和尚さんと虎退治
次に酉の市を行います。酉の市というとやっぱり浅草の神社の威勢のいいものを思い浮かべますが、和尚さんのお寺の酉の市はそんなに派手なものではありません。そもそも、ご本尊の不動明王が酉年生まれの守り仏であるということと、和尚さんが酉年生まれであることを引っ掛けて、可愛い鳥の人形がついた熊手を家内安全、商売繁盛と一筆したためて檀家さんに配っていたものが、SNSに載って、全国から「かわいい!」「欲しい♡」という声が女子高生あたりから盛り上がって、お寺に熊手を求める人が殺到したのが始まりでした。こうなると和尚さん一人では作れませんので、おもちゃメーカーの
変な言い方ですが、和尚さんは商売上手です。本気になって儲けようと思ったらあっという間に億万長者になれるでしょう。アイデアが湯水のように出てくるのです。しかし、儲けたお金に執着する和尚さんではありません。収益は生活に必要な分をのぞいて全て色々なところに寄付するのでした。恵まれない子供の施設に寄付するのが多いのは、和尚さんが子供好きだからでしょう。そうそう、寄付するときはもちろん匿名を使います。『伊達巻人』の名前を使うのは前にもお話ししましたよね。新聞やテレビ、インターネットニュースで『伊達巻人』とは誰だ? と大捜索が行われましたが、和尚さんだということは世間にはまだ知られていません。和尚さんはこの秘密を墓場まで持って行くつもりです。
アイデアマンの和尚さんが、またとてつもないことを考えました。
「サーカスを呼んで子供たちを喜ばしてやろう」
早速、東京の『森林大サーカス』と契約をして七五三明けの十六日から二週間、境内でサーカスが行われることになりました。ちょっと困ったのは、境内の真ん中に桜の巨木があることです。でも、下見に来た『森林大サーカス』の人は、
「テントの心柱にちょうどいいです」
と言いました。サーカスの開演に支障なしです。
東京から、サーカスのトレーラーの列がやってくると、子供たちの興奮はマックスに達しました。和尚さんはそれを見て満足そうに笑いました。サーカスは和尚さんの計らいで、小学生以下は無料となりました。おそらく、興行は赤字でしょう。でも大丈夫。豊富なサーカスグッズやサーカス限定熊手が場内で販売され、マニアがこぞって押し寄せ、グッズを爆買いします。マニアは大人ですから入場料五千円です。和尚さんは富めるところから金をとり、貧しい人に施すのです。言ってみれば、江戸時代の義賊の鼠小僧ですね。別に和尚さんは盗みを働いているわけじゃないし、体型だって鼠じゃなくて、お腹パンパンの熊です。全然違いますけれど、連想しちゃいますね。
初日は大盛況のうちに終わりました。事件はその夜、起きました。それについては少し説明がいるかもしれません。首都にある、東京生物大学の影丸教授は日本における動物学の第一人者でした。教授は動物を愛し、自然をこよなく愛する博愛の人でした。当然周りからの人望が厚く、学生からの人気もありました。教授の信念は「動物は自然の中で生きるものである」ということで、動物園、サファリパークなどは動物を閉じ込め、ないがしろにするものだとして強く反発していました。さらに教授が嫌ったのは「サーカス」です。サーカスは動物を調教し使役します。それは虐待であるとして、『サーカスから動物を解放する運動』の先頭に立っていました。同調者、支持者は数多く集まりました。その集まった人の中に過激な思想を持つ人々がいました。すなわち、サーカスから猛獣たちを解き放して街を闊歩させ、住民を恐怖に陥れ、サーカスを憎悪の対象にするというものでした。もちろん、この考えは影丸教授の考える動物保護とは相容れない犯罪行為です。その連中が、和尚さんのお寺のサーカスを襲うことにしたのです。なんという恐ろしいことでしょう。もちろん、サーカス側も、危機を予測して警備員を多数抱えていましたが、テロのプロ集団と化した過激思想派の武力は予想を超えていました。過激派は境内でマシンガンをぶっ放し、サーカス側の警備員を無力化すると動物舎の扉を開き、象やライオン、虎などを表に出しました。それに気づいたサーカスの責任者は県警に連絡をとり、なんとか猛獣たちを取り押さえました。しかし、一頭のオスの虎だけが防御をかいくぐり、裏山に逃げてしまったのです。
寺の境内にサーカスとは別のテントが張られ、臨時の捜査本部が開かれました。県警本部長の
「幸いにして虎のキューちゃんは人の出入りしない、寺の裏山に入った。全員で直ちに発見し、麻酔銃で眠らして捕獲せよ。ただし課員に危険をもたらす時は、やむをえん、射殺せよ」
