和尚さんと仁王像
「これは窃盗か?」
「いや、和尚。奴は自ら逃亡した。長年の相棒である俺に、一言の相談もなくな」
吽形は答えました。
「うーん、それは困ったぞ。窃盗ならば、警察に届けることができるが、失踪となると、家出人捜査依頼ということになるが……」
和尚さんは口ごもりました。吽形がそれを代弁します。
「やつは人間ではない。相手にされない」
「そうじゃ、遺失物扱いにして警察に届けよう」
和尚さんは手を叩きました。
「あんなに大きな遺失物なんてあるかな? 鯨でもあるまいに」
吽形は嫌味を言いました。
警察に遺失物届けを出しましたら、俵県警本部長が出てきて、和尚さんにお小言をしました。
「あの、金剛力士像は県の重要指定文化財ですぞ。それをなくしたと訴えて出るとは。盗まれたに決まっているでしょう。早々に、捜査しますからね」
すぐさま、千人体制の捜査本部が立ち上がりました。まさか、阿形が自ら逃走したとは言えない和尚さんは黙ってその様子を見ていました。
寺に帰ると和尚さんは「ヒュー」と口笛を吹きました。途端に狼、ゴリラ、大鷲がやってきます。困った時、頼りになるのはこの三匹です。和尚さんは言いました。
「狼、お主は匂いで阿形の行先を見つけよ。ゴリラはここで情報収集。大鷲は大空から俯瞰して阿形を探してくれ」
「了解」
すると、裏庭から八頭の鹿たちがやってきました。
「僕たちにも手伝わさせてよ」
「よしよし。ならば、街をしらみつぶしで探してくれ」
「分かったよ」
みな、持ち場につきました。
その頃、阿形は人間に転生していました。身長二メートルの大男です。銭湯に入って、身体中をゴシゴシ丁寧に洗っています。何かに取り憑かれたようにゴシゴシ洗っています。ちょっと異常なので、他のお客さんがかなり引いています。やがて、
「背中が洗えない!」
と叫んで、泡のついたまま洗い場から出て行ってしまいました。
銭湯を出た阿形は考え込みながら歩いていました。前方には阿形を探す鹿がいます。見つかるのか、阿形。しかし、鹿は阿形が人間に転生していることを知りません。あっさりと見逃しました。
「もう、こうなったら材木屋で燻蒸してもらおう。煙くて臭いが仕方がない」
阿形はブツブツ言っています。その前をおばあさんが歩いています。おばあさんはいきなり「ブーッ」とオナラをしました。そして、後ろを振り向くと阿形に、
「におうか?」
と言いました。阿形は、おばあさんに「仁王か?」と言われたと勘違いして、びっくり仰天、慌てて逃げました。
狼は古い木材の匂いを追って阿形を探していましたが、その匂いが途中で消えてしまったのでまさに狼狽しました。それでも、筋肉質の香りを新しく見つけたので、それを追うことにしました。
大鷲は空から街を眺めていましたが、巨大な金剛力士像を見つけることはできませんでした。
「どこかの建物に入っているのかなあ」
大鷲はつぶやきます。
ゴリラを対策本部長とするお寺の本堂の『阿形失踪事件捜査本部』にはこねこたちが情報を伝えに来ます。それを総合的に判断したゴリラは、
「阿形は人間に転生している」
と判断しました。
「身長二メートル以上の巨人を追え」
ゴリラ本部長は叫びました。
一方、人間の俵県警本部長は、
「金剛力士像を県外に出すな。大型トラックを検問にかけろ」
と指示していました。
和尚さんと言えば、住民のいなくなった片屋を見聞していました。
「和尚、何か分かるか?」
吽形が尋ねます。
「うーむ、羽アリがのう、いっぱい死んでおる。羽アリはシロアリの前触れ。もしかして阿形はシロアリに侵されているのかもしれん」
「ならば、和尚や俺に言えばいいのに」
「動転すると人も仏も正常な判断ができなくなるものじゃ」
「和尚」
「なんじゃ?」
「俺たちはただの門番。仏ではない」
「ええっ、そうなのか?」
「今頃知ったのか? 物知らずな和尚だ」
「悪かったな。それより阿形だ。行くとしたら、あそこしかないであろう」
阿形は山奥にある材木屋に来ていました。自分の体を燻蒸してもらって、わが身に取り付いたシロアリを除去してもらおうと思ったのです。しかし、人間の姿で店に入ったので、店主の親父さんに、
「サウナかなんかと間違えているんじゃないか。からかうのもいい加減にしろ」
と怒られてしまいました。
「いえ、俺は仁王寺の金剛力士像なんです」
そういうと、阿形は元の姿に戻りました。たまげたのは材木屋の親父さんです。
「これは、県警から要請が来ていた、仁王寺の金剛力士像に間違いない」
と警察に連絡しました。早速、俵県警本部長と和尚さんが材木屋にやって来て、現物を確認しました。
「間違いございません。我が寺の金剛力士像です」
和尚さんは言いました。
「これを運んで来たのはどんなやつでした?」
俵県警本部長が材木屋の親父さんに尋ねます。
「持って来たもなにも、仁王さん本人が自らやって来たんだ」
材木屋の親父さんは常識外のことを言って、俵県警本部長を困らせました。
その間、和尚さんは阿形の体を見聞して、
「シロアリにやられているが、大したことはない。わしの修理でなんとかなる」
と胸をなで下ろしていました。
「最初から、わしに相談すれば、事態がこんなに大きくなることもなかったのに……」
和尚さんはシロアリの存在に、気がつかなかったことを恥じました。
「和尚、金剛力士像を運ぶのに大型のトラックが必要ですな」
俵県警本部長が言います。
「うんにゃ、阿形は自分で歩けるから大丈夫じゃ」
和尚さんは正直に話します。
「ええっ、からくりの仕掛けでもついているのか?」
俵本部長はびっくりします。
「いや、長年、一箇所に立っていると、たまには歩きたくなるものじゃ」
和尚さんはわけの分からないことを言いました。頭の固い、俵県警本部長に理解できるわけがありません。結局、大型トラックをチャーターして、お寺まで載せて帰ることになりました。その車中、和尚さんは阿形に問いました。
「なぜ、シロアリのこと黙っていたのじゃ」
阿形は答えます。
「だって、和尚が知ったら、俺を燃やして、新しい像を作ると思ったんだ。和尚は仏像を作るのが得意だからな」
「わしはそんなに薄情ではないわ」
和尚さんは扇子でピシッと阿形を叩きました。
お寺に帰ると、和尚さんはかぐやに材木を分けてもらって、阿形のシロアリに侵されてしまった部分を切り取り、新しい材木で補強をしました。阿形は喜んで元の片屋に戻りました。
「吽形、心配かけたな」
「本当だ。俺たちは二人で一つなんだ。お前が欠ければ、俺の存在価値もなくなる」
「すまなかった」
「なあ、阿形よ」
「なんだ?」
「今度M-1グランプリに出てみないか? 俺たち、最高のコンビだと思うんだが……」
「悪いが、R-1グランプリに出てくれ。俺にお笑いのセンスはない」
「今回の事件、十分笑えたけれどなあ」
「言ってくれるな」
仁王たちがのん気に喋っている時、和尚さんは春の訪れの遅いことに気を病んでいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます