カレーとコーラと
「……っつー訳なんだけどさ、これいったいどうしたらいいと思う?」
俺はストローでグラスの中のコーラをかき混ぜながら、目の前でカレーを貪るユウヤに尋ねる。
今年の年末年始は帰らないと母に伝える為に電話をしたのは、つい昨日のこと。
転勤でこっちに来てからもう3年経つけれど、これまで年末年始と盆休みには必ず帰るようにしていたというのもあって、今回の報告に母は大変驚いていた。まぁ正直なところ俺自身も正月に仕事が入るとは思ってもいなかったし、それにこっちの営業所のメンバーはほとんど現地の人だから、おそらく他の誰かが現場に出るだろうと思っていたのだ。
もっとも年末年始の間ずっと仕事があるって訳ではなく、一応スケジュールを調整すれば帰れないこともない。しかしいま住んでいる寮から実家まで移動するのに半日以上かかることを考えると帰ったところで家にいられるのは1日かそこらで、体力的になかなか厳しいものがある。
まぁそんな訳で今年は帰省しないという判断をしたのだが、やはり母は不満なようで「めったに帰ってこられないんだから」と俺に帰省することを求めてやまず、それからだいたい30分ほど「帰ってこい」「いや今年は無理だ」の押し問答が続いた。最終的には母が「だったらもう良いよ帰ってこなくて」とヘソを曲げ、一方的に切られる形で通話が終わってしまったのだ。単に正月に帰れないという話をしてそれでおしまい、で済むものと思っていたのだけれども……。
「むー、ふぁっふぁほふぁふぁふぁっふぁふぉーはふぃーんふぁふぁい?」
ごめん、何言ってるか全然わからない。というかそこそこお洒落な喫茶店に来てるのにカレー頬張りながら喋るのやめろって……珈琲がうまいって評判の店でコーラ頼んでる俺もアレだけどさ……。
「いや、だからさ、さっさと謝っといた方が良いんじゃない?やっぱこういうのは早けりゃ早いほどいいよ。」
口の中のモノを飲み込み、言い直すユウヤ。まぁ確かに普通に考えればそれが一番無難なだと思う。これだけ遠くに住んでると盆正月くらいしか会えないのも事実だから家族に顔くらい見せろという母の気持ちもわかるし、色々と事情があるとはいえ少しキツい口調になってしまった部分もあった以上、やはり早目に謝っておいた方が良いだろう。彼の言葉に納得し、やっぱそうだよなーと頷く俺に彼はこう続けた。
「ていうかお前こないだ会った時もさんざん『早く実家に帰りたい~』って言ってたじゃん。一日でも帰っときゃ良いのに。」
「うーん、正直なところできれば帰りたいとは思ってたんだけどさ。」
昔から家族との仲は良好だったし、偶然街で再会した彼しか仲の良い人間がいない俺にとってたまに帰る実家は乾いた心を癒すオアシスのようなものだった。
しかしたった1日の帰省のために新幹線と飛行機の運賃で往復十万近くを支払わなければならないというのはかなり手痛い出費であることもまた事実で、そこのところも踏まえた上での「帰らない」という選択なのだ。
「ずっとこっちで働くとしたら、さ」
だからやっぱり今年は帰れない。そう言おうとしたところで唐突に割り込まれてた俺はいったいどうしたのかとユウヤの顔を見る。すると、彼はいつになく真剣な表情でこちらを見ている。
「帰れるのは年に盆と正月の二回だろ?もし仮にお前の親が80まで生きるとして、あと何日会えるんだろうな?」
お袋が今45だからあと35年生きると仮定して、年に2回の帰省と考えるとあと70回。一回の帰省で3日くらい実家に滞在するとして、210日前後だろうか。
「210日ってことはつまり約7ヶ月。お前にはもう一生でそれだけしか会える機会が無いんだぜ?それを自分から捨てにいくのはどうかと思うが。」
「数年前までずっと一緒にいた家族ともうそれしか会えないのか……そう言われるとやっぱり帰らなきゃいけないような気がしてきた……。」
「だろ?お袋さんもお前が帰るの楽しみにしてたんだろうしやっぱり「何してんのあんたたち」」
背後から響く声に振り返ると、そこには
「げえっ!姉貴!!」
「実の姉を見て『げえっ!』はないでしょアンタ。で、アンタ達いったい何話してたわけ?」
ユウヤの姉がいた。
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