第四章 医療ミスの巣窟 10月1日午後4時

 しばらくしてそれぞれの情報屋からメールが戻って来た。不思議な事にどの情報屋も口を揃えて、

「後小松総合病院は医療界のブラックホールだから、下手な詮索は命取りになる」

という返事で、用を為していなかった。美咲が腑に落ちないという顔で葵を見た。葵は腕組みしてソファに座り、

「うーん。情報屋がここまで尻込みするなんてあり得ないわね。どういうことなのかしら?」

「医療界のブラックホールという例えが一致しているのが気になりますね」

 美咲も深刻な顔で相槌を打った。

「手を出してはいけないって事なんでしょ。関係ないけどね」

 葵は肩を竦めた。

「殺人事件の背景は複雑です。後小松院長がどこまで絡んでいるのか、そして何故金村さんは殺されたのか、何故重要参考人の立場にある海藤氏は完璧なアリバイに守られているのか? 謎は尽きません」

 美咲の言葉に葵はフッと笑い、

「ブラックホールが怖くて探偵事務所は開業できないわ。この事件何としても私達の手で解明するわよ、二人共」

「はい、所長」

 美咲と茜は真顔で応えた。


 一方大原は、皆村に呼び出されて喫茶店にいた。

「どうしたんですか、先輩? お忙しいのではないですか?」

 椅子に座りながら大原が尋ねた。皆村は煙草を灰皿にねじ伏せて、

「忙しいよ。もう二つ身体が欲しいくらいな!」

「だったらどうして……」

 大原が言いかけると、皆村は何故か赤面し、

「お前、どうしてあんな人を俺に紹介したんだよ」

「はっ?」

 大原は一瞬何を言われているのかわからなかった。皆村は大原が話を理解していないのにムッとして、

「あの女性の事だよ!」

 大声で言った。店中の視線が集まるのを感じて、大原は、

「先輩、声が大きいですよ」

「うるさいよ」

 皆村は酷く苛ついていた。美咲が帰ってから捜査会議に出たのだが、彼の頭から美咲の顔と声が離れず、ボンヤリとしてしまい、何度も叱責されたのだ。

「神無月さんが何か?」

「何かも何も、あれは反則だぞ」

「はァ?」

 大原はますます訳が分からなくなってしまった。皆村は言いにくそうに、

「か、彼女、俺のタイプだ」

 蚊の鳴くような声で言った。大原は何とかそれを聞き取った。

「そ、そうなんですか」

 彼はホッとした。葵の作戦が失敗して、皆村に激怒されるかと思ってヒヤヒヤしていたからだ。

「無理だ」

「えっ?」

 また奇妙な言葉である。

「無理って何が無理なんですか?」

「彼女と何度も顔を合わせたら、俺は多分死んでしまう。それくらいあの人は俺のタイプなんだ」

 また蚊が鳴いたのかと思うような声で皆村は言った。

「もう無理なんだ。後はお前が何とかしてくれ」

「いや、それは……」

 大原がそう言いかけると、皆村はテーブルに頭をこすりつけるようにして、

「申し訳ない。こんな事を言えば、間にいるお前に迷惑かけるし、署長にも怒られる事はわかっている。でも俺には無理なんだ」

 大原はフーッと溜息を吐いて、

「わかりました。この依頼を拒絶するのなら、貴方を警察機構から締め出すしかありませんね」

「なっ?」

 皆村は思ってもいないことを言われて凍りついた。

「この依頼は絶対に拒否できないんです。どうしてもと言うのなら、そういう事になります」

 大原は冷静な顔で続けた。皆村は驚きを通り越して混乱していた。

「自分はこの依頼を遂行するためになら、誰に何と言われようと、どんな手を使おうと、貴方を逃がしませんよ」

「大原……」

 皆村はこれほど熱い大原を初めて見た気がした。

「お前、変わったな」

「そうですか?」

 大原はフッと笑い、

「とにかく、続けて下さい。降りる事は許しません」

「……」

 皆村は大原を見た。そして肩を竦め、

「わかったよ。続ける。純愛に殉じるのも悪くねえかもな」

「皆村さん!」

 大原は皆村とガッチリと握手を交わした。


