第5話

「お母さん急用ができたみたい。っていうか龍勢と会うときって、なんか知らないけど私がこっち来てるときばっかだよね。なら、はじめから拾ってくれれば早いのに。そう思うでしょ」。強矢家の昔のよしみである今宮神社の修理を頼まれた際、「紹介した手前があるから」と当初は妙白の母が顔を出す予定だった。宮司の村上は、せっかくだからと妙白も昼食に招き入れた。「村上さん、龍いやっ前田さんってデリカシーがないっていうか、女心が分からないっていうか、とにかくそういうタイプの人なんですよね」と開口一番、妙白は愚痴をこぼした。それを聞いた村上が、「なんか昔もそんな夫婦が」と返しかけたとき、妙白は矢継ぎ早に「えっうちら結婚もしてなければ、付き合ってもいませんから」と捲し立てる。すかさず前田が、「まだ根に持ってるの」といつになく表情を変えると、「いいんですよ前田さん。マシロちゃんは昔から真っ直ぐだもんね」。スラリと場を戻した村上は、また夫婦の話しを再開した。「あの日も今日と同じような穏やかな日でした。確か1月の終わりごろでしたかね、4人で囲炉裏を囲んだのは。なにやら、うちでお宮参りをしたいというので訳を尋ねてみると、前の年にここで初詣をしたからと言うんですよ。本当は2人で秩父夜祭に行く約束をしてたのに、ご主人がそれを忘れてたらしく、結局のところ行かずじまい。それで奥さんが正月休みは秩父旅行をすると決めて、予め宿もしっかりとっておいたそうです」。村上は立ち上がりながら、なおも話しを続ける。「実はね、その初詣とやらの数日前、庭先の龍神木で不思議なことが起こりまして」。すると妙白が、「それって龍神様の竜巻でしょ」とまた口を挟むが、前田はきょとんとしたままだった。まるで語り部が促されるような形で、「平成3年12月30日に今宮神社の境内で起きた竜巻が、龍神木の空洞のなかに吸い込まれるように消えていった」ことを村上は話した。そして、村上は腰を下ろすと、手に持ったままの年賀状を前田に手渡した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

折り目のない紙 @20161130a

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