第75話 愛を語るーニャ

 ねぇ、知ってる? 黒水晶って古城ありすの持つブラックオニキスなんだよ。

 ねえ、知ってる? キラーミン・ガンディーノって綺羅宮神太郎の持つファイヤークリスタルなんだよ。

 ねえ、知ってる? 真灯蛾サリーって去田円香の持つオパールなんだよ。

 ねえ、知ってる? 白井雪絵って伊都川みさえの持つムーンストーンなんだよ。


「返して! 私のファイヤークリスタル返しなさい! ……あれ? どこ行った」

 オレンジ色に輝くオーロラに覆われた、外の異変に気を取られた真灯蛾サリーは、僧侶綺羅宮にファイヤークリスタルを奪われた。綺羅宮は、幻想寺で罠を張っていたのだ。そして今は姿が見えなくなっている。幻想寺はまた、寺フォーミングが復活するかもしれなかった。長居は危険だと感じたサリーは、寺を離れることにした。だが、外に出たサリーを、今度は追ってきたありす達が待ち受けていた。匂いで嗅ぎ付けたらしい。

「こんなトコまで来て何してんのよ、あんた?」

「何って……べ、別に」

 ファイヤークリスタルを綺羅宮に奪われたことを、サリーはありすに気づかれるわけにはいかなかった。そして幻想寺で手に入れた「戀文<ラブ・クラフト>」を奪われるわけには。

 古城ありす。いつでも黒ゴスロリを身につける蛾(ガ)ーリー・ドール。

 この女も、自分と全く同じだ。地下で永いこと女王として居住し、もはや、ニンゲンであって人間ではない。永く、科術師と魔学者として敵対してきたが、不思議な感じがする。サリーには複雑な感情が沸いてきた。

「アイツ、何か様子が変よ?」

 ウーが、無言のままありすをじっと見つめるサリーの異変に気づいた。

「それ……」

 ありすは目ざとかった。

「何よ? あ、あんたと関係ないでしょ」

 記憶を取り戻したサリーにとって、文集などもう必要のないものだったが、自分のアイデンティティに関する重要な遺産を、誰にも取られたくない。ましてありすに、自分の秘密を知られる訳にはいかない。

「私との決着が、まだ着いていないわよ。何処へ行こうと追いかけるんだから」

 ありすは文集に、それっきり興味を失ったようだった。

「望むところよ、古城ありす!」

 やれやれ。サリーはホッとすると同時に肌寒さを感じた。


 ズォオオオオ……。


「なぁ……この綿菓子の雪、なんだか本当に冷たくなってないか?」

 時夫がたまらずに呟いた。ウーも両肩をさすっている。これは、本当にただの砂糖なのだろうか。なぜか、マズルだけは平気な顔をしている。

「まさか……雪絵の仕業か?」

 雪絵は、消える前雪の女王として覚醒していた。

「彼女は死んだんだよ。もう戻ってこない。雪絵はあなたの思い残しが生んだの……」

 ありすは目の前のサリーを責めずに、感傷的な言い方をした。

 なぜ、雪絵はみさえにそっくりだったのか。やっぱりここが現世ではないからなのか。恋文町は、みさえ、サリーといろいろな思いのこしがある町。そしてありす自身も。全ての思いの、成仏のために。

「金時君、ヤツが何を仕掛けようとも、私の傍を離れちゃダメよ」

「あぁ……」

 サリーは今度は時夫を見ていた。サリーの時夫への感情は、彼の祖父・金沢達夫への恋慕が元だった。それも円香自身の。それでもやっぱり、サリーは時夫が好きだった。

 時夫は辺りの異変が気になった。

「空もオーロラが出ているし、今度は何が起こってるんだよ?」

 時夫は不安を感じた。

「恋文町の時空が変化しようとしています。ダークネス・ウィンドウズ・天のアップロード開始です!」

 システム屋のマズルは冷静に言った。目の前の幻想寺の伽藍の屋根が、キラキラと輝いている。

 サリーの牙がギリギリ、いや寒さでガタガタ鳴り出した。サリーの予想をも超えて、棉飴の雪が本物の雪と同じく冷気をもたらした。ムーンストーンの副作用であろうか。

 吹雪が凄すぎて、常春の地下で長年過ごしてきたニートこと真灯蛾サリーには寒すぎたようである。赤い着物でも寒そうにしている。

 突如、サリーの持ったムーンストーンが青白い光を放ち、稲妻が放射された。時夫との間に、激しいアーク放電が放たれている。サリーはびっくりして、ムーンストーンを雪の中へとストンと落とした。これは、間違いない。ロイヤル・ハーグワンだ。


 ドクン……ドクン……


 雪のように真っ白い肌。艶のあるシルクのような髪。

 だが、和菓子だ!