「正面突破、ですか?」

 美咲は葵の提案に仰天していた。葵はソファにふんぞり返って、

「そう。後小松総合病院に乗り込んで、真相を暴くわ」

「そんな事が出来るんですか?」

 茜が心配そうな顔で尋ねた。葵は茜を見上げて、

「出来るわよ。意地悪姉さんに協力を依頼してね」

「菖蒲さんが手を貸してくれるとは思えませんが」

 美咲が反論した。しかし葵は、

「菖蒲さんは何だかんだ言ってても、金村医師の事が好きだったのは確かよ。だから必ず協力してくれるわ。どうしても首を縦に振らないなら、私にも奥の手があるから」

「えっ? 奥の手、ですか?」

 美咲はキョトンとした。葵はニッとして美咲を見た。

「えっ? 何ですか、今の笑いは? また私に何かさせるつもりですか?」

「考え過ぎよ。違うわ」

 葵は苦笑いした。すると茜が、

「菖蒲さんの事を意地悪姉さんて言う事は、やっぱり所長は篠原さんと結婚するんですか?」

 突拍子もない突っ込みを入れて来たので、葵はビクッとして、

「バ、バカな事言わないでよ。意地悪姉さんは語呂がいいから言っただけで、護と結婚なんてしないわよ!」

 焦り口調で言い返した。


 菖蒲は現在出身大学の付属病院にいる。金村もそこの外科医だったが、後小松謙蔵の引き抜きで後小松総合病院に移ったのだ。

「今私は忙しいのよ。手短かにお願いするわね」

 病院の応接室でソファに座りながら菖蒲は言った。向かいのソファに座っているのは、何故か葵ではなく美咲だった。彼女は引きつった笑顔で菖蒲を見た。

「実は、後小松総合病院に行くに当たって、菖蒲さんの紹介状を頂きたくて参りました」

「それは無理ね」

 美咲が言い終わるか終わらないうちに菖蒲は答えた。あまりにも早い拒絶に美咲は唖然としたが、

「何故ですか?」

「私は後小松総合病院の誘いを断わっているの。そのために後小松院長には相当怨まれているわ。だから私が紹介状を書いても、何のメリットもないわよ」

「そうなんですか」

 美咲は菖蒲の答えに納得した。しかしこのまま帰ったりしたら、葵に何と言われるか分からない。

「わかりました。ではこの依頼はなかった事に致します」

 美咲は賭けに出た。菖蒲はムッとした表情で美咲を睨んだ。

「何、その言い草は? 依頼をなかった事にする? 誰に向かってそんな事を言っているのか、わかっているの?」

「はい。ご協力いただけないのなら、この依頼の遂行は無理です。ですから、お断わりするしかありません」

「……」

 菖蒲は苦虫を噛み潰したような顔をした。悔しいのだ。だが彼女は、葵にあれほど高圧的に依頼を受けるように迫った手前、そう簡単に

「わかったわ」

とは言えない。美咲の作戦勝ちだった。菖蒲はまさに美咲のまいたエサに食いついてしまったのだ。彼女は真剣な顔で、

「紹介状は書く。でもそれは後小松院長宛ではないわ。弁護士に書くわよ」

「弁護士、ですか?」

 菖蒲は立ち上がって、

「松木麗奈。医療関係専門の弁護士よ。今は後小松総合病院の医療過誤訴訟を準備しているわ」

「医療過誤訴訟を? でもそれは後小松総合病院と敵対している弁護士の方ですよね? そんな方を紹介されても……」

「彼女は海藤の医療ミスを調査しているのよ」

 菖蒲の言葉に美咲はハッとした。

「麗奈が会いたいと言えば、後小松院長は嫌とは言わないはず。あいつは麗奈を抱き込もうといろいろ画策しているから、守って欲しいのよ」

「守る?」

 菖蒲は美咲の隣に腰を下ろして、

「そう。海藤の医療ミスは、金村君も知っていたわ。麗奈にその事を話したのは金村君なの」

「その事、警察に話しましたか?」

「誰が話すものですか。連中は私の話を全く無視したのよ。信用ならないわ」

 菖蒲の顔がまた険しくなった。

「海藤は医療ミスをたくさんしているらしいの。後小松総合病院は、医療ミスの巣窟だと金村君から聞いたわ。後小松院長がそれを全部握り潰しているという噂なの」

