第3話

「ねぇなんで龍勢って言うの」。前田は助手席に座る次女・妙白にパッと目をやってから答えた。「母親がどうしても龍の字をつけたかったんだって。勢は父親曰く俺に勢いがあったからだそう。じゃあそっちは。妙白って珍しい名前じゃん」。「最初、お父さんが亀の字をつけようとしたら、お母さんが女の子なのにって怒って、それで妙にしたみたい」。その日の妙白は、長瀞がメインだった友人3人とは秩父で別れ、実家に泊まるはずだった。しかし、実家に着くや否や、明日の担当スタッフが怪我で出られないからとの連絡が入り、引き受けざるを得なかった。とはいうものの、電車はストップしたまま、実家の車は車庫の下敷きになり修理中、まして長瀞の3人は予約してまで宿を取っているため、妙白には帰る足がない。そんな矢先に、今しがた強矢家を後にしたばかりの前田が、豚味噌を忘れたと引き返してきたのだった。行きとは違い、正丸トンネルの先は既に日も暮れ、秩父と遜色のない玄帝の国道299号線をひた走る。やがて、妙白の住む小手指に近づくいたとき、妙白は「龍勢って親の馴れ初めとか興味なさそうなタイプだけど、敢えて聞いてみたりしないの」と言い回しを変えてみたものの、前田はさらりと交わした。そのことが癪にさわったのか、妙白は離れ際、挨拶代わりに「イーダ」を喰らわせ、小手指駅の階段を足早に上っていった。

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