和尚さんと成人の日

 一月一日、元日。

 音雨山おとうさん華麗宗かれいしゅう仁王寺におうじの覚詠和尚さんは今年も新年が迎えられたことを喜びました。

「この歳になると生きているだけでありがたい」

 そういうと厨に入って、恒例のおしるこづくりを始めました。ただちょっと今年は様子が違います。昨年の暮れに和尚さんはアキレス腱断裂の大怪我をしました。なので竃の火の加減を見るのが億劫なのです。だから養女になったかぐやが一緒に厨に入って煮あずきに火を入れたり、餅を焼いたりするのです。おせち料理もかぐやが作りました。前にも言いましたがかぐやは料理好きなのです。けれど、いつもは厨に和尚さんが陣取ってなんでも作ってしまうので、食べるばかりでした。けれど、今年は和尚さんが怪我でよく動けません。このチャンスに、かぐやは厨を我が物にすると張り切っています。そこは月の王の娘です。征服欲はかなり強い方でした。


「ところでかぐやよ」

 和尚さんが言います。

「なんでしょう?」

「成人の祝いに着る衣装の準備はできたかな?」

「あっ、忘れていました」

 かぐやが答えました。

「それじゃあ、間に合わんじゃないか」

「わたしは普段着で構いません」

「寺の娘が普段着では、わしが笑われる。そうじゃ、あそこに電話しよう。あれは元日からやっておる」

 和尚さんはどこかに電話をかけました。


「毎度、『羽衣屋』でございます。和尚さん、参りましたぜ」

 小粋な男が帽子をはすにかぶって現れます。

「おお、きたか。娘の、と言っても養女だが、それの成人式の晴れ着を作って欲しい。できたら早くにな」

「お安い御用で。布地はいかがいたします?」

「木綿というわけにはいかないな。しかし、シルクや羊毛はご法度じゃ。何かいい素材はないかね」

「お任せください。羽衣屋とっておきの素材があります」

「なんじゃ、それは?」

「それはできてのお楽しみ」

 羽衣屋はそういうとかぐやの採寸をして、寺の一室を借りて、晴れ着作りに入りました。

 二日後、かぐやの衣装は完成しました。早速、試着をします。

「まあ、なんという着心地でしょう。まるでつけてないみたいです」

 かぐやが感想を漏らします。

「そりゃあ、そうでしょう。羽衣屋特選『天の羽衣』を全面に使いました」

 羽衣屋は自慢げに話します。しかし、和尚さんは怒りました。

「天の羽衣だと、それじゃあ、空に舞い上がってしまうじゃないか! この子が宙に舞ったら月の人間が捕まえにくる。ダメじゃ、ダメじゃ」

 その怒りを羽衣屋は冷静に受け止めました。

「ご安心ください、和尚様。そこは羽衣屋もちゃんと考えておりますよ。かぐや様は体が大きい。体重も失礼ながら、小柄な天女とは違う。この絶妙な加減を細工いたしまして、かぐや様が宙に浮かばないようにいたしております」

「そ、そうか」

 和尚さんは矛を収めました。

「ただし、台風並みの突風や空気より軽いものに乗ってしまいますと浮いてしまいます。ご用心を」

 そういうと羽衣屋は帰って行きました。

「和尚さん、ありがとう」

「いやいや、よう似合っておる」

 和尚さんは顔をほころばせました。


 成人式は一月の第二月曜日ですが、田舎ではその前の土日に行われることが多いです。交通の便を考えてのことでしょう。その日はさながら同窓会になります。地球に同窓生のいないかぐやは、デザイナーズチェア作りをしていました。やがて、夕暮れになりました。かぐやは晴れ着を着て境内を歩き始めました。そこに、新成人たちが和尚さんへ挨拶に来ました。新成人たちはかぐやを見て、鼻息を荒くしました。男も女も関係なしです。あまりにもかぐやが美しかったからです。その鼻息がジェット噴流のようにかぐやを襲います。

「あれえ」

 かぐやは天高く浮かんでしまいました。それを見ていた和尚さんは、

「誰か、誰かかぐやを助けておくれ」

 と叫びました。

 すると、

「僕がやってみます」

 一人の青年が飛び出します。

「和尚さん、北の池を貸してください」

 青年が言います。

「よいが、凍っているぞ。スケートリンクになっておる。あっ!」

 和尚さんは何かに気がついたようです。

「柳生くん」

「はい」

「頼む。かぐやを助けてくれ」

「やってみます」

 そういうと柳生と呼ばれた青年はスケートシューズを履いて、氷の張った池へと進みました。そして、華麗なウォーミングアップをすると、勢いをつけ、ジャンプをしました。柳生青年は体を回転させながら、宙を浮き、かぐやを抱きしめました。そしてまた回転して池に着氷しました。20回転アクセルです。前人未到の記録です。

 和尚さんや、若人が駆け寄ります。

「柳生結弦くんだ!」

「フィギュアスケートの王子よ!」

 みんな興奮しています。

「まずは、落ち着かれよ。柳生くんは小学生の頃、この辺りに住んでいたのじゃ。その頃、池のスケートリンクでフィギュアスケートを教えたのがこの和尚だ。柳生くんは中学で仙台に一家で引っ越し、そこで本格的にフィギュアスケートを学び、世界チャンピオンになった。この池はその原点じゃな」

 和尚さんは鼻高々と言いました。

「ところでかぐや、いつまで柳生くんに抱きついている?」

「惚れたかもしれない」

 かぐやは臆面もなく言いました。

「それは、一ファンとしてということにしておきなさい。全国の柳生くんファンに殺されかねない」

「そうなの?」

 かぐやは残念そうに言いました。


 成人式が終わるとまた静かな日々が戻りました。でも、和尚さんの周りには、

「ウチの子に、フィギュアスケートを教えてください」

 という声が殺到しました。ただ、小学生だった、柳生結弦くんにスケートの基礎を教えてあげただけだったのに、

「結弦に金メダルをもたらしたのは和尚さんなのよ」

 とお母様方が話を大きくしていって、のっぴきならない状態になりました。

 しかし、和尚さんは、アキレス腱断絶の後遺症でスケートなどできません。仕方ないので元フィギュアスケート選手の祖先の織田信長を霊界から招きました。子孫ができるなら、先祖もできるだろうという安直な考えでした。信長は超スパルタでした。「滑るなら死ぬ気でやれよホトトギス」と言って、鞭を容赦なく叩きつけて子供たちを恐怖のどん底に陥れました。和尚さんは仕方なく明智光秀を霊界から招きよせ、信長を霊界に返しました。このことを「仁王寺の変」という人もいます。

 そのうち、和尚さんの足の具合が良くなったので、自ら、子供たちにスケートを教えることにしました。和尚さんはスケートがとっても上手です。子供たちが4回転アクセルを求めます。調子に乗った和尚さんは4回転アクセルに挑戦します。どうだ? やった成功。ところが着氷の際の和尚さんの重みに氷が耐えられず割れてしまい、和尚さんは池にはまってしまいました。ドジョウが出てきて助けてくれましたが、和尚さんはインフルエンザになってしまいました。


 結局、北の池は単なる遊びのスケートリンクになってしまいました。

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