和尚さんと桜散る

 音雨山おとうさん華麗宗かれいしゅう仁王寺におうじの覚詠和尚さんは、境内にある桜の巨木をよしのさん、かぐやと見上げています。

「満開の桜は見事であるが、哀れでもある。亢龍悔いあり。頂上まで上ったものは、落ちていくしかない。満開の桜もいずれは地上に落ちる」

 和尚さんは寂しげに言いました。桜が満開になってもさくらさんは現れません。さくらさんは桜・紅葉前線協会を辞めてしまったようです。和尚さんはそのことを知るませんでした。とても悪い予感がします。でも、警察に捜査願いを出すわけにはいきません。さくらさんには決まった住所がないのです。桜・紅葉前線協会の仕事も、自分の特殊能力を用いたボランティア活動なのです。だから、本当は無職。そんな人の行方不明届けを出しても相手にされないでしょう。和尚さんはさくらさんがきっと来ると信じて、じっと我慢をすることにしました。


 学校のお寺遊び禁止令が解けて、子供たちがまた、遊びに来るようになりました。和尚さんは桜餅を作っておやつに与えました。

「翔斗、怪我は大丈夫か?」

 和尚さんが聞きます。

「へっちゃらだよ。救急車なんて呼ぶから、ことが大きくなっちゃったんだ」

「みなは、ここで遊べない間、どこで遊んでおった?」

「おうち」

「学校はつまらないから家にいた」

「ゲームか。最近のはビジュアルがすごくて目が回るな」

「和尚さんもゲームやってたの?」

「ああ、ゲームウォッチやらファミコンやらスーパーファミコンまでやったな。キャラクターがドット絵で可愛かった。今はリアルを追求しすぎて遊び心がない」

「よく分かんない」

 ジェネレーションギャップに慌てる和尚さんでした。やがて、和尚さんは春の陽気に誘われてうつらうつらしてきました。膝には猫の、たたと、ととが乗っかっています。いつしか、和尚さんは夢を見ていました。愛の女神、アテナが和尚さんに問いただします。

「仏徒、覚詠。お前が本当に惚れているのは、さくらか? かぐやか?」

「愚問にございます。さくらに決まっております。かぐやは拙僧の娘か姪。愛しかたが違います」

「ならば、これを見よ」

 アテナは一枚の写真を和尚さんに見せました。写真にはヨボヨボのおばあさんが写っていました。

「どなたですか?」

 和尚さんはききます。

「ふふふ、今のさくらの姿だ。驚いたであろう」

 アテナは吹き出しました。

「人を、その外見でしか判断しないとは、ギリシャの神も大したことございませんなあ。拙僧にはさくらとの短い時間ではありますが、たくさんの思い出があります。私の心は一つです」

 和尚さんは、はっきりと言いました。

「我を、我を侮辱したな。聖闘士よこの坊主を磔の刑に処せ」

 和尚さんは十字架にはめられ、錆びた槍で体を突かれました。

(仏教徒なのにギリシャ神に殺されるとは、良い経験じゃ)

 和尚は心の中で思いました。

 処刑は終わりました。刑吏が和尚さんの遺体を処分しようとします。すると、

「ああ、よく寝た」

 と和尚さんが生き返りました。

「奇跡だ」

「これぞ、神の預言者だ」

 群衆が和尚さんに触ろうとたいへんな騒ぎになりました。

「今度はキリストか」

 和尚さんは慌てて逃げました。次はイスラム教ですが余計なことを書くと、私の生命が危ういので、和尚さんには本当に起きてもらいます。

「うぬう、なんかとっても勉強になる夢を見たような気がする」

 和尚さんは思いました。

 

 庭を見ると桜の木が風に煽られて桜吹雪を演じています。遠山の金さんならば、杉良太郎でしょうか? 中村梅之助、橋幸夫、西郷輝彦、松方弘樹? でも桜は女の花。綾瀬はるかに踊ってもらいましょう。ああ、作者の個人的見解です。あしからず。

 和尚さんは桜の演舞を見ながら、もう会えないかもしれない、さくらを思い、目頭を熱くしました。あたりはもう真っ暗。LEDに照らされた桜の巨木を相手に、和尚さんは般若湯を口にしました。それもこれも、よしのさんの気遣いです。


 翌日には花のほとんどが地面に落ちてしまいました。よしのさんは、

「わたくし、そろそろ北上しなければなりません。短い間でしたがお世話になりました。予定では十月頃、紅葉前線としてこちらに参ります。またお邪魔してよろしいですか?」

「ああ、あんたならいいだろう。またおいで」

「ありがとうございます」

 よしのさんの目に涙が光ります。

「では、ごきげんよう」

 よしのさんは去っていきました。桜の季節の終わりです。


 五月になりました。和尚さんはまた、仁王門に鯉のぼりをかかげました。子供たちは今年もお出かけでいません。和尚さんにとって一年で一番穏やかな季節なのではないでしょうか? 和尚さんは柏餅を五十個だけ作りました。全部一人で食べるつもりです。また太りますよ、和尚さん。

「だから言っとるだろ。わしはわざと太っているのだ。マッチョで逆三角形の坊主だったら、誰も頼りにして来ぬわ」

 ところで和尚さん。お話があります。物語もこのエピソードで終わりです。

「なんじゃ、もう終わりか。短いのう」

 これでも十万字書いたんですよ。

「書いただと。キーボードを打ったんだろ。日本語は正確にな」

 はいはい。

「はいはいするのは赤ちゃんだけじゃ。はいと一回言えば良い……とさくらが言っていたな」

 そのさくらさんですけどね。

「なんじゃ?」

 私の一存でどうにでもなりますよ。作者ですから。

「君、柏餅は食べるかね?」

 いえ、結構です。それよりどういう風にしたいですか、和尚さん? 

「それはな」

 はい。

「さくらの好きな通りにさせてやってくれ」

 いいんですか? もうここには戻って来ないかもしれないんですよ。

「構わん。さくらはわしの心の中でいつも微笑んでおる。そうじゃ、今夜は作者とキャラクター、二人で般若湯をやろう。つまみは柏餅じゃ」

 こうして、私と和尚さんの最後の時がやってきました。でも安心してください。明日の朝一番の電車でさくらさんはこの街に戻ってきます。もちろん、ヨボヨボのおばあさんじゃありません。美人のままです。彼女がなかなか来なかったのは、今まで見たことのなかった葉桜を見て回りたかったんだそうです。これからは和尚さんと二人、春夏秋冬色々な風景を見ることができますよ。よかったですね、和尚さん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

和尚さんの春夏秋冬 よろしくま・ぺこり @ak1969

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る