第8話初めての野球観戦

「真理、今日も病院?」

「ううん。昨日で大体、治療は終わり。ごめんね、心配かけて。」

「あれだけの舞踊を、やってたら膝壊れるよねえ、真理だから出来たんじゃない?」

「ある人から、もらった言葉が心の支えになったんだよね・・・。」

「何、それ?」

「何でもな〜い。」

大学の講義が終わり、親友と学内のカフェで他愛のないおしゃべりをしていた時にLineが入った。

《時間のある時に、電話くれる?翔子》

「ちょっと、ごめん。電話してくる。」

カフェから出て、翔子さんに電話をすると、

「あら、早い。膝の調子はどう?」

「すみません、ご無沙汰していて。おかげさまで、昨日で通院はひとまず終わりました。先月は、柚子ちゃんのお誕生日パーティー、ありがとうございました。」

「ああ、そうそう。今日はね、柚子がどうしても真理ちゃんにお話ししたいことがあるって。今、かわるね。」

「真理ちゃん、柚子でーす。」

相変わらず、愛くるしい声に心が温かくなる。

「柚子ちゃん、元気?この前は、とても楽しかった。ありがとう。」

「今日ね、ドームに行こう!パパの応援!」

「えっ?私も?」

「うん、真理ちゃんと一緒がいいの!」

柚子ちゃんペースで話が進んでいると、電話の相手が翔子さんにかわっていた。

「ごめんね。もし、予定がなければ、柚子のわがままに付き合ってくれる?」

「予定は、ないんですけど。私、野球のこと全然わかりませんよ。」

「いいの、いいの。柚子とワイワイしてくれれば、それで十分。」

「それでいいなら・・・。」

「じゃ、大学に17時に迎えに行くね。よろしく〜。」

電話が切れた。・・・の状態で、カフェに戻ったら友人が、

「どうしたの?複雑な顔して。」

「うん、友達に野球観戦に誘われて。私、全然わからないんだよね。」

「ドーム?シーガルズ?」

「いいじゃない。楽しんできなよ。」

友達には、すごく羨ましがられたけど・・・。

そうこうしているうちに、友達は帰り、翔子さんのお迎えの車に同乗して、初めてのドームに足を踏み入れた。

ドーム内の熱気に圧倒された。これから始まる試合への期待感、ファンの人たちの「俺たちも一緒に闘うぞ!」という意気込み・・・すごい。

「席はここよ。柚子は、真理ちゃんとママの間ね。」

「うん、今日は、パパがよ〜く見える席だね!」

バックネット裏と言われる、バッテリーのやりとりが一番見える席らしい。

場内に、本日のスタメンのアナウンスが響いた。

呼名された選手は、大きな拍手に送られながら、来場しているお客さんのスタンドにボールを投げ入れ、守備位置につく。

「あ、パパだ〜。パパ〜‼︎」

小さな体のどこからこんな大きな声が出るんだ、と思わんばかりの声に客席にはどっと、笑いが起こった。

「もう、柚子ったら。」

翔子さんの顔は真っ赤。芦田さんにも聞こえたみたいで、苦笑いしている。微笑ましい。

そしてひときわ、大きな声援と拍手に包まれながらマウンド?に登場したのは、何とあの、瀬谷さんだった。

ユニフォーム姿の瀬谷さんは、何と言えばいいのだろうか、凄みにあふれている。闘う人独特のオーラが出ている。

「知っている人の違う一面を見るのも悪くないでしょ?」

翔子さんは、優しく声をかけた。

まもなく、プレイボールの声とともに、試合が始まった。

「瀬谷君は、シーガルズのエースピッチャーなの。入団して、5年。パパとずっとバッテリーを組んできたけど、彼の最大の強みは確かな技術と、メンタルの強さ。それを支えるだけの、相当な努力をしているの。一切、妥協をしない。野球への誠実さが、瀬谷君のすごいとこなんだって、パパが言ってたわ。」

確かに、一球一球に想いがこもっているのがわかるような気がする。

1回表、三者三振に抑えた。

シーガルズファンは大きな声援で瀬谷さんを讃え、彼は一礼をしてベンチに入っていった。

「次は、攻撃よ。シーガルズファンの応援は日本球界No. 1。見てて、凄いんだから。」

一番打者がバッターボックスに立った時の声援は、ドームが揺れるほどの大声援。選手の励みにならないはずがない。相手ピッチャーは大リーグに一時期行ってきたベテランみたいで、打者との駆け引きが繰り広げられる。

翔子さんは、私の個人解説者。一つ一つ、丁寧に教えてくれる。

柚子ちゃんは、いつの間にか夕食タイム。ハンバーグ&スパゲッティのお弁当を美味しそうに食べていた。

「真理ちゃん、私たちのお弁当も買ってきたから、食べながら観てね。」

互角の勝負が繰り広げられ、7回裏まで0-0。

「翔子さん、瀬谷さんって、この試合を1人で投げきるんですか?」

「うーん、普通はリリーフピッチャーって言って、二番手三番手のピッチャーにリレーするんだけど、瀬谷君は投げきることも多いよ。」

瀬谷さんが、マウンドにあがり、1回から全く球威が衰えない気迫あふれるピッチングを続けている。この観客、チーム、たくさんのものを抱えて投球を重ねている瀬谷さんは、すごい人なんだ・・・。

