はそう思っていた。だってこの世界には私と彼しかいないのだから。


 街はほぼ廃墟だけれど、他にも人がいるかもしれない。その可能性は否定できないはずなのに、『私』は既に確信している。その証拠に私は何の警戒心もなく近づいていく。


 男がくるりとこちらを振り向く。しかしちょうど逆光だったので、私は彼がどんな顔をしているのか、確認することができない。


 男と目が私を見据えた。実際に目を見ることはできなかったので、あくまでそう感じただけだ。だけれども見据えられて、私の歩調はピタリと止まった。


 ゾワゾワっと、背筋を何かが這い上がる感覚と共に全身の産毛が逆立つ。ここで初めて理解できた。なぜ私の身体と心がバラバラなのか。なぜ本能と理性がバラバラなのか。


 私は操られていたのだ。

 脊髄を伝う電気信号を。脳のホルモン分泌活動を。

 でもやつは私の意識を、心を操ることはできていなかった。


 私の中の第六感が危険信号を発していた。野生の勘みたいなものか。人間が現代社会ですっかり鈍らせているセンス。それでも衰えているなりに機能はするらしい。


 逃げ出したくなる。実際にそうしようと思ったけれど、足は接着剤でくっつけたみたいにピタリと地面に張り付き、動かすことができなかった。


「キミは選ばれたんだよ」


 突如、男の声が頭に響く。頭に直接送り込まれるメッセージ。テレパシーとはこういうものを言うのか。


 怖い。

 私がその男に抱いた感情はそれに尽きる。男の姿形は人間だけれど、中身はとても人間には思えなかった。


「怖がることはないよ。ささやかなギフトを渡すだけだ」

 男はこちらに近づいてくる。


 身体も。

 心も。


 こちらに近づいてくる。


 助けて。

 叫ぼうとするが、声にならない。声も足も最初から今までまったく思い通りに動いてくれなかった。

 男が右手を差し出す。

「これで三桜さんも僕らの仲間だ」

( 誰か助けて!)

 声にならない声で叫んだ。

 男の手が私に触れようとしたその時、ふっと空から何かが降ってくる。

 それは私と男の間に落下した。

 降ってきたのは人だった。

 その人が着地した時、地面が着地点を中心にべコリとへこんだ。次の瞬間、光が爆ぜる。爆発音がさらに遅れて、洪水のように溢れ出した。

 光と音の渦の中で、私の意識は遠くなっていく。

 薄れゆく意識の中で助けにきてくれた人の顔を見た。とても眩しいはずなのに、助けにきてくれた人の顔ははっきりと見ることができた。

 これは運命の出会い?

 誰との?

 その人の名前を思い出そうとした時に、私の意識は完全に途切れた。

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