和尚さんと遠き春

 音雨山おとうさん華麗宗かれいしゅう仁王寺におうじの覚詠和尚さんは、参道の雪かきをしながらぼやいています。

「今年は雪が多い。総じて春の来るのが遅い。地球温暖化はどこに行った。このままでは氷河期が来ると言ったら、みな信じるぞ」

 道の両端には雪の山が二つできています。普段は自動車が楽にすれ違うことのできる参道ですが、今は一台通るのがやっとです。雪はその間にもしんしんと降り続いています。何時間後にはまた雪かきをしなくてはならないでしょう。和尚さんも流石に少々うんざりしてきました。

「ああ、そうだ」

 和尚さんは一人微笑むと、口笛を吹いてゴリラを呼びました。

「ゴリラ、悪いが雪かきを手伝ってくれ」

 するとゴリラは首を横に振りました。

「和尚さん、悪いけれど雪かきはできないよ。僕はアフリカ生まれだから、寒さに弱いんだ。今だってツキノワグマと冬眠していたところなんですよ」

「そ、そうか。それは悪かったな。なんだったら母屋のコタツであったまっていくと良い」

「本当ですか。嬉しいなあ。ツキノワグマも呼んでいいですか?」

「好きにするが良い」

 ウキウキと去っていくゴリラを見て和尚さんは言いました。

「役立たず!」


 和尚さんは本堂の縁側で、雪見をしながら抹茶を喫しています。お茶請けは神戸から取り寄せた、きんつばです。和尚さんは今度、自分で作ってみようと思っています。

「うーん、抹茶ごときでは寒さが抜けぬな。ここはひとつ、湯豆腐でもつつきながら般若湯でもやるか」

 と言って、いそいそと準備をしてコタツに向かうと、ゴリラとツキノワグマがいました。

「まだ、おったのか?」

 嫌味を言う和尚さん。

「もう、春まで出られません」

 と声を合わせる、ゴリラとツキノワグマ。

「なら、雪かきの手伝いもしてもらうぞ。働かざるものコタツ入るべからずじゃ」

「えー」

「文句を言うな。野獣がだらしがない。ところでわしは湯豆腐で般若湯をやるが、お主たちはやらんな」

「はい。僕は『八百源』で買ったバナナを食べます」

「僕は冬眠中なので絶食です」

「そりゃあ、ご苦労なことだな」

 和尚さんは手酌で般若湯を始めました。すると、チャイムがなります。

「誰じゃ、今頃」

 和尚さんが立ち上がって玄関に行くと、そこには北風が立っていました。

「北風よ、久しいな」

「お、和尚さん」

「なんじゃ?」

「息子がよう、俺の息子がよう。爆弾低気圧になっちまったんだよう」

「それは、グレたと言う意味か?」

「いやあ、本物の爆弾低気圧になって暴れているんだよう。この大雪も俺の息子の仕業だよう」

「なんと」

「このままだと大雪で大被害が起きるよう。俺の息子にそんな悪さ、させたくねえんだよう」

「うーん。この大雪は困る。何かいい手はないかな? そうだ、いつもの手を使おう」

 和尚さんは筋斗雲タクシーを呼んで雷神の元へ行きました。

「雷公、北風の息子、少年Aが不良に、いや、爆弾低気圧になって暴れております。なんとか暴走を食い止めてください」

 和尚さんが頼みます。しかし、雷神は、

「低気圧はなあ、わしではなくて風神のテリトリーじゃ。あっちへ行け」

 とすげなく断ります。

「雷公、拙僧は風公と接点がございません。ご紹介を」

「うぬう、わしと、風神が仲が悪いのを知らないか? 悪いが一人で行ってくれ」

 雷神はそう言うとそっぽを向きました。

「仕方ない。わし一人で行くか。当たって砕けろだ」

 和尚さんは筋斗雲タクシーで風神の門を叩きました。

「拙僧、不動明王の弟子、覚詠と申す仏徒でございます。風公にお願いの儀、ありて参上仕りました。ご開門ください」

 すると風神の弟子らしき小鬼が出てきて、

「風公はお風邪を召しておいでです。ご面会はなりません」

 と断りを入れてきました。

「なぬ、お主も天界の住人の端くれぞ。地上の人間が困っていると言うのに風邪ごときで風公と会えぬと言うのか。納得ならん。今一度、風公に取り次げい」

 と和尚さんは、荒法師になって小鬼を怒鳴りつけました。小鬼は恐れをなして奥に引っ込みました。


 しばらくして、先ほどの小鬼が出てきました。

「風公がお会いになるそうです。お風邪を召していますので、マスクをお使いください」

 とマスクを渡してきます。

「無用、無用」

 和尚さんは完全に荒法師になっています。

 長い廊下を小鬼に連れられて和尚さんは闊歩します。突き当たりに襖がありました。それが左右に開きます。布団が敷かれており、小鬼二人に支えられ風神の上半身が起き上がったところでした。

「お主が荒法師として名高い、木偶坊でくのぼう覚詠か。一度会ってみたかったぞ」

 風神が言います。

「恐れ入ります。若気の至りにございます」

 和尚さんが答えました。

「それより、何用じゃ?」

「日本海に爆弾低気圧が発生し、人々が難儀しております。どうぞお救いください」

「そうか。普段ならやすやすと受けることながら、わしは風邪を引いて力がでぬ。申し訳ないが断るしかないのう」

「風公、良いものがあります」

 和尚さんは懐から何かを出すと、風神に渡しました。

「なになに、風邪に『改源』わしのイラストが無断使用されておる。『風邪引いてまんねん』だと。ふざけてるな。わはははは」

「まずは一服」

「うぬ、白湯を持て」

 風神は『改源』を飲みました。

「なんじゃ、治ったぞ」

「そこで、この一本」

「なんじゃ?」

「ユンケル黄帝ロイヤル2」

「これが効くのか?」

「風邪で奪われた体力を戻します」

「飲んでみよう……力みなぎる!」

「ならば」

「爆弾低気圧、退治てくれよう」

 風神は出陣しました。


 北風の長男、乱風は和尚さんにいつも負ける父親を情けなく思っていました。そして、

「俺が最強の風になってやるぜ」

 と言う気持ちが強くなりすぎて暴風となり、爆弾低気圧にまでなってしまいました。もはや、自分ではコントロールが効きません。ただただ、暴れまわるのみです。

 そこへ、風神がやってきました。乱風は反抗するかと思いきや、

「目が回りました。助けてください」

 と情けなく言いました。乱風は自律神経が弱いようです。風神は、

「風邪に『改源』なんちゃって。風よ止まれ」

 と呪文を唱えました。あれほど酷かった暴風があっけなく止みました。風神の力、おそるべし。いや『改源』と『ユンケル黄帝ロイヤル2』の効果、おそるべし。(広告費はもらっていませんよ。他社の皆さん、ごめんなさい)


 風神から顛末を聞いた、和尚さんは深くお礼をして地上に帰ってきました。乱風と一緒です。北風は乱風を見て、

「この、たわけ」

 と、その頬を叩きました。

「父さん、ごめん。でも、俺強くなりたかったんだ。和尚さんに勝てるようになりたかったんだ」

 それを聞いた北風は、息子を固く抱きしめました。


 爆弾低気圧が突然消えたので、天気予報士のヒライさんは、TVでの天気予報の解説にとても困ったそうです。でも、大きな被害が出なくてよかったと和尚さんは、雪かきをしながら思いました。雪は止みましたが、春はまだ遠くにいるようです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る