和尚さんと五匹のねこ

 寒い朝でした。空は晴れているのですが放射冷却がすごくて、音雨山おとうさん華麗宗かれいしゅう仁王寺におうじの覚詠和尚さんは思わず子供たちにもらった赤い毛糸の帽子をかぶってしまいました。今朝は仁王門の前を掃除します。竹ぼうきとちりとり、ゴミを入れるポリ袋を持って門まで行きました。すると金剛力士像の一つ阿形あぎょうが和尚さんに言いました。

「和尚さん、俺の足元を見ろよ」

 吽形うんぎょうも言いました。

「もう気になって、気になってで眠れやしなかったよ」

「なんじゃと」

 和尚さんが阿形の足元を見ると五匹のこねこがダンボールの中に入れられていました。捨てねこです。

「こりゃあ、いかん。早く温めてやらんと死んでしまうぞ」

 和尚さんは掃除も忘れて、ダンボールを持って母屋に戻りました。早速ストーブの前にダンボールを置き、一匹一匹両手でさすってやります。

「よかった。生命の危機にあるものはおらん。となるとこねこ用のミルクとトイレがいるなあ。スーパー太平が開くまで一時間ある。えい、もふもふしてしまえ」

 和尚さんは一匹ずつ両手でもふもふしました。和尚さんはねこが大好きなのです。一時間はあっという間に過ぎました。


 和尚さんはかぐやにこねこの世話を頼んで、原付バイクでスーパー太平に行きます。ここなら日用品はほとんど揃っています。こねこには、こねこ専用のミルクをあげなくてはいけません。牛乳なんて飲ませたら絶対にダメです。ですから、こねこ専用のミルクとねこのトイレ、中に敷きつめる砂を買い求めました。ついでに、トイレットペーパーと味噌を買いました。そのまたついでにあんまんも買って駐輪場で食べました。こねこがお腹をすかせているのに、なにやってるんですか! 和尚さん。


 和尚さんがお寺の母屋に帰るとこねこたちは、かぐやの頭や背中に乗って遊んでいました。ねこは男性より女性の方が好きだと言われています。和尚さんはかぐやにちょっと嫉妬しました。

「さて、ミルクを召しませ」

 和尚さんはミルクをこねこたちに与えます。そして猫たちを愛おしく観察します。

「みな、三毛か。しかし、うまいことできているな。模様の形が違っている。区別がつけやすい。そうじゃ、みなに名前をつけよう」

 うーん、と和尚さんが真剣に考えています。

「そうじゃ。右から、空海、最澄、法然、親鸞、道元じゃ。いい名前だろう、かぐやよ」

「たぶん、他の流派からクレームが来ると思います」

「そうか、寺によくあう名前と思ったが……ではこれではどうだ。砂糖、塩、酢、醤油、味噌じゃ」

「和尚さん、名付けのセンスない」

「じゃあ、かぐや考えてみよ」

「はい。たた、ちち、つつ、てて、とと」

「た行を重ねただけではないか。でも、もう色々と考えるのも億劫じゃ。それにしよう」

 また和尚さんの横着が出ました。

「では、またちょっと抱いてみようかの」

 和尚さんはそう言って、たたを抱き上げました。そして、

「あれ?」

 と首を傾げました。今度は慌てて、ちちを抱き上げます。

「これは……」

 ついで、つつ、てて、ととと持ち上げます。そして、

「なんということだ!」

 と言ってひっくり返ってしまいました。

「どうしたんです、和尚さん」

 かぐやが尋ねます。

「かぐや、月にねこはいるか?」

「いません。いるのはうさぎだけです」

「そうか、ではお主は知らないことであろう。三毛ねこというものは、その遺伝子の関係で基本的にメスしかいないのじゃ。だが、ごく稀にオスの三毛ねこが生まれることがある。だが、その確率は極めて低い」

「それがどうしたんですか?」

「ああ、それがの、たたも、ちちも、つつも、てても、ととも、全部オスなのじゃ」

「ええっ?」

「こりゃ奇跡だわい。こんなことは普通では考えられない。奇瑞じゃ。これは大切に育てなくてはならん」

 和尚さんはとても興奮したように言いました。それにしてもこんなに価値のあるねこを捨てたのはどこの馬鹿なんでしょうね? もしかして捨てねこではなくて、誰かから和尚さんへの贈り物でしょうか?


 数ヶ月が過ぎました。暖かい季節になりました。こねこたちは元気一杯、境内を駆け回っています。人間の子供たちがこねこたちを追いかけて捕まえようとしますが、すばしっこくて触ることすらできません。こねこに触ることができるのはかぐやと和尚さんだけでした。今も和尚さんは、ととを膝の上に乗せて、縁側でうつらうつらとしています。子供たちはそれをとても羨ましそうに見ていました。こねこは突飛な動きをする子供たちより、のんびりとして不規則な動きをしない和尚さんの方が好きなのです。今も、たたが、ととを和尚さんの膝から追い出して自分がそこで寝ています。その間、和尚さんは身じろぎひとつしないで舟を漕いでいます。


 ところでこねこへの餌やりですが、これはかぐやの仕事になりました。ねこの餌には魚や鶏肉などが入っています。和尚さんは戒律をきちんと守っているので、餌に触ることができないからです。かぐやは和尚さんに、

「これはねこが生きるために必要な殺生なんだから、戒律違反にはならないと思うけど」

 と言いますが、和尚さんは、

「殺生を禁ずるは仏徒の基本、こねこらは可愛いが、わしの手で殺生したものをやるわけにはいかん」

 と首を縦にはふりませんでした。でも、考えてみると、スーパー太平でキャトフードを買ってくるのは和尚さんです。触ってるんです。これはどういうことでしょう。久々に私は和尚さんに尋ねました。すると、

「ねこの餌はわしが生きるのには必要ないが、ねこらの生きるためには必要である。生物には食物連鎖がある。それは自然の定めだ。うちのねこらは自力で餌を獲れない。手助けをしてやるのも、わしの勤めじゃ。分かるな」

 と言いくるめられてしまいました。説法では和尚さんに勝てる道理があありません。簡単に論破されてしまいました。要するに、外袋を触るのはいいってことですね。

「まあ、有り体に言えばそうじゃ」

 僧侶の中には平然と肉や魚を食べている人がいます。栄養のバランスを考えればその方がいいに決まってます。でも戒律を守る。和尚さんのプライドであり偏屈な部分かもしれません。


 普通、オスの猫は近親交配を防ぐため、生まれた場所から遠くへ旅出つのですが、生殖能力のないオスの三毛ねこである五匹は、お寺から離れようとはしませんでした。餌をたらふく食べ、和尚さんの膝枕で眠る。そうした生活を送るうち、肥満してしまって、体型が和尚さんそっくりになってしまいました。だから五匹のことを子供たちや檀家さんは和尚キャッツと呼ぶようになりました。ねこらの気持ちは分かりませんが、和尚さんはたいへん気を悪くしたそうです。

「わしは虎をも生け捕りにした猛者ぞ。ネズミ一匹捕まえられぬ、駄ねこと一緒にするなかれ」

 たいそう、ご立腹です。しかし、五匹のねこを見れば、もふもふしたくなる、和尚さんなのでした。

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