第2話 White in Gray
迷っていた。道にも。人生にも。
「ふぅ」と軽くため息をついて、辺りを見回すと毎日の通勤で見慣れたはずの住宅街が一瞬知らない土地のように見えて少し心臓の鼓動が早くなった。通勤どころか、なんなら高校時代もこの辺りを通って学校に通っていたのに、1本道を違えるとこうも違うものかと驚いた。
「202号線から別府橋の下を抜けて、近道を使って職場のある百道に向かってきたはずなんだけどなぁ。やっぱりいつも通り区役所の前の交差点を曲がっとけば良かったか。うーん、もう少し行ってみるか」
割と入り組んだ住宅街を、海に向かってチャリで走ること10分。10月下旬の午前7時半の空気は涼しいというより肌寒いぐらいで、頭の後ろで髪を結わいた時に首筋にできた後れ毛を、吹き去る風がスーッとなびかせているのを感じた。道に迷って不安なせいもあってか、そんなに急いでこいでないのに少し息が上がった。回転する車輪に合わせて「はぁ・・・はぁ・・・」と白味がかった息を吐き出すと、喉の奥が乾いて少し吐き気がした。通勤、通学で足早に行き交う人の話し声もそぞろに感じながら、住宅街を走ってほどなくして見覚えのあるパン屋が目に入って安心した。
「祖原公園のちょい先まで来てたのか。もう大丈夫そうだな」
ここのパン屋の前を通り抜けると、毎朝イースト菌の香ばしい、あったかい香りがふわっと体を包んでくれて、少しハッピーになれた。
福岡に帰って来てから3回目の秋が迫っていた。三十路の前に人生をもう一度見つめなおしておきたくて地元に帰って来て、2か月後には30の誕生日を迎えようとしていた。福岡は子どもの頃より大人になってからの方が楽しい。あと、本当に居心地が良い。何と言うか、不足感もないし、余りすぎてもない必要十分な感じ。19歳から5年間東京で働いていた時も、24歳から4年間京都で働いていた時も、周りに遊ぶところとか見るところは沢山あったけど、結局自分にはそんなに必要ないようで、最初の1年ぐらいは色々と見て回ったけど、次第にテンションも上がらなくなって、最後は自分の興味のあるところしか行かなくなっていた。良かったのは現地の知り合いが出来た事と仕事でそれなりに経験積めた事ぐらいかな。
帰ってきて、地元がほとんど変わってなくてビックリした。変わってたのは九州大学の六本松キャンパスが伊都の方に移転したらしく、その跡地に裁判所が入るそうで建設が始まっていた事と、六本松を通る地下鉄が新しく開通していたところの2点。あとは、昔からある交差点の角の居酒屋、年間で何冊売れてんねんてぐらいいつも閑散としてる街の本屋、ぎっくり腰になったかーちゃんを支えて連れて行った整骨院、九州でしか目にしないスーパーサニーの六本松店、学生の時よく行ってたモスバーガー、それから昔家族で住んでた樋井川沿いのマンション。時間が止まってくれててちょっと嬉しかった。反面、天神、中洲、博多のエリアはむしろ9年前と同じところを探すほうが難しいくらい劇的に変わっていたけど、あそこらは僕にとってはもともと地元感が薄いので、特に寂しい感じはしなかった。もちろん、山も川も海も公園もそのままだった。
親兄弟が元気にしていたので、これまで割と自由に生きてこれた。ずっと地元に残ってる友達、僕のように帰ってきたやつ、新たに出て行ったやつなど様々だった。
ある人が、地方は現状維持と妥協が暗黙の共通理解だから、優秀なやつは大都市に行って、地方は周辺の半端なやつが集まってくるとか知った様なことを言っていたけど、それには皮膚感覚として受け入れられない何かを感じた。優秀をどういう意味で使っているのか知らないけど、僕の言葉で言えば、自分の幸せをよく理解して実践できてるやつが優秀な人間なのであって、客観的な「優秀な人」とは必ずしも一致しないし、地方も大都市もない。人生は気持ちと体調次第でバラ色にもモノクロにもなるでしょ?
あるいは、「どこにいるかで自分が左右されているようでは、まだスタートラインにも立っていない」とも言えるかも知れない。なんつって、道半ばの僕が偉そうに言えたもんでもないけどね。
西新商店街を横目に見ながら、真っ直ぐサザエさん通りを北上する。少し黄色になりかけてる街路樹の下をスーっと通って、昔通っていた西南高校のある交差点で左に折れた。ほんのり潮風が香ってきて、海が近づいてきたのが分かった。
ここを通るといつも頭の中で魔女の宅急便の『海の見える街』が流れる。主人公のキキが故郷を飛び出して初めて降り立つ街。その降り立つ直前に、『海の見える街』をBGMに上空から海に浮かぶ街がぶわっと広がってるシーンが入る。スウェーデンのストックホルムがモデルになっているそうだけど、雰囲気が近いから『海の見える街』が似合うのかもしれない。実際うちのオフィスからビーチと海が一望できる。タワーマンションの前の広い車道を通って、だだっ広い公園と総合図書館を抜けると、海沿いにオフィス街が現れる。富士通のビルの隣がうちのオフィス入ったビル。途中迷った割に、定時よりだいぶ早く着いてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます