和尚さんと七夕

「笹の葉さらさらというが、正確には竹の葉ではないのかのう」

 ブツブツと音雨山おとうさん華麗宗かれいしゅう仁王寺におうじの覚詠和尚さんがつぶやきました。今、和尚さんは裏庭の竹林から竹を一本、採って来て境内の真ん中にズブリと差し込んだところです。

「さあ、子供たち。願い事を書いた短冊を竹の枝にぶら下げなさい」

 そう和尚さんが言うと、

「はーい」

 子供たちが色とりどりの短冊を竹の枝に結びつけます。

「よしよし。願い事が叶うといいな」

 和尚さんは子供たちに言いました。すると、一人の子供が言いました。

「和尚さんは短冊に願い事を書かないの?」

 それに対して、和尚さんが笑って答えました。

「わしは僧職にある身じゃ。過分な欲は持たない定めなのじゃ」

「ふーん」

「よく分かんない」

 子供たちは難しい言葉が入っていて、理解できませんでした。


「さようなら」

 夕暮れが来て、子供たちはそれぞれの家に帰って行きました。それを見送ると和尚さんが、ふと思い立ったように言いました。

「わしにも願い事があったぞ」

 和尚さんは慌てて母屋に戻りました。そして書斎で墨をすって、筆をとり、ささっと一筆したためました。和尚さんは達筆すぎてその内容はわかりませんでした。

「なに、達筆じゃと。わしの悪筆をからかいおって」

 今回も和尚さんは私に喋りかけて来ます。こうなるとルーティンというか、約束事になってしまいますね。

「なんじゃ、今回は叱らないのか?」

 和尚さんが言って来ます。

「言ってもダメなことが分かりました。もう容認します。ですが一話につき一回だけですよ」

 と私は念を押しました。

「はいはい。分かりましたよ」

 和尚はひねた返事をして来ました。ちょっと頭にきたので、こうなったら、ひどい目に合わせて一泡食わせるかと私は思い、ぎっくり腰が再発するような話にしようと思いましたが、和尚さんが寝たきりになると、ストーリーに影響が出るのでやめておきました。


 七夕の当日。空は薄雲って星が見えるか見えないか微妙なところでした。

「晴れればいいのにのう」

 和尚さんは空を見上げると、ふっとため息をはきます。すると本堂の方に客人が現れました。

「覚詠和尚久しぶりです」

「いやあ、お待ちしておったぞ。さあさあ、本堂にお入りませ」

 客人は和尚さんの知り合いのようです。

「今年も世話になります」

 客人は頭を下げました。

「いやいや礼にはおよぶまい。さて、般若湯でも持ってくるかのう」

 和尚さんが言うと、

「いいえ、今はよしておきましょう。後でじっくりと」

 客人は応えました。

「そうじゃな」

 と和尚さんは大きくうなずき、本堂に客人と一緒に入りました。


 ご本尊の不動明王に一礼すると、二人は着席して雑談を始めました。

「さて、畜産業はどうなっているのじゃ」

 と和尚さんが尋ねます。客人は食肉関係の会社を経営しているようです。

「はい、おかげさまで順調です。今年から『星空牛ほしぞらうし』というブランド牛を開発して市場に卸しています。サシの入り具合が絶妙なのでたいへん好評をいただいています。この辺りの肉屋やスーパーにも、もう流通しているんじゃないかな」

 客人が答えました。

「そうか。じゃがわしは肉食にくじきをしないので申し訳ないが売り上げには貢献できぬな」

「そうでしたね」

「悪いな。生臭坊主と某巨大掲示板で晒されるといかんのでな」

「もっともです」

「しかし、空模様が微妙になって来たな」

「今年もダメですかね。残念です」

 本堂の外を見ると雨が落ちてくるのが分かります。

「どうも、いかんの」

「これも定めです。諦めましょう」

「いや、最後まで望みを捨ててはならぬ」

「はい」

 二人はいったいなんの話をしているのでしょう?

「もう何年、逢っていないのじゃ?」

「三年になりますか」

「この時期、まだこの辺りは梅雨明けしとらんことが多い。ここで逢うのは確率が悪い。どこか乾季の場所で逢ったらどうじゃ?」

「いえ、和尚様の見守りがあってこそ、安心して逢うことができるのです。その他の所で逢うとやっかみが酷すぎて」

「難しいものじゃのう」

 和尚さんは頭をかきました。

 

 やがて。

「今年ももう来ないであろう。気分直しに般若湯でも飲むか?」

 和尚さんは言いました。おそらく自分が飲みたいからでしょう。

「そうしますか。和尚様、朝までお付き合いください」

 客人が少し自棄やけになった感じで応じます。

「では厨に行ってまいる」

 和尚さんは本堂を出て行きました。その時です。

「彦様、彦様」

 と遠くから人を呼ぶ声がします。その声を聞くと慌てて客人が表へ出ていきます。すると遠くの空から、かささぎに乗った可憐な女性が現れました。客人は、

「織姫!」

 と叫びます。そう、この男女は七夕のたった一日だけ逢う事を許された、織姫と彦星だったのです。

 やがてかささぎが境内に着地します。彦星は尋ねました。

「織姫。この雨の中、どうやってここまで来られた? 天の川は洪水を起こしていたろうに」

 それに対し、織姫はこう答えました。

「北海道は晴れていたの。だから、新千歳空港に降りて、羽田行きの最終に乗ったの。空港からはこちらのかささぎ交通のチャーター便でここまできたわ」

「そうか。たいへんだったな」

「あなたに逢いたい一心で、頭とお金を使ったわ」

 するとかささぎが言いました。

「チャーター代、百万円です」

 彦星が財布を出します。

「マスターカードで」

「へい、さすが星だけありますな。マカードとはシャレが効いてます」

「ありがとな」

 彦星が答えます。支払いも無事終わり、二人は抱き合いました。和尚さんは厨から帰ってきません。

「織姫、二人っきりになれるところへ行こう」

「和尚様にご挨拶しなくちゃ」

「いや、いい。和尚様はわざと帰って来ないのだ。気を利かせているのだろう」

「それならば、行きましょう」

 二人は外へ出て行きました。外は雨も止み、雲間から星々が見えています。

 

 しばらくすると、和尚さんが般若湯を持って本堂に現れました。そして、

「おい、かささぎ、一緒に飲もう」

 とまだ居座っていた、かささぎを本堂に呼びました。しかし、かささぎは、

「今はまだ勤務中なので」

 と断り、羽を広げて空に飛んで行きました。

「つまらんのう」

 和尚さんはつぶやくと腰を下ろし、一人で般若湯を飲み出しました。

「まあ良い。二人は年に一年、それも晴れた時しか逢えないんじゃからのう。しかし、北海道とは我ながら傑作だったの。北海道には梅雨がないからのう」

 織姫に北海道に降りるように言ったのは和尚さんだったのです。


「わしも、さくらに逢いたくなったのう。でも、まだまだだ」

 和尚さんは七夕の夜、深酒をして、本堂で寝てしまいました。

 ちなみに和尚さんが書いた短冊には『織姫と彦星が逢えますように』と書いてあったそうです。七夕が終わった後、短冊を食べちゃった裏庭の鹿が言ってました。和尚さんの悪筆を読める鹿ってすごいなと感心しました。

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