和尚さんとひな鳥

 音雨山おとうさん華麗宗かれいしゅう仁王寺におうじの覚詠和尚さんが境内の掃除を終えて、母屋に帰ってくると、玄関の前にかぐやが座り込んでいました。

「どうした。具合でも悪いのか?」

 和尚さんが聞くと、

「これ見て」

 とかぐやが何か指さしました。

「なんじゃ……ほう、可愛いお客様じゃの」

 和尚さんはつぶやきました。かぐやが指差した場所には、一羽のひな鳥が踏ん反り返っていました。偉そうにしてますが、あたりはフンだらけです。たぶん、ビビっているのでしょう。

「さて、巣立ちに失敗したムクドリかのう」

 和尚さんは言いました。

「助けてあげて」

 かぐやが手を合わせます。

「しかし、野鳥は人の手から餌をもらわんだろう。いずれは衰弱して死んでしまう。それにウチにはねこがいる。見つかったらたいへんだ。余計な殺生をしかねない。裏山に放すしかないのう」

 と和尚さんは言いました。

「和尚さんの意地悪。なら、わたしが面倒を見る」

 かぐやは怒って、ひな鳥を両手で包むと東屋へ言ってしまいました。

「うぬ、悲しいことにならぬと良いが……」

 和尚さんはつぶやきました。


 かぐやは東屋に帰ると小さな靴箱を用意して、中におがくずを敷き詰めました。そこにひな鳥を優しく入れます。

「あとは、ご飯ね」

 かぐやは考えて、和尚さんにおやつでもらったあんぱんのパンの部分をちぎってくちばしの前に置いてみました。すると、ひな鳥は喜んで食べました。かぐやは嬉しくなりました。和尚さんは野生の鳥は人間から餌をもらわないと言っていたけれど、ひな鳥は食べました。感動です。ただ、かぐやが人間だということには若干疑問を持ちますが、それはそれで良いでしょう。パンを食べたことが重要なのです。

 

 かぐやはその日、夜遅くなるまでひな鳥と遊びました。よく見ると、ひな鳥は産毛が取れて、大人の羽が見えていました。巣立ちまでもう少しだったのでしょう。そしてチャレンジして、墜落、這う這うの体で、お寺の母屋に向かったのでしょう。和尚さんが生き物に優しいことは動物界に広く知られています。虎やライオンも和尚さんの前ではねこになると言われています。事実は定かではありませんが……。

 夜、かぐやは、ひな鳥に飛行訓練を実施しました。かぐやの人差し指にひな鳥を掴ませ、そこからジャンプさせるのです。ひな鳥はブンブンと羽根を羽ばたかせてやる気十分です。

「飛べ!」

 かぐやが言うと、人差し指からジャンプします。やった、成功かと思いましたが、ひな鳥は真っ逆さまにおちて行きました。

「うーん、筋力と、バランス感覚が悪いのね」

 かぐやは悔しそうに言いました。そこに和尚さんが来ました。

「どうじゃ、ひな鳥は?」

「もうちょっとで飛べそうなの。でもなにかが足りない」

「母の愛だな」

 和尚さんは言いました。

「母の愛より強いものはない。かぐやよ、ひなの母になれ」

「はい」

「よしよし」

 和尚さんはうなずくと、おやつのあんぱんを置いて行きました。


「ひな鳥の母になる」

 かぐやは考えました。そして、

「ひな鳥に名前をつけよう」

 と考えました。

「そうねえ、ピーピー泣くからピーちゃんだわ」

 名前はピーちゃんとしました。

 名前を呼んで、飛行訓練を続けました。でも、もう少しのところでピーちゃんは飛べません。

「これは自然界に返すのは無理だわ。わたしが一生、面倒見なきゃならない」

 かぐやはこう決心しました。


 お寺には五匹のねこがいます。すっかり大きくなりました。どれも、おっとりとした性格で人間によくなつきます。裏庭の鹿や、裏山の狼、ゴリラ、大鷲にも懐いています。しかし、ことが、ひな鳥となるとそう、うまくはいきません。ねこは小動物に襲い掛かるのが本性です。これは自然の摂理なので、和尚さんは何も言いません。でも、ぴーちゃんを襲わせるわけにはいきません。かぐやが大事に育てているからです。なので和尚さんはねこたちが東屋に行かないように、本堂に、またたびを撒きました。五匹のねこは、またたび効果でうっとりとして、本堂から出なくなりました。ねこにまたたびとはよく言ったことわざだと和尚さんは思いました。


 二日が過ぎました。和尚さんは今朝も、あんぱんを持って東屋にいきました。ピーちゃんの朝ごはんです。もちろん食べさせるのはパンの部分です。あんこの部分は和尚さんが食べます。

「かぐやや」

 和尚さんがかぐやを呼びますが、返事がありません。トイレにでも行ったのでしょうか。

「勝手に上がるぞい」

 和尚さんは東屋に上がりました。ベランダにピーちゃんを入れた靴箱があります。和尚さんはそれに向かって歩き出しました。

「おい、ピーちゃんよ。餌を持ってきてあげたぞ」

 和尚さんが箱を開けます。ピーちゃんは羽ばたきして喜びました。

「今朝は和尚が餌をやろう」

 和尚さんはあんぱんのパンの部分を小さくちぎって、ピーちゃんにあげました。ピーちゃんは遠慮することなく食べました。

「これは可愛い」

 和尚さんはどんどん餌をあげます。ピーちゃんもどんどん食べます。

「お主、本当に野鳥か? 人間に慣れ過ぎておる」

 和尚さんは首をひねりました。

「さて、次は飛行訓練だ。ピーちゃんよ人差し指に乗れ」

 和尚さんは右手の人差し指を出しました。ピーちゃんはそこにぴょんと乗ります。

「ピーちゃんよ。羽ばたけ、そして飛べ!」

 和尚さんが喝を入れます。ピーちゃんは勢いよくはばたくとジャンプしました。やったか? しかし、ベランダの床に落ちてしまいます。

「まだ無理か。ここにいる時間が長くなるほど、野生に帰れなくなる」

 和尚さんはそれを心配していました。


 そこにかぐやが、外から戻ってきました。

「かぐや、朝早くからどこに行っておった?」

「裏山に、木の実を拾いに行っていました」

「木の実?」

「ピーちゃんに野生の味を食べさせてみようと思って」

「なるほど。良い考えじゃ」

 そう、和尚さんが行った時、

「ピーッ」

 という鋭い鳴き声がしました。それを聞くとピーちゃんは羽をばたつかせました。

「まさか?」

「なんですか?」

「あの声はピーちゃんの母鳥の声かもしれぬ。この二日、探しておったのだ」

「そんなことって?」

「鳥獣にも母子の愛があるということじゃ。我らは、身を潜めるぞ。人間がいては母鳥がピーちゃんに近づけない」

 和尚さんとかぐやはベランダから室内に入りました。

「ピーッ」

 また声がします。ピーちゃんは必死に飛ぼうとします。母鳥はベランダの手すりに捕まりました。

「ピヨピヨ」

 ピーちゃんは最後の力を振り切ってベランダによじ登りました。そして母子で森の方へ飛んでいきました。

「…………」

「ピーちゃん、飛べなかったのに」

 かぐやは涙を流しました。和尚さんは不動の心で持ちこたえました。


 その後のピーちゃんの消息は分かりません。でも時々、本堂に、木の実やらトカゲなどの小動物の死骸が置いてあるのを見て、和尚さんはいつも、

「ピーちゃんよ、気持ちはありがたいが、もっとまともなものをお供えしないか」

 と思うのでした。

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