あと、1人で3アウトになろうとした時だった。

相手チームの打者は昨年、ホームラン王に輝いた選手。瀬谷さんの球を捉えて鋭い打球が飛び出した。誰しもが、安打になると思った場面。瀬谷さんは打球の飛ぶ方向に大きくジャンプをした。打球は瀬谷さんの左胸にあたり、落ちたボールを即座に拾い上げ、1塁に投げて、瀬谷さんは3アウトを勝ち取った。球場はものすごい、大声援。彼はさながら、ヒーローのように大拍手をあびた。

しかし、打球を受けた痛みは相当のようで、芦田さんはもちろん、選手も集まり、瀬谷さんを囲んでいる。即座にベンチからピッチングコーチとトレーナーが飛び出してきて、彼を抱えるようにベンチに下がって行った。

大丈夫だろうか?まさか、骨折をしてはいないだろうか?気が気ではなかった。どうか、無事でありますように、そう願っていた。

試合は続行。シーガルズの選手たちは、瀬谷さんの頑張りに報いようとしているかのように、バッターボックスで粘りに粘った。ファンも同じ気持ち。球場内に一体感のようなものが生まれていた。3人目の打者は、芦田さん。大きく深呼吸をして、構えた。ピッチャーが投じた一球がものすごい快音を響かせてレフト方向に飛び、観客席に吸い込まれた。

「パパ、ホームランだ!柚子、パパがホームランを打ったよ!真理ちゃん、打ったよ!」

シーガルズファンに雄叫びが上がった。

シーガルズが先制点を得て、最終回。球場はざわついた。

打球を受けた瀬谷さんが、マウンドに駆け上がったのだ。

ええっ、大丈夫なの?無理しないでほしい。

「翔子さん、何で、あそこまで、無理するんですか?」

「真理ちゃん、それが瀬谷君なの。痛くても、投げられる限りは、しっかり投げ抜く。それがピッチャー瀬谷健人。」

私は、もう祈るしかなかった。無事に早く終わって欲しい。

フォアボールなど、やはり乱れはあったが、9回表無失点。シーガルズの勝利に終わった。

ああ、良かった。今までにない緊張感から解放された一方。瀬谷さんの左胸が気がかりでならなかった。

「ヒーローインタビューです。今日はバッテリーのお二人、瀬谷投手と芦田捕手です。」

早く、病院に行った方が良いのに・・・。

「まずは、芦田さん、見事なホームランでしたね。」

「ありがとうございます。とにかく、ファンの応援に応えたいのと、瀬谷を楽にしたい、それだけでした。」

「では、瀬谷選手。大丈夫ですか?」

「心配かけて、すみません。勝利、皆さんおめでとうございます。」

謙虚な一言だった。

ヒーローインタビューも終わり、興奮冷めやらないドームを後にして、私は翔子さんにアパートまで送ってもらい、ドームでの出来事を思い返していた。命を削る想いで野球をやっているんだなあ・・・。やっぱり、すごい人なんだ。

でも、無傷ではないよね、いくら鍛えているからと言っても、すごい衝撃だったから。

時計を見ると、23時。あっ、もうこんな時間。明日、お稽古に一ヶ月ぶりに行くから、お着物の準備をしようかな。

その時、携帯電話が鳴った。見知らぬ番号にドキドキしながら

「はい、もしもし?」

「遅くにごめん。瀬谷です。番号を芦田さんから聞いてかけたんだけど・・・。」

「・・・・・・。」

「今、君のアパートの前に来ているんだ。ちょっと出てこれないかな。」

あわてて、窓の外を見ると、確かに瀬谷さんの車がハザードランプをつけながら停車していた。

私は、あわてて上着を羽織り、瀬谷さんの車のガラスをコンコン。

瀬谷さんは、ウインドーを下げて、

「ちょっと、乗ってくれるかな?」と言った。

助手席に乗り、ちらっと瀬谷さんの様子を伺う。

「今日、ドームに翔子さんたちと来てくれたね、ありがとう。」

「知ってたんですか?」

「うん、芦田さんから聞いていたから。それにバックネット裏から、柚子ちゃんの声が響いていたから。」と言って、優しく微笑んだ。

良かった。やっと、重責から解放されたんだ。本当にお疲れ様でした。

「んっ?どうした?」

瀬谷さんの言葉にハッとして、いつの間にか涙を流している自分にびっくりした。

「あ、ごめんなさい。左胸大丈夫ですか?本当はとても痛いでしょ?それなのに、そんな姿を微塵も見せずに、一球に想いを込めて投げている瀬谷さんに感動して・・・自分が何で泣いているのかもわからない。」

まずい、しゃっくりが出て来た。泣くと、しゃっくり病になる私。

すると、瀬谷さんは優しく笑って、私の頭を胸に抱き込んだ。

「今日さ、辛い場面が何回かあったんだ。でも、バックネット裏の君を見て、鷺娘に負けてられないなって思って、頑張れたよ。打球を受けた時もすごく痛かったけど、舞台上の君のように完全燃焼しか、考えていなかった。だから、今日は、君のおかげだ。ありがとう。」

「あれ?しゃっくりがおさまった。」

「だろう?」

互いに笑いあった。

「軽い打撲だけど、明日病院に行くよ。」

「しっかり、治してくださいね。私はおかげさまで完治しました!」

明るく言った、その時、瀬谷さんは大きく深呼吸をした。

「あのさ、俺たち、似ていると思うんだ。だから、言葉にしなくても分かり合えるし、支え合える存在になれると思う。俺は君といることで、自分らしくいられると思ってる。だから、考えて欲しい。俺とのことを。・・・・俺は、君のことを好きだ。」





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