「それが金村医師殺害の動機だとすれば……」

「後小松院長も絶対にこの事件に絡んでいるわ」

 菖蒲はキッとした顔で美咲を見た。美咲はニッコリして、

「菖蒲さん、本当に金村さんの事を愛していらしたのですね」

「な、何を言っているの、美咲。今度そんな妄言を口にしたら、私も怒るわよ」

「はい」

 菖蒲が何時になく焦った様子で言い返したので美咲は笑いを噛み殺して返事をした。美咲が笑いを我慢しているのに気づいたのか、菖蒲は不愉快そうな顔になった。

「とにかく、麗奈の事務所に行ってちょうだい。彼女なら必ず貴女達の力になってくれるわ」

「わかりました」

 美咲は菖蒲から紹介状を受け取ると、大学病院を後にした。


「松木麗奈、か。美咲なら大丈夫かな?」

 葵は携帯を切るとそう呟いた。茜がそれを聞き逃さずに、

「それ、どういう意味ですか、所長?」

「松木弁護士は有名な……」

と言いかけ、口を噤んだ。茜はムッとして、

「何ですかァ? どうして言うのやめたんですかァ?」

 葵は肩を竦めて、

「あんたには刺激が強いかと思って言うのを躊躇ためらったんだけど、そこまで言うなら教えてあげるわ」

「えっ?」

 葵の意味深長な言葉に、茜はギクッとした。葵はニヤリとして、

「松木麗奈は女性が好きなの。要するにレズビアンて奴ね」

「ええっ!?」

 茜は美咲の行く末を想像して驚愕してしまった。

「美咲さんが危ないじゃないですか! すぐに助けに行かないと!」

 茜はバッグを肩にかけ、今にも事務所を飛び出しそうな勢いで言った。すると葵は、

「心配いらないって。松木麗奈も神無月大佐の敵じゃないから」

「えっ? 美咲さんてば、そっち系の人にも強いんですか?」

 茜が目を見開いた。葵はフッと笑い、

「神無月大佐は無敵よ。多分松木弁護士も陥落しちゃうわ」

と答えた。


 その頃、話題の人である「神無月大佐」は、銀座の一等地にあるオフィスビルの最上階にいた。そこに松木麗奈の事務所がある。

「医療過誤訴訟が専門の正義感の強い弁護士のはずなのに、どうしてこんな凄いビルに事務所を構えられる程収入があるのかしら?」

 一般論として、医療訴訟で患者側に立つ弁護士は採算を度外視して戦うタイプが多い。美咲は、経営状態が良くない事務所をいくつか知っているのだ。そのため不思議に思いながら麗奈の事務所のドアフォンを押した。

「どちら様でしょうか?」

 事務員の女性らしき声が尋ねた。美咲はコホンと小さく咳払いをして、

「水無月探偵事務所の神無月と申します。皐月菖蒲さんの紹介で参りました」

「お待ち下さい」

 その言葉の直後にドアのロックが解除される音がした。

「どうぞお入り下さい」

 美咲はドアノブを回してドアを開き、中に入った。

「えっ?」

 美咲は一瞬ドアを間違えたかと思った。内装がまるで「ファンタジー」だったのだ。いや、「メルヘン」の方が近いかも知れない。何しろ、壁一面少女趣味全開の壁紙。可愛い動物達が楽しそうに駆け回っている絵が描かれている。

「……」

 言葉を失うとはまさにこういう事を言うのだろう、と美咲は思った。

( 託児所を兼ねているのかしら? )

 彼女は本気でそう考えた。

「お待ちしておりました。松木は只今電話中ですので、こちらでお待ち下さい」

 先程ドアフォンで応対したと思われる紺の制服を着た女性が美咲をソファに案内した。

「はい」

 美咲は導かれるままにソファに腰掛けた。松木麗奈がいるのは、彼女が案内されたソファの横に設置されている白いパーテーションの向こう側のようだ。麗奈の声は丸聞こえだった。

「はい。わかっております。はい。それも承知しております」

 麗奈の声はまるで舞台女優のように良く通る声だった。

「できません。どれほどの額を提示されても、取り下げは致しません。これ以上お話されてもお互い時間の無駄になりますよ」

 その言葉は若干の毒を含んでいた。相手は被告側の弁護士だろうか?

