第7話お誕生日会
五歳の女の子にプレゼントって何が良いんだろう?
お人形?シルバニアファミリー?んー、難しいなあ。
「お客様、何かお探しですか?」
デパートのおもちゃ売り場の店員さんが、救いの手を差し伸べてくれた。
「はい、五歳の女の子のお誕生日のプレゼントを何にすれば良いのか、わからなくって。」
店員さんは、どんな子か、何色が好きか、どんな遊びが好きかを事細かに聞いて、
「オシャレ好きなお嬢様みたいなので、ジュニア用のコスメセットはいかがですか?人気商品なんです。」
その一言で決まった。綺麗にラッピングしてもらい、上野駅へ急いだ。
目的地は、品川のマンション。日本舞踊のお稽古場で親しくさせてもらっている芦田さん親子のご自宅。今日はお嬢さんの五歳の誕生日で、ホームパーティにお呼ばれしている。山手線の品川駅で降りて、歩いて行ける距離だけど、タクシーに乗った。先日の舞踊発表会に向けての稽古の最中、右膝の靭帯を痛めてしまい、ゆっくりじゃないと歩けない。
あっという間に、芦田さんのマンションにタクシーが到着した。精算をして、インターホンを押すと、
「はい、どうぞ〜。今エントランスのドアを開けるから、そのまま10階の1005号室まで来てね。」
彼女の声を聞いて、なんかほっとした。彼女、翔子さんとは私が上京してからのお付き合いになる。
私にとって、数少ない、心を許せる信頼できる1人。
ピンポーンってしようとしたら、今日の主役の柚子(ゆず)ちゃんがドアを元気よく開けて、にっこり。最高の笑顔だわー。
「いらっしゃーい。待ってたんだよ!」
こんなに、歓迎されるなんて、もうたまらない。
柚子ちゃんに、手をひかれ、
「お邪魔しまーす。今日は、お招きありがとうございます。」
「よく、来てくださったわ。ありがとう。柚子は真理ちゃんのこと、大好きだから。今日は朝から、そわそわしてるのよ、ねっ、柚子。」
「うん!」
女子組がワイワイしていたところに、柚子ちゃんのパパが帰って来た。
「おっ、賑やかだなあ〜。」
「パパ〜、お帰り。」
柚子ちゃんを抱っこするパパは娘にメロメロ。
「おっ、そうだ。今日はもう1人柚子の大好きな、ゲストを呼んだんだ。」
ひょっこり、顔を表したのは、免許証の君!
「ああっ?!」
「ええっ?!」
「何?知り合い?瀬谷君!」
「免許証を拾って届けてくれて、俺は彼女の学生証を拾って届けて、上野のあんみつ屋さんでも、ばったり会って。」
免許証の君は、オロオロしながら、律儀に説明している。
「じゃあ、この前、私と柚子が出ていた舞踊発表会での真理ちゃんの鷺娘見た?」
「はい、観ました。日本舞踊は分からないけど、ものすごく感動しました。」一同、あまりの偶然にびっくり。一番冷静な柚子ちゃんの
「始めようよ〜」で我に戻った。
「よし!柚子のパーティ、始めるか。皆んな座って!」
「飲み物は?大人はシャンパンで良いかな?柚子はオレンジジュースね。」
「あっ、翔子さん、俺は明日に備えてお茶で。」
「明日、先発?さすが、瀬谷君、パパと意気込みが違うわ。」
「おいおい、俺はスタメンだから、その辺は息抜きが必要なんだって。」
さっきから、話が全く理解出来ない。
「ああ、うちのパパと瀬谷君はシーガルズ(球団名)でバッテリー組んでいるの。教えてなかったっけ?」
「そ、そ、そうだったんですか?驚きすぎて・・・」
「ねえ、お腹空いたよ〜。」
「ああ、ごめんごめん、始めよう!」
それぞれのグラスに飲み物を注ぎ、パーティはやっと始まった。
一番の盛り上がりは、プレゼントタイム。柚子ちゃんは、コスメセットが一番のお気に入りだったみたいで、ほっと一安心。翔子さんの手料理に舌鼓をうちながら、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。さっきまで、おしゃべりさんだった柚子ちゃんは、いつの間にかソファーで夢の中にいた。
「あっ、もうこんな時間。そろそろ失礼します。今日は、本当に楽しかったです。ありがとうございました。」
「俺も、これで失礼します。ご馳走様でした。」
「あっ、瀬谷君、真理ちゃんを送って行ってくれる?彼女、今、膝を痛めているから。」
「ええ、いいですよ。自宅はどこですか?」
「あっ、大丈夫です。歩けますから。」
「いいよ。車で来ているから、きちんと送るよ。」
「真理ちゃん、瀬谷君はちゃんとした人だから。」
「瀬谷、送りオオカミになるなよ〜」
「先輩、何言ってんすか?さ、帰りますか?」
何の成り行きか、分からないまま、彼に送ってもらうことになってしまった。
彼の車は外国車のRV車で車高が高いため、助手席にすすめられた時にちょっと私の右膝が悲鳴を上げた。それを見た彼は助手席側に回って、私をヒョイっと抱き上げて、助手席に乗せてドアを閉めた。
「家は、どこ?」
「あ、御茶ノ水です。ごめんなさい、ご迷惑をおかけして。」
「右膝、靭帯?それ、かなり悪そうだから、きちんと治療しないと駄目だよ。」
「はい・・・・・」
車窓から、東京の流れる夜景を見ながら、無言の時間が続いた。すると、
「この前の、鷺娘だっけ?命をかけて舞っている君の姿に心をうたれて、何て言えばいいのか分からないけど、すごい人だなあって思った。」
「・・・私は、瀬谷さんのあんみつ屋さんでかけてもらった言葉に励まされて頑張れました。自然体で、長根さんにしか舞えない舞をって言われてから、稽古にとことん励めたし、舞台では鷺娘になりきれました。瀬谷さんのおかげですね、ありがとうございました。今日、お礼が言えて良かった。」
素直に自分の想うことを言葉に出来て、とても気持ちが楽になった。
「あ、ここです。ありがとうございました。」
「ちょっと、待って。」
彼は、助手席側に回って私を、抱きおろしてくれた。
「本当にありがとうございました。では、」
彼は、笑顔で運転席にまわり、乗り込もうとした瞬間に、
「あのさ・・・」
その後に、続いた言葉を私は聞き取れなかった。彼の車が静かに遠ざかっていった。
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