和尚さんと宇宙戦争
あれだけ暑かった夏もあっさりと終わりを告げました。
和尚さんがおはぎをこしらえていると、かぐやが厨に現れました。
「どうした、かぐや?」
かぐやは世界的に評判のデザイナーズチェアの作り手で、最近になってようやくお待たせせずに納品が可能になりました。でも、まだまだ人気は続いています。だから、食事の時以外に母屋に来ることは滅多にありませんでした。なので、和尚さんは不思議に思ったのです。
「どうしたと言うに。悩みがあるなら早よう言いなされ」
和尚さんはせっかちです。
「わたし、今日で一歳になりました」
かぐやは言います。
「そうか、今日は中秋の名月か。ところで人間の年齢でいうといくつだい?」
「二十歳」
「そうか。還暦とか言われたらどうしようかと思ったわ。二十歳か、成長の具合が地球人と同じになったな」
人間の年齢でいうといくつかなんて、いぬやねこのようですね。それはまあ、生まれたての赤ちゃんだったのが、和尚さんが買い物をしている間に十九歳に育ってしまったかぐやですから、安心はできませんね。
「二十歳なら、般若湯もいけるな」
「はい」
「それより何より、正月には成人の祝いをしなくてはならないな」
和尚さんがいうと、かぐやが伏し目がちになりました。
「どうした?」
「月の父が帰ってこいと言っています」
「またかのう。で、かぐやはどうしたいのじゃ」
「わたしはここにいたいです。椅子作りも面白いし、何より和尚さんの薫陶を受けると勉強になります」
「泣けることを言ってくれるのう。でも月の王は、また軍隊を派遣して来るのだろ」
「今度は宇宙戦艦を送り込むと言っています」
「そりゃあ、勝てぬわ。狼、ゴリラ、大鷲とわしでは、ああこれはシャレではないぞ。ごほん。もとい、勝つことは叶わん。蟷螂の斧じゃ」
和尚さんは考え込んでしまいました。
「去年だって、ご本尊が立ち上がってくれたからやっと勝てた。釈迦如来様、大日如来様の手前、ご本尊もそうそう暴れることはできまい。なんとかしなければ」
和尚さんは必死に策を練りました。まずは総本山二王寺の座主、
「それから武器、いやいや仏具が必要じゃ。弓矢や槍では到底勝ち目がない」
と言って某通販サイトでオスプレイを十台購入しました。しかし、これには近隣の住民の反対が大きく、和尚さんは「一日だけだから許してくれ」と平謝りに謝ってなんとか使用を許してもらいました。しかし、強敵は宇宙戦艦です。かぐやの情報では五隻来るそうです。和尚さんは考えました。
「確かガン●ムに出てきたザ●は数台で宇宙戦艦を爆破させていたな。わしの知り合いに、東京機械大学ロボット研究科の安室教授がいるから、無理言ってモバイルスーツを作ってもらおう」
そういうと和尚さんは電話で安室教授を説き伏せました。仏教界のネゴシエーターの本領発揮です。
「あとは旗艦を作らねば。日本海洋大学の沖田くんに言って、沖縄沖に沈む、戦艦大和を宇宙戦艦に改造しよう」
和尚はすっかり、アニメーションの世界を現実に作ろうとしています。そのお金はいったいどこから出ているのでしょうか。和尚さんの謎の一面であります。
荒法師千人は翌々日にきました。隊長は雷音。三月に和尚さんを負かしたつわものです。まあ、その後落雷に当たって九死に一生を得ましたが。
「雷音、お主が来るとは頼もしい。かぐやを守ってくれ」
「かしこまりました」
雷音が丁寧におじぎをします。
次に安室教授の作った、モバイルスーツ“ガチ”が二十台到着します。操縦するのは東京機械大学の学生です。
「これでは学徒出陣ではないか」
和尚さんは渋い顔をしました。いたいけな学生を巻き込むのは意に添いません。しかし、安室教授は、
「この学生二十人はVRゲームの達人たちで、やすやすとやられるようなことはありません」
と和尚さんのよく分からない言葉を使って、和尚さんを納得させました。あとは宇宙戦艦大和です。しかし、沖田教授から連絡はありません。電話をしても繋がりませんでした。
「これでは、こちらから先制攻撃する手は使えないな」
和尚さんが言いました。
「ならば、大気圏に入ってきた宇宙戦艦に、オブスレイでモバイルスーツを運び、破壊工作をしましょう」
安室教授が発案しました。
「ところで、オブスレイを操縦するのは?」
「在家信者の自衛隊員を集めておる」
和尚さんが答えます。
「ちゃんと操縦できるのかなあ?」
「何回か練習していると言っておる」
和尚さんは不機嫌そうに言いました。痛いところを突かれたのです。
「それに、拙者たちも同乗させてもらいませんか?」
ずっと黙っていた雷音が口を開きました。
「雷音、それは危険じゃ」
和尚さんが止めます。
「敵も黙って爆破工作を見ているわけではないでしょう。援護がいります」
雷音が答えました。
「そうか、危険だがやってくれるか?」
「はい」
雷音は首を縦に振りました。そこに電話が入ります。沖田教授からです。
「沖田くん、どうした宇宙戦艦大和は?」
和尚が尋ねます。
——和尚、それが勢力の強い台風が三つも同時に来ていて、飛び立てないんですよ。