「はっ」
部下が返事をして裏山に向かおうとした時、
「待たれよ!」
と
「なんだ?」
俵本部長が呟くと、そこには僧兵姿の和尚さんが立って居ました。
「和尚、如何しました?」
俵本部長が聞くと、
「裏山は我が寺の霊山。ドカドカと土足で踏みにじられては困る。虎一匹ぐらい、わしが退治してくれる」
和尚さんは豪語しました。
「馬鹿を言うんではありません。虎はオスの成獣。いくらサーカスで訓練されているとはいえ、いつ野生に戻るかわかりません。和尚一人で退治などできませんよ」
俵本部長は取り合いません。
「ふふふ」
和尚さんは不敵に笑いました。
「わしには秘密兵器がある」
「なんと。それはなんです?」
「秘密じゃ」
「そりゃあ、いけずだ」
「とにかく、虎狩りはわしに任せよ」
「まあ、それでもいいですけれどね、警察にも体面というものがあります。麻酔銃とライフルを持ったスナイパーをご同行願います」
「じゃから、霊山を血で汚したくないと言っておるだろうに」
「でも、下手すると、和尚の清らかな血で霊山が汚れるかもしれませんよ。虎にガブリとやられてね」
「……仕方ない。スナイパーの同行を認めよう」
和尚さんは急に弱気になって言いました。
和尚さんは裏山につながる竹林に出ると、
「ヒュー」
と口笛を鳴らしました。するとゴリラが出てきました。スナイパーさんはゴリラの登場を見ても顔色ひとつ変えません。相当強心臓のようです。そうでなくては、スナイパーの仕事なんてできないかもしれませんね。
それはそうと、和尚さんはゴリラに尋ねました。
「迷いの虎を見なかったか?」
ゴリラは答えました。
「見ましたよ。狼と大鷲が追跡中です」
「ゴリラが喋った!」
スナイパーさんが驚きの声をあげました。さすがにびっくりしたのでしょう。
その時、大鷲が飛んできました。
「和尚さん、虎は頂上にいます。狼が牽制して動かないようにしています」
「大鷲も喋った。その狼も喋るのか。だったら虎も?」
スナイパーさんは混乱したようです。
「そんなことより、虎を捕まえねば。頂上に急ぐぞ」
一行は山頂を目指しました。
和尚さんは健脚ですがスナイパーさんも、鍛えているようでスイスイ歩きます。時には和尚さんの前に出ます。そしてそのたびに、
「俺の真後ろに立つな」
と渋い声で言います。和尚さんは、
「ならば、わしの後ろを歩け」
と面倒くさそうに言いました。
山頂に着きました。虎と狼が威嚇し合っています。体は虎の方が大きいですが、狼は歴戦のツワモノですから恐れを知りません。なんとなく狼の方が優勢のようです。そこへ和尚さんがきて、
「狼、引き止めご苦労。下がって良い」
と命令しました。狼は下がります。次に和尚さんは懐に入れていた何かを虎の前に投げました。それを見ると、虎の目の色が変わりました。地面にあるそれに首筋を当ててこすったりしています。まったりとろーん。虎から気迫がなくなりました。
「和尚、何を投げられた?」
スナイパーさんが聞きます。
「またたびじゃ。虎もねこじゃからの」
そう言うと和尚さんは虎に近づき、首筋に一撃を喰らわせました。虎は失神します。
「ゴリラ、狼、それからスナイパーさんよ。虎を山から下ろしてくれい。わしは今の一撃で腰をやってしもうた。重いものは持てんでの」
もちろん嘘です。和尚さんは虎なんて持ちたくないのでした。
和尚さんたちが虎を無事に山から下ろして境内に戻ると、警察関係者、サーカス関係者からものすごい拍手をいただきました。でも、今回のサーカスの勧進元は和尚さんです。「何卒、ご内聞に」と言って口封じをしました。
虎が順調に回復したので、二日目の興行も無事行われました。特別ゲストに、狼、ゴリラ、大鷲も出演しました。見事な演技でサーカスを盛り上げました。
サーカスも終わり、和尚さんはまた一儲けしました。それをどこに寄付するのでしょう? なんと、あの貧乏神社に寄進しました。そして、貧乏神社の名前を『身代わり神社』と改名させました。庶民の苦しみ、病気の痛みなどを身代わりに背負ってくれると言うのです。もともとご本尊の貧乏神はその力を持った霊験あらたかな神様でしたので、評判が評判を呼び、新たなパワースポットとして注目を集めるようになりました。来年の七五三には身代わり神社を訪れる家族も増えるでしょう。感謝する神主に和尚さんは言いました。
「ついでにわしの特製熊手を置いてくれんかのう。ロイヤリティ二割払うからの」
せこいのか鷹揚なのかわからない和尚さんでした。
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