第9話好きが分からない
「・・・。・・・ちゃん。・・・真理ちゃん、タグ間違ってるよ!」
「あっ、ごめんなさい。付け直します。」
「どうしちゃったの?ぼーっとしちゃって、らしくないよ。」
アルバイト先のクリーニング店の奥さんから、声をかけられて我に戻った。理由は、一ヶ月前の瀬谷さんの突然の告白。ずーっと悩んでいる。
「ここひと月、なんか上の空なんだよね。」
「・・・本当に、ごめんなさい。」
「今日さ、おばさん、焼き鳥食べたい気分なんだよねー。店終わったら、付き合ってよ。業務命令!」
「はい。」
夜は、会社帰りにワイシャツを受け取るサラリーマンや、お使いでクリーニングを出しに来る近所の子ども達が多い。ほとんどが顔見知りのお客様だから、他愛のない話をすることが多い。新しく出来たパン屋さんが美味しいだの、今日の出来事だったり。私にとっては、お客様とのおしゃべりがほっとする貴重なひと時。
「ハイ、カンパーイ!お疲れ様!」
「お、お疲れ様です。」
お店の近くの焼き鳥屋さんは、奥さんお気に入りの昔からあるお店。
私たちは、生ビールを流し込んでほっと一息。
「マスター、いつものみつくろってよろしく!あと、厚揚げ忘れないでね!」
「わかってるよ!」
安くて、美味しいこの店は、私が東京で安心して飲める貴重なお店でもある。次々運ばれてくる焼き鳥に舌鼓をうちながら、お腹が少し満足になってきた頃。
「悩んでいるのって、恋でない?」
す、するどい、千里眼。
「真理ちゃんを三年見てきているんだよ、それくらい分かるって。自称、東京の母に言ってごらんよ。」
「・・・一ヶ月前に、告白されて・・・。突然のことだったし、今までお付き合いしたこともないから、分からなくて・・・。」
「好きなの?」
「・・・それが、好きってどういうことなのか分からなくて。」
「よし!質問かえる!その人の良いところって何だと思う?」
「私の解釈なんですけど、人の話を最後までじっくり聞いてくれて、裏の想いまで読み取ってくれる。あっ、チームのために命を懸けて、自分が今出来る精一杯のことをする。だから自分に厳しくて一切の妥協を許さないところ・・・それに、あったかい人なんだろうな、たぶん・・・。」
「次から次と溢れてくるねえ。」
「・・・・・・・・・。」
「それが好きってことなんだよ。良いところをいっぱい挙げられるのは、その人を良く見ていて飽き足らない証拠。」
「はあ、そういうもんなんですか?」
「そういうもんよ。人生経験大先輩の私が言うんだから。」
熱々の厚揚げが運ばれてきた。この店の一番人気。
私たちは、ハフハフいいながら、食べていた時、マスターが店のテレビチャンネルをかえた。
「今日は、シーガルズ、頑張れよ!」
マスターがテレビにげきを飛ばしている。
「それでさ、相手、何してる人?」
モジモジしながらテレビを指差して、
「シーガルズの・・・」
「ええ?!野球選手?」
「奥さん、声が大きいです・・・。」
「あっ、ごめんごめん。でも、野球選手は遊び人が多いよ。特にシーガルズは。うちの店、ドームに近いでしょ。だから遊ばれて泣かされた女の子の話はいっぱい聞くなあ〜。」
「やっぱり、そうですか。こんな田舎娘が野球選手と、なんてあるわけないって自問自答してたんですよ。」
そんな会話をしている時に、マスターの
「おっ?今日はピッチャー瀬谷か。一ヶ月ぶりだなあ。やっぱりシーガルズは瀬谷だよな。」
の一言に、私はテレビ画面に釘付けになってしまった。
やっぱり、前回の打撲が響いて試合に出れなかったんだ。もう、大丈夫なんだろうか?
一球一球投げる姿に、大丈夫でありますようにと無意識に祈りを込めていた私に、奥さんは
「まさか、瀬谷投手なの?」
私は、返す言葉もなく、コクリと頷いた。
「そっか、瀬谷投手か。なら、悩むよね。でもさ、最後は自分の気持ちを大事にすることだよ。釣り合いとか、そんなのは問題じゃない。2人でしっかり向き合ってとことん話し合って、あとは心のままに、だよ。私は、いつでも真理ちゃんの味方だからさ。瀬谷さんかあ・・・。」
ますます、自問自答の日々が続きそう。
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