第7話ユアリさんとイシイさん

 わっちはケガをした指をぐるぐると包帯で巻かれていた。

 ここは木造で建てられた小さな診療所、ここの医師はまだ若いが治療の腕がたつ男性イシイさん、助手でとても綺麗なユアリさんという女性で開業している。

 薬の匂いが鼻につくのぅ、じゃが何故かくせになるわ。

 ユアリさんはわっちの指に包帯を巻きながら言った。

 「女の子なんだから、もう少し指は綺麗にしなきゃね」

 わっちはえへへっと笑いながら頷いた、ちょっと牧場の仕事を頑張りすぎてまめが潰れてしまったのじゃ。

 「あのお代は?」わっちは聞いた。

 ユアリさんはにっこり笑った、本当に綺麗じゃのぅ。

 「一万ギルです」

 たっ、たけー!!!

 包帯ぐるぐる巻いただけじゃろ!!

 なんてこったい!

 家に帰ってカエルさんにその事を話すと、カエルさんは小さい指差しをコップにしてコーヒーを飲んでいた。

 「包帯巻くだけならなんで診療所に行ったんだ?」

 そう言うと、コーヒーをすすり始めたカエルさん。

 「えーと、ユアリさん綺麗だから、治療してもらいたかったんじゃ。これってあれかのぅ? つつもたせって奴かのう?」

 カエルさんは口に含んでいたコーヒーをブーッと吹き出した。

 「どっどこで覚えたんだそんな事」

 なんでじゃろう? カエルさん動揺しておる。

 ドンドンドン

 「ユアリさん、大変なんです」

 真夜中にわっちはユアリさんの診療所の木の扉を叩いていた。

 ユアリさんはガウン姿で手にカンテラを持って出て来てくれた。

 後ろにはイシイさんがいる。

 「赤ちゃんが産まれるんです」

 イシイさんとユアリさんの診療所では出産を手伝う事もうけおっている。

 イシイさんはパジャマのまま、ユアリさんはガウンにショールをかけてわっちの牧場に来てくれた。

 わっちは馬小屋にイシイさんとユアリさんを案内すると二人ともビックリした表情をしている。

 イシイさんがわっちの前にきて黒い瞳でわっちを見る。

 「あのね、動物は」

 「イシイさん、行くわよ」

 イシイさんはユアリさんを見て驚いた。

 「おっおい」

 馬小屋に入るともうすぐ子馬が産まれそうだ。

 ユアリさんは親馬のシルバーに頑張ってと声をかけている。

 「あっあの」

 わっちは戸惑ったなにもしてくれぬのか?

 「ごめんなさいね、私達ではお馬さんに近づく事すらできないの、下手に近づくとケガしちゃうの、あの子が頑張るしかない、そして私達は応援する事しかできないの」

 わっちはシルバーを見た頑張っているシルバーも子馬も。

 わっちも応援する。

 イシイさんも頑張れっと大声で叫んでいた、いつも物静かなイシイさんが。

 カエルさんもいつの間にか腕を振り上げていた。

 ヒヒーン!

 やったのじゃ!

 子馬さんが産まれた。

 シルバーは子馬の体の体液をなめながら綺麗にしている。

 「よかったぁ」

 わっちは手を合わせて肩の力をぬく。

 「いいえ、これからよ」

 え? わっちはユアリさんを見た。

 「あの子馬が自力で立ち上がるまで安心はできないわよ」

 そうだった、子馬さんは産まれたすぐ後立ち上がらないといけないんだった。

 プルプルとか細い脚を震わせながら立ち上がろうとしている。

 わっちとユアリさん、イシイさん、カエルさんはまた応援し始めた。

 やったー、立ち上がったのじゃ!

 なんと感動的な場面じゃ、涙が浮かぶ。

 子馬が無事に産まれてトコトコ歩いているのを眺めながら、わっちは地面に体育座りをしていた。

 「よかった、無事に産まれて」

 わっちは涙を拭いてそう呟いた。

 ユアリさんはにっこりあの綺麗な笑顔を浮かべた。

 「そうね、でもね、今回のようにうまくいくばかりじゃないのよ、人間だってそう」

 わっちはふっとユアリさんの顔が暗くなっているのを見逃さなかった。

 「私もたくさんの赤ちゃんを取り上げてきたけど無事に産まれなかった赤ちゃんもいるわ、私の赤ちゃんもね」

 わっちはえっと思わず声を出した。

 「昔の話し、私、この村にはいなくてね、遠いバウェンの街に住んでいたの、旦那さんもいてね、妊娠もしたんだけど旦那さん、いつもお酒に酔って私を殴ってたの。

 そしてお腹を殴られて、流産しちゃったの、それを知った旦那は他の女性と逃げていったの、残された私は崖から飛び降りて死のうとしたの」

 ひどい! その男、悪魔のわっちが言うんだから相当ひどいよ!

 いつも優しいユアリさん、いつも強いユアリさんにそんな過去があったなんて。

 「でも、私は崖の下でたくさんの傷を負っても生きていたの、それでね『あぁ私、死ぬことすら許されていないんだ』って、涙も出なかったわ」

 わっちは悲しくて涙が溢れてくる悲しい、悲しすぎるよ、ユアリさん。

 「そんなに悲しまないで、私にも幸せはやって来たのよ、そこに駆けつけてケガを治してくれた人がいたの」

 え?

 ユアリさんはイシイさんを見た。

 もしかして……。

 カエルさんは大きくうなづく。

 「今の旦那さん、無口で無愛想だけど私を誰よりも大事にしてくれる」

 ユアリさんはイシイさんにウインクして見せる。

 イシイさんは顔を真っ赤にして馬小屋の小さな窓の外を眺めていた。

 「イシイさん、今の旦那さんとの赤ちゃんもいるのよ」

 ユアリさんはお腹をさすった。

 わっちは嬉しくなり「やったぁ!」っと叫んだ。

 「では、応援代とお話し代、あわせて6万ギルになります」

 ユアリさんはにっこり笑った。

 ギャアアアア!!つつもたせじゃ!!

 そしてユアリさんとイシイさんの診療所には元気な男の赤ちゃんが家族に加わった。 




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