第十九章 黒幕一網打尽 10月3日午前9時

 葵達は、そのまま新潟港に向かっていた。

「一応、こっちのパーティにも出席しておかないとね。私達は主賓でしょうから」

 葵は楽しそうだ。茜も、

「よォし、頑張るぞ!」

「偉いわ、茜。そのボランティア精神は、尊敬しちゃう」

「え?」

 葵に気になる一言を言われ、茜は一瞬固まりかけた。

「ボ、ボランティア精神て、どういう意味ですか、所長?」

 また泣きそうな茜である。葵はニヤッとして何も言わない。

「あああ、許して下さいよお、所長ォ……」

わたしの事を陰でいろいろと言ってくれてるようだから、一生懸命働いてもらわないとね」

 葵はチラッと茜を見た。茜は、

「死ぬ気で頑張りますからァ」

「よし、許す」

 葵は嬉しそうに茜を見た。

「ありがとうございます!」

 茜は「茜号」のスピードを上げた。

「あ」

 後ろから迫る高速機動隊のサイレン。

「バカ」

 葵の冷たい一言。美咲が項垂れる。

「茜ちゃん……」

 顔色が悪くなる茜。

「前方の白いミニバン、路肩に寄せてゆっくりと停止しなさい」

 茜は溜息を吐き、「茜号」を路肩に寄せ、止めようとしたが、

「茜ちゃん、止めちゃダメ!」

 後部座席の美咲が叫ぶ。

「どうしたんですか?」

「罠よ!」

 助手席の葵も叫ぶ。ルームミラーで見ると、高速機動隊のはずなのに、黒い覆面を着けている。

「ロシアンマフィア!?」

 茜は仰天し、アクセルを踏み込んだ。途端にロシアンマフィアが銃撃を始める。

「一般人を巻き込んでしまうわ! 茜、振り切って!」

「はい!」

 茜はダッシュボードの端にあるレバーを引いた。すると「茜号」のマフラーの隣にジェットエンジンが現れた。

「スーパーチャージャー、オン!」

 茜のかけ声と同時にジェットエンジンが噴射し、あっと言う間に「茜号」は偽高速機動隊を振り切ってしまった。

「な、何だ、あれ?」

 ロシアンマフィア達は、唖然としていた。


 篠原は、葵からのメールで、ロシアンマフィアが仕掛けて来た事を知らされた。

「連中、とうとう大っぴらに始めたか」

 ふと気づくと、彼のワンボックスカーの周辺にも、黒塗りのワゴン車がたくさん集まり始めていた。

「うほ、楽しそうな雰囲気」

 篠原は車から飛び出した。それに応じるように、ワゴン車からたくさんのギャング達が飛び出して来た。皆、マシンガンを携帯している。

「飛び道具を使うのは、弱い証拠だぜ、ギャングさん」

 篠原はフッと笑い、走り出した。


 エクセル達は、国道十八号線を走っていた。

「女忍者には、逃げられたようです」

「かまわんさ。どの道、連中は私達には追いつけない」

 エクセルはニヤリとした。

「それより、ナオエツにいるのは、この前この私を殴った男らしいな」

「はい」

 エクセルはキッとして、

「同志に伝えよ。殺すなと。そいつは、この私が直々に止めを刺すとな」

「は!」

 エクセルは、葵達より、篠原に大きな恨みがあった。凄まじい執念である。


 大原は、皆村を見舞っていた。

「そうか、事件は解決だな」

 皆村は、実行犯を全員逮捕した事を聞き、ホッとしていた。しかし、大原は真剣な表情で、

「いえ、まだです。実行犯は、蜥蜴とかげ尻尾しっぽですよ。まだ本体は、新潟にいます」

「そうなのか」

 皆村はまた美咲が心配になった。

「大丈夫かな、美咲さん?」

「大丈夫ですよ。あの人達は、僕らよりずっと強いですから」

 大原は微笑んで言った。彼は皆村を安心させようと思って言ったのだが、皆村は落ち込んでしまった。

「そうか。やっぱりな……」

 皆村がションボリしてしまったので、大原は驚いた。

「どうしたんですか、皆村さん?」

「俺より強い女性……。諦めるしかないよな」

 皆村が何に落ち込んでいるのか理解した大原は、

「何言っているんですか、皆村さん! 僕だって、茜ちゃんの方が多分強いですけど、諦めていませんよ」

と励ます。しかし、皆村はネガティブ思考だ。

「それはお前がイケメンだからだよ。俺はこのつらだから、無理だ……」

「皆村さん!」

 大原は皆村を叱りつけるように言った。皆村はギョッとして大原を見上げた。

「神無月さんは、男を外見で判断するような女性ではないと思います」

「……」

 フォローしてくれているんだろうが、何気にそれ、傷つく言い方だぞ、大原。そう思ったが、言えない皆村だった。


「わ!」

 菖蒲はふと目を覚ますと、自分のすぐ横で気持ち良さそうに眠っている麗奈に気づいて仰天していた。彼女はうたた寝していて、そのままソファで寝てしまったのだ。そして、一度は別のソファに横になったのだが、また起き出して菖蒲の寝顔を見ていた麗奈も、そのまま寝入ってしまったらしい。

