角を曲がる

夢月七海

角を曲がる


「本当にこの道で合ってるの?」


 カーブの続く坂道を上るレンタカーの助手席で、風奈は慎重にハンドルを切る恋人に尋ねた。


「合ってるよ、カーナビもそう言ってるし」


 運転席の久司は前方を睨みながら、少し不機嫌そうに返す。


 そう言われても、不安が払拭されたわけではない風奈は、改めて今走っている道の両側を眺める。鬱蒼と木や草が生えた広場が見え、家はぽつぽつとしか現れない。

 すれ違う車の数も減り、後続車もどこかへ曲がってしまった。


 この中道に入った時は、巨大ひよこやマントヒヒの顔だけの赤土の像があったり、見上げるほどのガジュマルの木が生えていたりと、面白いものがいくつかあったが、自動車道の上に架かる橋を渡った頃から、辺りは明らかに薄暗くなってきた。


 たまに白い石で出来た亀甲型の屋根の建築物も見えるが、それが沖縄のお墓だということも風奈はよく知っている。

 以前に沖縄旅行に連れてきてくれた久司が、どや顔で教えてくれた。


 空を見上げると、どんよりとした曇り空だ。

 窓を開けると冷たい風が容赦なく入ってくるので、閉め切ったままである。

 風奈は重苦しい車内でさらに溜息をついた。


「まさか、沖縄で長袖にコートを着るなんて、思わなかったなー」

「一月なんだから、仕方ないだろ」

「けどさ、やっぱ沖縄に行くなら、夏に行くのが一番いいんじゃない?」

「夏が仕事のピークだってことは、風奈も知ってるだろ? それに、これは完全に俺の趣味だから、別に付き合わなくてもいいって言ったのに、ついて来たのはそっちだろ」

「確かにそうだけど」


 風奈は冷たい窓ガラスに額を当てた。ガードレールの向こうでは、ススキが揺れている。


 全国の城や城跡を巡るのが趣味の久司に対して、風奈は迷惑とか思ったことは一度も無かった。

 むしろ、彼の趣味に付き合うことで、テレビでしか見たことのない絶景を目にすることが出来て、その事を友達に羨ましがられることもあった。


 今回の旅行の目的地、中城城なかぐすくじょうという場所も、初めて聞くものだったが沖縄に行けるというだけで、すぐに一緒に行こうと決めた。

 しかし、いざ那覇空港に着くと、気温は東京よりも高いものの、強風が吹き荒れているために体感温度は低く、空はずっと曇っていて、那覇から北中城きたなかぐすくまでの長い移動には疲れていた上に飽きていた。


 ただ、それはついて来た自分自身の責任だと、久司に突かれてしまえば、それとこれとは違うのではないのかという反発の気持ちも芽生えてくる。

 お城がどうこうよりも、彼と同じ景色を見たり、一緒においしいものを食べたりすることに重きを置いている風奈と久司とでは、擦れ違いが起きるのは仕方のないように思えてもだ。


 結局、不満の原因は自己中心的な自分にもあることに気付いてしまい、風奈はささくれたった心のまま、スマホでマップを開いた。

 やはり、本当にこの道で合っているのか、確かめずにはいられない。


 白い屋根の教会の脇を通り過ぎて行き着く十字路が赤信号だったので、レンタカーは停止した。

 すかさず、久司は右に方向指示器を灯す。


「あれ? ここ、真っ直ぐじゃないの?」

「え、ほら、カーナビでは曲がるって、」

「でも、グーグルマップでは真っ直ぐって出てるよ。調子が悪いんじゃないの、それ」


 間違ったカーナビの指示に従って、とんでもない場所に辿り着いてしまった友達の話を思い出して、風奈は強く出る。

 しかしその直後に、信号が青に変わってしまった。


「……いいよ、一度、曲がってみよう」


 最前列に並んでいたため、アクセルを踏んだ久司は、そのまま大きくハンドルを切った。

 しかし、数メートル進んだところで、カーナビが元の道に戻るようにとアナウンスし始めた。


「……」

「ほら、間違っていたじゃない」


 黙り込んだ久司に、風奈は得意げにカーナビを指差しながら指摘する。


 またカーブの続く坂道を、今度は下り始めても、久司は何も言わなかった。

 風奈は先程の態度が、少し大人げなかったかもしれないと反省したが、ここで久司よりも先に謝ってしまうのも、なんだか癪で結局黙っていた。


「……どっかでUターンするよ」

「うん」


 溜息と共に出た久司の言葉に、風奈は頷くだけだった。

 道は森の見える右手側にもう一つ現れたが、レンタカーはそのまま真っ直ぐに進み、先の見えないほどのカーブを辿る。


 その左手側、畑が続くのどかな風景に、風奈と久司にも思いがけないものが現れた。


「え、嘘……」

「ひまわりだ」


 そこは、一月も半ばだというのにも関わらず、小さなひまわり畑になっていた。

 たくさんの背の高い花が満開で、こちらに背を向けたまま風に吹かれている。代り映えのしなかった灰色の景色に、突然差し込んだ黄色は、彼らの心を奪っていた。


 すぐに通り過ぎてしまったが、風奈は体を捻って、ひまわり畑を見ようとする。

 一方前を見ていた久司は、左側に小さな広場を見つけてそこに車を滑り込ませた。


「ちょっと降りてみようか」

「うん」


 車の中で顔を見合わせて、久司の出してくれた提案に、風奈はすぐに賛同した。

 車を降りた二人は、数メートルほど戻って、ひまわり畑の真横に立つ。そこからでは、殆どのひまわりが、こちらの方に顔を向けている。


「まさか、真冬にひまわりが見れるなんてね」

「これくらいの気温でも、咲くんだな」


 感心の声を上げた後、久司はスマホを取り出して、ひまわりや風奈とのツーショットを写し始めた。

 何枚か撮影して、スマホを操作する久司を覗き込みながら風奈が尋ねる。


「それ、後で送ってね」

「いいよ」


 車内の嫌な空気はどこかに行ってしまい、二人とも微笑み合いながら話している。

 風奈は角を曲がってよかったと心から思っていたが、それは言わなくても伝わるだろうと感じていた。


「戻ろうか」

「うん」


 車までの道のりを、二人は縦に並んで手を繋いだまま、歩いて行った。

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角を曲がる 夢月七海 @yumetuki-773

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