 ありすやウーよりもおしとやかで、女の子らしい。

 だが、和菓子だ!


 とても清楚で穏やかな性格。

 だが、和菓子だ!


 笑うとまるで天国の花が咲いたようだな。

 だが、和菓子だ!


 険しい高嶺に咲く花があるとすれば、それは雪絵だろう。

 だが、和菓子だ!


 それにしても寒いな。

 だが、和菓子だ!


 違う、私は和菓子なんかじゃない。

 私はもう、人間よ!


 発光と共に、雪の中からズボッと白井雪絵が立ち上がった。

 それも、最強レベルに力がみなぎっている。そのように、隣に立っているサリーには感じられた。アチャー、甦らせちゃった。

「なぜ?」

 サリーは真っ青な顔で白井雪絵を見つめた。

「愛の力よ」

 雪絵はサリーの眼を見て、きっぱりと言った。

「宇宙を構成している質量のうち、解明されているのはたったの4%よ。残りの96%のうち、23%がダークマター、73%がダークエネルギー」

「で?」

「ダークエネルギーの正体は愛よ。愛は全てのルールを打ち破る。愛は無敵なんだからー!」

 ムーンストーンの中に閉じ込められていた雪絵は、そこで何を見ていたのだろうか? 雪絵は、つまりサリー女王のものとなったはずのムーンストーンは、当初から、逆転の時限爆弾となる科術を仕掛けていたのだ。それが今、時夫に反応し、目覚まし時計のようにハーグワンが鳴り響いた。同時に、雪絵は元の姿を取り戻した。これが白井雪絵の罠。かくしてサリー女王と、古城ありすの恋は破れた。

「雪絵!」

 時夫が声を掛けるやいなや、今度は雪絵の両手が青白く光り出す。

「時夫さん、皆さん。……下がっていてください。この非常識な、この町のお菓子化は、私が止めます!」

 どこからともなくBGMが流れ出す。

「アイ・ハブ・ア・常識」

 右手に光る弾を持つ。

「アイ・ハブ・ア・マシンガン」

 そして左手に機関銃を持つ。

「ア~~~~~ン」

 光る弾と機関銃をガチャンと合わせる。

「……常識マシンガン!」

 雪絵の手には真新しいマシンガンが握られていた。雪絵の最終兵器は、常識+マシンガンの、「常識マシンガン」だ。

 

 ガチャ、ズドドドド!!!


 太陽は東から昇って西へ沈む! そんなの常識!

 1+1=2 そんなの常識!

 夜になったら寝る。そんなの常識!

 お酒飲んだら酔っ払う。そんなの常識!

 牛は半生でもいいけど、鳥と豚は完全に焼く。そんなの常識!

 眠いときは何をしても無駄、寝る! そんなの常識!

 人を殴ったら手と心が痛い。そんなの常識!

 傑作じゃないものを駄作という。そんなの常識!

 じゃがいもの新芽で死ななくても、人はいつか死ぬ。そんなの常識!

 エジソン、実は嫉妬深い! そんなの常識!

 自転車は自分で漕ぐ、そんなの常識!

 それでも地球は廻ってる! そんなの常識!

 明けない夜はない! そんなの常識!


 常識マシンガンから、さまざまな「常識」が飛び出していく。するとどうだろう。この町の、非常識という非常識が常識的に変化していった。常識弾で、おかしな恋文町がどんどんまともに戻っていく。みるみるうちに新屋敷の煙突は沈黙し、地上に降った棉飴はただの雪へと戻っていった。

「これが……ムーンストーンの力なのかッ?! だから白井雪絵は、最初から科術を使えていたのか。チート級の科術師として。……常識的に考えて」

 ありすも呆然として眺めざるをえない、雪絵の力……。そして愛の力。ショゴスを抽出したショゴロース(和四盆)を触媒として、時夫の愛を受けて成長したムーンストーン「白井雪絵」は、その超精製されたショゴロースによって、すべての問題を解決し、町を浄化し、癒すロイヤルゼリーとなった。

「くやしいくやしいぐや”じい”~!! あたしにはまだ、新屋敷(あらやしき)に捕らえたこの町の人質たちがいるんだからねェーッ!」

 またしても白井雪絵(ムーンストーン)を奪われた真灯蛾サリーは、泣きわめき散らしながら、「戀文<ラブ・クラフト>」を握り締め、長い黒髪を靡かせながら、ありすらに睨まれて新屋敷に逃げ戻ることができずに居た。

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