「なんじゃと」
——天候が回復次第、そちらに向かいたいんですが、台風の進路も僕らと一緒なんです。だから日本海側を遠回りしていくので一日遅れちゃいます。
「うぬ、役立たずと言いたいところだが、自然にはかなわない。なるべく急いでくれ」
——はい。分かりました。
和尚さんは、うつむきました。
「宇宙戦艦大和はこない。先ほどの作戦でいこう」
「はい!」
その頃、月では月の王による軍事視察が、行われていました。月の妃がぼやきます。
「たかが娘一人連れ戻すのに、こんなに武器を揃えて。地球と戦争するつもりですか?」
「言うな、妃。あの坊主はロボット(ご本尊のことです)まで使って、我らを撃退したのだぞ。これくらいの兵器、当然必要となる」
「でも、あの子は月に帰りたくないそうじゃありませんか。無理に連れ戻すのもどうかと思いますよ」
「娘には火星の王子と結婚してもらう。対地球包囲網を作るんじゃ」
「それより、地球と仲良くする方が大切なんじゃないですか」
「地球は、わが月の資源を狙っている。搾取者だ」
「でも、あの和尚さんは娘をかくまっているだけでしょう?」
「それが、怪しい。あの坊主、短期間で防衛システムを作ってしまった。地球の科学の最先端を使ってじゃ。あの坊主、何かある。司令官ラビット!」
「はい」
「かぐやを取り戻し、地球人に月の恐怖を植え付けるのだ!」
「はっ!」
月軍が動き出しました。
一方、仁王寺では大問題が起きていました。
「何、三つの台風が接近、上陸の恐れありだと!」
いくら台風の多い九月といえどもこれは異例です。
「オスブレイを飛ばすことができません」
在家信者の自衛隊員が報告してきます。
「宇宙戦艦ダメ。オブスレイダメ。モバイルスーツダメ。勝負にならんな」
和尚さんはがっくりしました。かぐやを月に連れ戻されるだけでなく、月人は地球で悪さをするかもしれません。その時は国連軍の先頭に立って戦う決意を持った和尚さんです。
外は暴風雨。収穫間際の米も心配です。まさに踏んだり蹴ったりの状態でした。
「かぐやよ」
和尚さんはかぐやを呼びます。
「地球のため、月に帰ってくれないか?」
弱気になった和尚さんは最終手段を口にしました。しかし、かぐやは、
「嫌です。わたしは和尚さんとともに戦う決心をしました。死んでも構いません」
と強い口調で言いました。
「なんという決心。和尚が間違っていた。許せよ」
和尚さんが頭を下げました。その時、グオーという大騒音が空を覆いました。
「和尚、月軍が来た!」
雷音が叫びます。雲の切れ目に五隻の宇宙戦艦がかすかに見えます。しかし、その全てがバランスを失って墜落しそうです。
「ああっ、台風の暴風域に入ってしまったんだ」
和尚さんが言います。
フラフラと迷走した月軍の宇宙戦艦は飛行を断念して、あっさりと退却してしまいました。
「やったあ」
和尚さんは飛び上がって喜びました。
「神風が吹いたのじゃ。わしは仏教徒だけど今はいいな」
和尚さんは人的被害が皆無だったことをとても感謝しました。
「ご本尊のおかげでございます。のうまく さんまんだ〜」
真言を唱えます。
「だが、和尚。これではまた月軍が来るやもしれません」
雷音が問いました。
「うん、それには考えがある」
そういうと、和尚は筋斗雲タクシーに乗ってどこかへ行きました。
「そうか、神風か……我等は蒙古軍か」
月の王は司令官ラビットの報告を苦々しく聞いていました。そこに突然、全身黒づくめの和尚さんが現れました。
「月の王。今回はわしを怒らせたな」
「な、なに?」
「わしは森羅万象すべてを司る法師よ。わしに逆らえば、あらゆるものがそなたを襲う。こうじゃ!」
和尚さんは錫杖を月の王に投げつけました。その鼻っ柱に当たると思った時、錫杖は止まり、和尚さんの元に戻って来ました。
「わしは殺生を好まん。だがお主がわが愛する地球を攻めるならば、その掟を破る。徹底的に叩き潰す。いいな」
月の王はなにも言えなくなりました。
「それから、かぐやだが。あれは、わしの養女にもらうからな」
「ええっ?」
「それとも力ずくで奪うか? 今度のように」
月の王は又しても言葉に詰まりました。
「すべて諾と受け取った。さらばじゃ」
和尚さんは筋斗雲タクシーで寺に戻りました。
寺では、雷音、安室教授、遅れて来た沖田教授とかぐやが談笑していました。
「かぐや、今日からお主はわしの娘じゃ」
「ええっ?」
「月の王と交渉して来た。月との戦争はもうない」
「嬉しいわ」
「和尚、感服つかまつった。ぜひ、拙僧を弟子にしていただきたい」
雷音は完全に和尚さんに私淑してしまったようです。
「すまんな、雷音。わしは弟子を取らぬのじゃ。許せよ」
「そうですか」
雷音は残念そうです。
「そうじゃ、少し遅れたが、月見の宴とまいろう。かぐや、般若湯を持て」
「はい」
後にわかったことですが、雷音は下戸で、かぐやはうわばみでした。
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