「いいえ、もうお電話下さらなくて結構です。法廷でお会いしましょう」

 ガチャンと受話器を置く音がした。続いてコツコツと靴音がし、パーテーションの向こうから松木麗奈が現れた。ショートカットの黒髪に切れ長の眼。その知性を象徴するような高い鼻。優れた弁舌を繰り出しそうな唇。淡いピンクのスーツとタイトスカート。モデルのような細く長い脚。その容姿は美咲に決して負けていなかった。この場に皆村がいたら、瞬殺されているだろう。麗奈は皆村の好みではないかも知れないが。

「お待ちしてましたァ。神無月さんですね? 私が弁護士の松木麗奈です。うるわしいに奈良の奈と書きます」

 麗奈はニコニコしながら名刺を差し出した。美咲は慌てて立ち上がって微笑み、

「神無月美咲と申します。お忙しいところ申し訳ありません」

 名刺を取り出した。その時美咲は麗奈の様子がおかしい事に気づいた。

「どうされたんですか?」

 麗奈はドサッと向かいのソファに倒れ込むように座り、グッタリとしてしまった。

「お身体の具合が悪いのですか?」

 美咲はビックリして麗奈の横に座って麗奈の顔を覗き込んだ。

「貴女、私の好みだわ。今度一緒にお酒飲みませんことォ?」

「えっ?」

 美咲はギョッとして身を退いた。思いもしない方向にボールが飛んで来た時のバッターのようだった。麗奈の発言は、美咲にとってデッドボールスレスレである。

「ど、どういう事ですか?」

 その手の類いの話に疎い美咲は、真顔で尋ねた。麗奈はウットリとした顔で美咲を見て、

「もうダメ。貴女を見ていると、私の名前が恥ずかしいわ。麗しいに奈良の奈だなんて、とてもおこがましく思えて来るの」

「そんな事ありませんよ。お名前通りの女性ですよ、松木さんは。私なんて全然敵いません」

「その謙虚さも素敵。もう私、貴女にメロメロよ。菖蒲も罪な事をしてくれたわ。貴女のような人を私に紹介したりして」

 麗奈のその言葉に美咲はハッとして、

「ああ、そうでした。菖蒲さんからの紹介状です」

「いいわよ、そんなもの。どうせロクな事書いてないんだから。それより、貴女のところのボスは元気?」

 麗奈は美咲から菖蒲の紹介状を受け取ると開ける事なくポイッと投げ捨ててしまった。

「えっ? 水無月をご存じなんですか?」

「ええ。護君の彼女でしょ?」

「……」

 美咲は苦笑いした。そして、

「篠原さんとも面識がおありなんですか?」

「もちろん。彼が篠原さんのところに養子に入ったのは私の紹介でなの。だから良く知っているわよ」

「はァ」

 篠原は元々「皐月姓」である。諸々の事情から養子になったのだが、その理由はおいおいわかるだろう。

「護君も早いとこ結婚すればいいのにね、貴女のとこの所長ボスと」

「はァ」

 美咲は苦笑いを続けるしかなかった。すると麗奈はその様子に気づいて、

「さてと。飲み会の件はまた後で話す事にしてと。本題に入りましょうか」

「はい」

 麗奈が弁護士の顔に戻ったので、美咲は向かいのソファに移動して居ずまいを正した。そこへ事務員の女性がコーヒーを持って来た。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 美咲がそう言うと、その女性は顔を赤らめてそそくさと立ち去ってしまった。

「ごめんなさいね。彼女も貴女にヤラれちゃった一人なのよ」

 麗奈がニコッとして凄い事を言った。美咲はポカンとしてしまった。

( あの事務員さんも女性が好きなのかしら? )

「後小松総合病院には何のために行くの? 菖蒲からは詳しい話は聞いていないのだけれど」

「殺人事件の事でお尋ねしたい事があるんです」

「金村医師の事件ね。菖蒲が頼んだんでしょ?」

「はい」

「あいつ、金村医師にベタ惚れだったのよ。私が金村医師と訴訟の事で会っていたのに誤解して大騒ぎだったんだから」

「そうなんですか」

 菖蒲の普段の言動からは想像もつかないような話である。嫉妬に狂って冷静さを失っている菖蒲を見たら、葵は大喜びするだろう。

「普段の言動からは想像できないくらい乙女なのよ、あいつは」

 麗奈は嬉しそうに言った。菖蒲はあちこちに敵がいるようだ。

「まァ、あんな性格の悪い女の話はやめて、本題に入りましょうか」

 さっきもそんなことを言われた気がする。美咲はまた苦笑いした。

「後小松総合病院は医療ミスを連発しているとんでもない医療機関なの。でも院長があちこちに手を回して、それを握り潰しているわ。ある遺族は金を積まれて、ある遺族は根も葉もない噂を流されて。とにかく、酷い奴なのよ、後小松謙蔵は」