「う、うーん……。あら、おはよ、菖蒲」

 麗奈はニッコリして言った。菖蒲は起き上がって、

「あ、貴女、私が寝ている間に何かしていないでしょうね!?」

 とんでもない事を言った。すると麗奈は、

「あらあ、私にも選ぶ権利ってものがあるのよ、菖蒲」

「フン!」

 菖蒲は立ち上がると、

「シャワー浴びて来る」

「一緒に浴びる?」

 麗奈がおどけて言うと、

「冗談じゃないわ!」

 菖蒲はプンプンしながら、リビングルームを出て行ってしまった。

「ホーント、起きると可愛くないわね、あいつは」

 麗奈は肩を竦めた。


「何だ、もうおしまい?」

 総勢三十人はいたはずのギャングだったが、やはり篠原の敵ではなかった。

「あの木偶の坊達の方が、ずっと強かったぞ」

 ピクリとも動かないギャング達を見渡して、篠原は満足そうに頷いた。

「俺って、強いなあ」

 ポーズを決めてみる。ちょっとバカである。

「うん?」

 その時、強大な殺気が近づいている事に気づく。

「もう来たか、あのジジイ」

 篠原は舌打ちし、エクセルの乗る車を見た。

「ほお。さすがだな、篠原護。隙を突かれたとは言え、先日この私を倒しただけの事はある」

 エクセルが車から降りた。

「強がり言うなよ、ジイさん。ガチで戦っても、あんたなんか俺の敵じゃねえよ」

 篠原はニヤリとして言い返した。エクセルはキッとして、

「黙れ。これでも、お前はそんな虚勢を張れるのか?」

 後部座席から、エクセルの部下によって金村医師が引きずり出された。眠ったままの彼は喉にナイフを押し当てられている。

「あー、きったねえ。そういう事するんだ、ジイさん」

 篠原はさも困ったように言う。エクセルはフッと笑い、

「この男は、お前の姉である皐月菖蒲の思い人だという事はわかっている」

「そうみたいね」

 篠原はニヤリとする。エクセルもニッと笑って、

「姉の思い人を傷つけられたくなかったら、大人しくしろ」

「やだね」

「何!?」

 エクセルは意外な返答に仰天した。

「き、貴様、脅しだと思っているな? 違うぞ。逆らえば、本当にこいつの命はないぞ」

「別にかまわねえよ。やれよ」

 篠原の目が鋭くなる。エクセルは思わず一歩退いてしまった。

「できもしねえ事を言うんじゃねえよ、三流ヤロウが」

 篠原の挑発は続く。エクセルは逆上した。

「愚弄しおって! やってしまえ!」

 しかし、無反応。エクセルはムッとして、

「何をしている、やってしまえ……」

 振り返り、固まった。

「残念でした、お爺ちゃん。ゲームオーバーよ」

 そこには葵達が立っていた。もちろん、エクセルの部下達は全員倒れている。

「……」

 エクセルは、そのまま干物になりそうなくらい、全身から汗を流していた。

「おしまい」

 篠原の手刀を首に叩き込まれ、元国王は地面に倒れ伏した。

「護、菖蒲さんに電話してあげなさいよ。金村さんは無事救出しましたって」

「ああ」

 何故かそう言いながら、篠原は目を瞑って口を突き出している。

「何?」

 鬱陶しそうに葵が尋ねる。

「お礼のチュー」

 美咲と茜は呆れて顔を見合わせた。多分、殴られる。それが二人の予想だった。

「え?」

 篠原自身、意外だったようだ。葵は本当に「チュー」をしたのだ。

「ありがと、護。助かったわ」

 葵は照れ臭そうにそう言うと、

「茜、大原君に連絡して」

「はい!」

 嬉しそうに携帯を取り出す茜。

「大丈夫ですか、篠原さん?」

 動かなくなった篠原を美咲が気遣った。


 菖蒲はシャワーから出て来たところで、篠原からの連絡を受けた。

「そう。わかったわ」

 彼女は素っ気ない態度で、金村医師救出の話を聞き、携帯を切った。

「どうしたの?」

 麗奈は菖蒲の異変に気づき、尋ねた。菖蒲は泣いていたのだ。

「金村君、無事だって」

 彼女はそれだけ言うと、大声で泣き出してしまった。

「おお、よしよし」

 麗奈も目を潤ませて、菖蒲の頭を撫でた。

「良かったね、菖蒲」

 それでも泣き続ける菖蒲だった。

(ホント、面倒臭い女……)

 麗奈はうんざり顔で思った。


 結局、沖でエクセル達を待っていた船は、そのまま日本の領海を離れ、逃げてしまった。海上保安庁としても、何をした訳でもない船を追う事はできず、ロシアンマフィアの親玉は逃げ切ってしまったようだ。

「でも、もう日本に手出しはしないでしょ。こっちの根は断てたんだから」

 連行されて行くギャング達を見ながら、葵が言った。美咲が、

「そうですね。後はロシア側の問題ですからね」

 何故かシュンとしている篠原に気づいた茜が、

「どうしたんですか、篠原さん?」

「コーヒーショップの店員のテロリストの子、ロシアに引き渡すそうだ。可哀相にな」

「え?」

 茜はキョトンとした。葵が、

「多分ロシアに引き渡されれば、極刑ね」

「え?」

 茜はギクッとした。

「たまたま、生まれ育った土地がそういう状況だと、子供達の意志なんか関係ないんだよな」

 篠原はしんみりと言った。茜も悲しくなった。

「嫌も応もなく、テロリストにされる。悲惨過ぎるよ」

「そうですね」

 美咲も涙ぐんでいる。

「良かったな、茜ちゃん、日本に生まれてさ。いくら葵が怖くても、殺される事はないだろ?」

 篠原がニヤリとして言った。茜はビクッとして、

「へ、返事に困る事、訊かないで下さい、篠原さん」

「どういう意味よ、それ?」

 葵が茜に突っ込む。

「所長、一生ついて行きますから!」

 茜はいきなり葵に抱きついた。葵は面食らって、

「ちょっと、茜、あんたまで目覚めたんじゃないでしょうね?」

と慌てた。そして茜を振り払う。

「さてと。もう一人、お礼に行かないとね」

 葵が車に歩き出す。

「もう一人? ああ、岩戸のジイさんか?」

 篠原が言った。葵は振り返らずに、

「そういうお礼じゃない方」

と答えた。

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