「医療ミスをしているのが海藤さんなんですよね?」

「ええ」

 美咲は身を乗り出して、

「どうしてそうまでして後小松院長は海藤さんを庇うのですか?」

「海藤を庇っていると言うよりは、自分の信奉者を守っていると言った方が正しいわね。あのジイさんの最終目標は、東京の私立病院の制覇らしいから。医は錬金術の権化なのよ」

 麗奈はソファにふんぞり返って脚を組んだ。美咲は更に、

「金村医師は貴女と医療過誤訴訟を起こそうとしていたのですか?」

「正確には私が起こそうとしていたのよ。ある遺族の話を聞いてね。それで大学の悪友である菖蒲に金村医師を紹介してもらった訳。あいつ、それを口実に私にくっついて来て、金村医師と話をする機会を得ようとしていたの。バカでしょ?」

 麗奈は肩を竦めて笑いながらそう言った。美咲は愛想笑いをしながら、

「松木さんは黒い救急車が来た時、現場にいらっしゃいましたか?」

「麗奈って呼んでよ。苗字で呼ばれるのって、何か疎外されてる気がしちゃうから」

「はァ」

 菖蒲の同級生なら葵より年上のはずだが、麗奈は見た目は美咲と同じくらいに見えたし、言葉遣いに至っては茜に近いものがある。

「その時は残念ながらいなかったわ。菖蒲はいたけどね」

 麗奈は陽気に答えた。

「菖蒲さんはどうして現場にいたのですか?」

「私も行くはずだったのだけど、急な用事で裁判所に行かなくちゃならなくなったので、通常業務を優先したわ。菖蒲にメールしたんだけど、気が早いあいつはもうすでに後小松総合病院の近くにいたって訳。それで偶然にも黒い救急車を目撃しちゃったのよね」

「警察はその事を伏せているようです」

「みたいね。でもネットで噂されてるし、公式に報道されていないだけで、まさに公然の秘密になってるわ」

「医師会が公開を渋ったとか聞きましたが?」

 麗奈はその言葉にニコッとして、

「何故かしらね? 後小松のジイさんは、どうしてそんな事をしたのかしら? どう考えたって隠し切れるものではないのに」

「そうですね」

 美咲もその点は疑問に思っていた。

「後小松総合病院と黒い救急車は繋がりがあるとお思いですか?」

 麗奈はまた駄々っ子のような顔をして、

「そんな他人行儀な言葉遣いはやめてよ、美咲ちゃん。もっとフレンドリーに話しましょ?」

「は、はい……」

「美咲ちゃん」という呼び方は、篠原にしかされた事がない。美咲は本当に麗奈という人物がわからなくなりそうだった。

「海藤は医師免許を金で買ったという噂もある男なの。そんな医者が外科医で、しかも手術を執刀しているなんてとんでもない事よね」

 いつの間にか、麗奈は美咲の隣に座って身体を密着させて来ていた。美咲はスッと麗奈から離れ、

「後小松総合病院に一緒に行って頂けますか?」

 麗奈は満面の笑みで、

「もちろん。貴方の願いだったら、何でも聞くわよ」

「ありがとうございます」

 美咲は身の危険を感じた。麗奈はそんな事は全然気にしていない様子で、

「でも今日はもう遅いから、やめにして、どこかで美味しいものでも食べましょうか」

 腕時計を見て言った。美咲はこれ以上ここにいるのはまずいと考え、

「わ、私はまだ行く所がありますので、これで失礼します。明日また連絡しますので」

「あらあら、そんな寂しい事言わないでよ、美咲ちゃん。私と貴女の仲じゃないのォ」

 麗奈の言動はとても法律家とは思えなかった。

「後小松のジイさんは夜行ってお酒飲ませて喋らせるのがベストなのよ。美咲ちゃんなら秒殺しちゃうかも」

 麗奈は楽しそうだが、美咲は頭痛がして来ていた。

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